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言葉が相手に届く とは


音はいいんだけど,届かない


土曜の朝,早起きして何気なくつけたテレビ番組が「題名のない音楽会」で,高校生による「未来オーケストラの練習会」の様子が放映されていました。未来オーケストラで指揮を務めるのは,指揮者の山田和樹さん。この言葉は,山田和樹さんが,練習会の中で,高校生演奏家のみなさんに向けて投げかけていた言葉です。山田和樹さんは,続いて,こんなことを高校生演奏家たちに伝えていました。


「譜面ではなく,僕を見て」

「そして,僕の先を見てほしい」


この言葉の後,高校生たちの演奏の音が少しずつ変わっていくのがわかりました。全国からオーディションで選ばれた高校生演奏家ですので,もともと,正確な音で楽譜通りの演奏ができていたのだと思います。しかし,この言葉の後,隙のない整った音の世界に,ふんわりとやわらかく,聴く人の心がじわじわと染み入るスペースが生まれていくような気がしました。


「僕の先を見てほしい」・・・指揮者の向こうで,あなたの演奏を聴いている聞き手の方を見てほしい,という意味だと思います。指揮者の言葉ひとつで,こんなにも演奏が変わり,聴く人の心に響くものになるのか!と,まず衝撃を受けました。そして,「音はいいんだけど,届かない」「譜面ではなく僕を見て」「僕の先を見て」・・・この言葉は,音楽だけでなく,言葉によるコミュニケーション場面にも当てはまることで,何かを言葉で伝えようとするときに私たちが備えておくべき大切な心構えであるような気がしました。


大学で働いていると,学生さんの研究発表を聞いたり,文章を読んだり,面接で研究計画を聞いたりする機会が多々あるのですが,「内容はいいんだけど,届かない」「言葉はいいんだけど,届かない」と感じることは少なからずあります。自分自身への戒めも込めて,勇気を持って書き出してみると,たとえば,次のような事例です。


・1枚のスライドに大量のデータを載せ,誰もついていけないようなスピードで話し続け,聞き手を煙に巻くプレゼンテーション

・その分野の専門用語を過剰使用し,難解なリサーチであることを全面に出す研究計画

・指導教員に言われた通りに研究を進めているためか,自分の言葉で説明できていない研究論文

・覚えてきた内容をそのまま話し,視線が明後日の方を見ているような面接の回答


いずれも,内容自体は良いものなのかもしれませんが,こちらに届かない。響かない。印象に残らず,すぐに忘れてしまう。それどころか,なんとなく「誠実さに欠ける」と思ってしまう。なぜなのか?・・・おそらく,「聞き手や読み手を見ていない」,「研究内容の向こうにいる人たちを考えていない」,「その先を見ていない」ということが主な原因なのだろうと思います。指揮者の山田和樹さんが,「僕の先を見てほしい」と高校生演奏家に言ったことと,重なるものがあるように思うのです。


読み手の立場になって書く。聞き手の立場になって話す。シンプルなことですが,自分の言葉を相手に伝えるときに,最も大切なマインドセットだと思います。研究を伝える研究者も,音楽を伝える演奏家や,作品を伝える小説家と同じように,「先を読む心」が大事なのだろうと思います。早起きして改めて大事なことに気づかされた土曜の朝。


#だいだいさんの素敵なイラスト画像をお借りしました





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