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ターポンってどんな味? 〈マリンピア日本海〉

とある3連休の最終日、翌日の重ためな仕事のためにどうしても新潟に前乗りしなければならない日があった。重ためな仕事に重ためな気持ちで向かうのはどうにも気分が乗らない。どうせ休日をつぶすのならばいっそ早めに新潟入りをして楽しんでもいいのではないか。そう思い立って閃いたのは、水族館探訪であった。新潟市内に水族館があることには薄々気付いていた。日本海側の水族館と言えばノシャップ流氷水族館にしか行ったことがない(「いざ、オホーツク」参照」)。よし、行ってみよう。そうして私はハッピーマンデーにマリンピア日本海を目指すことにした。ひとり水族館も全国規模になってきた。


東京から新潟まで新幹線では3時間もかからないが、車では5時間弱の道行きだ。長旅にはなるが、新潟での仕事の後に群馬での仕事も抱えていた私は車での移動を選択した。朝9時に家を出て200km以上をひた走り、越後川口SAで昼休憩を取って海苔ラーメンを食べた。フードコートには長岡ラーメンがあるのだが、レストランで食べられるこのメニューが以前からとても気になっていたのだ。絵面は冴えないが優しく滋味深くとても美味しかった。海苔は日本人の心だ。信濃川の雄大な景色を眺めながらコーヒーを飲み、歯磨きをして再出発する。

残り100kmを走り、新潟市内に着く頃には14時を回っていた。そのまま〝新潟島〟と呼ばれる新潟市中心部へと向かい、海沿いに展開する西海岸公園の一角にあるマリンピア日本海の駐車場に車を停めた。何はともあれまずはと、目の前の海を見に行く。夏の日本海は想像以上に青く穏やかで明るく賑わっていた。

やっぱ海って、ええなぁ。潮風に吹かれながらしばしぼんやりと惚けてから、踵を返し水族館へと向かう。建物が現代的で美しい。

webチケットの販売がされていなかったのだが、3連休とはいえ最終日の夕方は入館する人も少なく、すんなりとチケットを購入できた。1,500円は近ごろの水族館としては安価である。
エントランス付近の一角に万人受けしそうな熱帯魚の水槽があった。「ニシキテグリ」という表記に飛び上がり、目を皿のようにしてぐるぐると探し回った。尋常ではない様子だったのだろう、水槽に張り付いていた子どもにすら道を譲られた。ごめん、子ども。ちょうど前日、石垣島でダイビングをしている友人Aさんから「ニシキテグリを見つけた」との一報が入り、多少の対抗心があったのだ。野生のニシキテグリは探してもそうそう見つかるものではなく、私は海ではまともにお会いしたことがない。対してこちらの養殖ニシキテグリは全身丸出しの姿を存分に見せてくれた。いつ見てもトライバルな感じに派手な子だ。

少し進むと、「日本海」が現れた。

案の定、現れたか。私が考える水族館の魅力のうち最大のものは、その土地ならではの自然や文化に根ざした特色ある展示だ。そしてここの場合は間違いなく、目の前に横たわる日本海独自の風景なのであろう。しかし、しかしだ。冷たい海の魚は美味しいが、地味なのである。私が好むのはあくまで暖かくカラフルな海だ。親潮よりも黒潮派。そんな自己矛盾に気づきつつこの地を訪問したわけだが、今まさにその矛盾が問われている。そんな緊迫感の中でコブダイだけがマイペースに異彩を放っていた。

更に先にはもう一つの目玉であろう「信濃川」コーナーもある。川の風景は美しいが、これまた生物は地味なのである。いやむしろ地味を通り越し、ウナギやナマズが闊歩する光景は私のような海人からすると妙ですらある。

ふるさとの風景を忠実に展示しようとする姿勢は大好物なのだが、「ゆうても好きと執着はまた別の話」と自分の中で矛盾を片付けた。そして迷いも悔いもなくサクサクと進んだ。
とはいえ、地下一階の日本海大水槽は見応えがあった。ギンガメアジの群れのほか、エイなどもヒラヒラと舞っている。やはり大水槽はいい。大きな水の塊は無条件に爽快な気分になる。

その先には深海コーナーや暖かい海コーナーもあり、見慣れた魚たちが泳いでいた。チンアナゴのはにかんだ姿にほっとする。

いつしか沼津港深海水族館で見かけたチンアナゴの全景を示した模型もある。

この水族館は日本海特化型なのかと思いきや、予想以上にあまねく海が網羅されている。そんな中、ふと「大西洋」で足が止まった。大きくて、ギラついていてクールな、だがしかしやけにとぼけた顔の見たこともない魚が回遊している。なんだこいつは。

「ターポン」というらしい。なんだその名前。初めて聞いたが、もう二度と忘れられそうにない。

大西洋とはキューバを旅した際に少し触れ合ったことがあるが、確かに海の中を揺れる海藻の形からして「違う」感じがした。そんな馴染みが浅く謎に包まれた大西洋の魚である。

