地縁、という感覚
今年の誕生日は嵐とともに訪れた。学校は午前中までで閉鎖となり子どもたちがわらわらと帰ってくる。
明日は学校でもハロウィンパーティだね、と、マイケル・ジャクソンのスリラーのミュージックビデオを呑気に見ていると、バチっという音とともに、電気が落ちた。
ブレーカーパッドを色々見てみてもよくわからないし、下手に触ると取り返しのつかないことになりそう。ガスのスイッチも一緒になっていて、この寒い時期にヒーティングの設備が落ちてしまったら凍えてしまう。
大家さんにも何度電話しても繋がらないし、夫に状況を伝えても対処の方法はわからない。電力会社に状況を伝えても、それはうちの問題ではなく、家固有の問題として片付けられてしまった。途方に暮れる中、近隣の情報が分からないのでお隣さんに助けを求めることになった。暴風雨の中、ドアベルを鳴らした。
お隣さんは最近越してきたオランダ人の家族だった。息子が剣を作りたいと言い出したので、家の前にあった廃材を分けてもらったり、先日のハロウィンの日に挨拶にきてくれるぐらいの交流があった。今度ゆっくり話でもしよう、と話しながら。
いやいや、こんな形で話をすることは想像はしてなかった。私は申し訳なさでいっぱいだった。結論から行くと、落ちては復活しを繰り返したので、旦那さんが2度もうちに来てくれた。2、3日はこの状況で耐えれるよ、なんて言うと、それは無理だよ!と一蹴される。再度電力会社に電話してくれ、考えうる原因を洗い出し、なんと電源が落ちる要因をコンセント一個一個確認していく地道な作業に付き合ってもらった。
そしてあれやこれややってやっと問題が解決すると、爽やかな笑顔で去っていった。
なんて日だ!と思いながらも窮地を救ってくれた人が、
家族でも友人つながりでもない、そして公共サービスでもない、
隣の人だったことに、「意味」を感じていた。
私の中には「地域とは何か」「コミュニティとは何か」「社会とは何か」という問いがずっと渦巻いている。
そしてバーチャルで何もかも完結しそうな社会だからこそ、手を伸ばせば触れられる関係とはなんなのかを考えてしまう。
社会学者の宮台真司さんがどこかで話されていた言葉が耳に残っていたのかもしれない。
血縁、地縁、社縁。これらのつながりは社会を支える土台として機能してきた。ユダヤ人や中国人は一般的に血縁のネットワークであり、その強さによって今の世界を形作っている。日本人は古くは地縁が強かったが、都市化などの要因により失われ、次に社縁が高度成長期を支えたが、それも今は失われつつある。
再可能説として日本社会を立て直すのは地縁を取り戻すこと。そんな指摘があった。
エネルギーよりも関係性が社会を支えていることに私たちは気づいているのだろうか。
地縁、の実体験がない私は、昨年取り戻そうとしていたのは、地縁の感覚でもあったかもしれない。青年会議所に入ってみたり、幼稚園の母の会の活動に参加したり。しかしその地で生まれ育った人たちの強い思いに触れ、私にはない、と思ってしまう瞬間が多かった。地縁も無理やりつくるものではないのだなぁと。
オランダという土地など、本当に疎外感というか、その土地にアイデンティティを持つことは難しいだろう。ただそれが一時的だったとしても、その地で生活をする、生きるという時間・空間の中で私は必死に「つながり」という感覚を手繰り寄せていたのだと思う。
この嵐の中の出来事は、下手するとなんでもないものとして通り過ぎていくものかもしれない。
しかし電気という生活の土台を支えるものが揺らいだ時、私が縋りついたのは隣人だった。そして彼にとっては何でもないことだったかもしれないが、私のために惜しみなく時間と労力を使って助けてくれた事実があった。
きっと、これからもお世話になるし、私も少しでも返したいと思う。存在への感謝をつないでいく。アドラーが目指した共同体感覚とはこういうことだったのだろうか。そんな経験が、点から線になり、線が面なり、手触りのあるものになっていく。
移動が多い生活をしていて思う。地球全体が「地縁」になればいいのにと。ただ、人間半径5mぐらいしか体感覚を持って関わることができない。
しかし、私たちはテクノロジーによって進化してきた。自分たちの手足が及ばないこと、更には脳まで及ばないことをテクノロジーで実現してきた。
私はモスクワ時代の友人とUnderstanding Worldというコミュニティを継続しているが、今でもリモートでつながり、お祝いメッセージを受け取った。
地球全体が共同体の感覚をみんなが持つことができれば、無駄な争いもなくなり、みんながもっと幸せに生きることができる社会になるのではないか。
そんな子どもだましのような世界を、私はまだ捨てきれてないのだなぁと。
剣心、ありがとう!
戯れ言だけではやっていけないけど、密かに信じて世を歩け。