食べられるのかな、ターポン。白身かな。身はプリプリ系?フワフワ系?身離れがいいと食べやすいよね。焼くのと煮るの、どっちが向いてるタイプ?そんな食べたい寄りの質問をアクリルガラス越しにいくつも放った。そしてなんとも言えないその姿をたっぷりと堪能した。今日一番の出会いだった。

ちなみに後日ターポンを検索したところ、「ターポン まずい」が上位に表示され、「工場のネジの味」「雑巾の味」「おかしいぐらい小骨がある」「身がグズグズ」といたるところで酷評されていた。実に残念である。ターポンは古代魚の一種であり、その鱗が爪やすりや装身具、薬として利用されてきたらしい。食べるばかりが魚ではないということか。

しばらくターポンを観察したのちは、例によってイルカプールやペンギンコーナーを素通りしてエントランスまで戻ってきた。おざなりに博愛っぽくある必要がない、ひとり水族館はやはり自由で素晴らしい。出口付近には田んぼから小川まで、新潟の水辺の風景を再現した中庭エリアがある。とても気持ちよさそうだが、いかんせん暑かったので室内から眺めるにとどめた。

ショップは広めで品揃えも豊富であったが、これという特徴のあるオリジナルグッズには出会えなかった。コブダイやのどぐろをモチーフにした尖った何かを期待したのだが、やはりグッズはカラフルな暖流系頼みになってしまうようだ。ターポンのぬいぐるみでもあろうものなら間違いなく買っていたが、もちろんなかった。手ぶらで帰るのもなんなので、出口付近で見つけたウミウシシールと、ラッコシールを購入した。

新潟の自然へのリスペクトがありつつも、新潟市民に世界の海を見せてあげよう、といった意気込みや優しさも感じる水族館であった。冬場はちょっと想像できないが、この時期は目の前の海景色もあいまってとても爽やかにリフレッシュができるスポットだ。


おまけ1 観光

日没までに時間があったので、新潟島の中で以前から勧められていた観光スポットに立ち寄ってみることにした。それがこちら。

…と、こちら。

いずれも昔のお金持ちの邸宅なのだが、かの大人気アニメ『鬼滅の刃』のお館様の邸宅のモデルと言われているのだ。どちらがそれなのかは失念してしまったが、どちらもそれっぽいし、ほぼお向かいなので容易く見比べてみることができる。夏の青々とした庭を見ながら風鈴の音色に耳を澄ます時間は、それはそれは心地良かった。

個人的には北方文化博物館に飾られていた掛け軸に心奪われた。「飲んで食べられたらそらもう満足やろ」的なニュアンスに激しく同意し、しばらく正座をして向き合った。

おまけ2  食

夜もせっかくの夜である。新潟島、古町エリアで以前からチェックしていたお店の予約が取れたので、意気揚々と出かけた。

入店すると奥のカウンターに通される。先客が2名、いずれも県外からのおひとり様のようだ。とりあえずのビールはうすはりグラスで供され、お通しが異常に美味しい。噂通りである。

メニューも心惹かれるものばかりだったが、絶対に食べようと思っていたお刺身盛り合わせのほか、鮪の生ハムと無花果の白和え、鮎パテなどを注文し、日本酒をちびちびと(本当はぐびぐびと)楽しむ。

村祐を二連続で発注すると、女将さんらしき方から「ひょっとして村祐目指して来られましたか?」と聞かれた。新潟のお酒というぐらいしか知らなかったのだが、村祐が飲めるお店は県内でも限られているらしい。「すみません、ぜんぜん目指してません」と断りつつ、追加発注したずわい蟹の真丈揚げと共に村祐の純米大吟醸を味わった。


会計は1人で一万円を超えるなかなかの高級店であったが、金額以上の喜びのある味わい深い夜だった。

おまけ3  宿

大人の事情により仕事での宿はほぼ100%東横インである。「目覚めた瞬間どこにいるのか分からなくなる」と揶揄され、実際に何度もその状態を体感したことがあるが、統一されたクオリティの中でも味噌汁の味が違うことに最近気付いた。そして新潟の東横インの味噌汁は格別に美味しく、朝が楽しみになるほどなのだ。いつもは新潟駅前に泊まるが、今回は諸事情で古町に泊まった。ここも間違いなく味噌汁は美味しいのだろうとワクワクしながら朝食会場に向かうと、更に心躍る光景が待っていた。見るからに手作りのコシヒカリのおむすびが何種類も並んでいるのである。鮭、ツナ、鯖、梅、野沢菜、昆布…素晴らしい。全種類食べたいが日頃朝食を食べない身では2個が限界だ。迷ったあげく、鮭と鯖を手に取った。お米はふわふわで海苔の風味も良く、具は大きめで、滋味深い味噌汁とのコラボレーションが最高だった。この朝食のためなら次からはこちらに泊まるかなと思った。


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