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安楽死賛成派、安楽死反対派

について。

ちなみに、私は賛成派です。


安楽死賛成派


安楽死賛成派は、
実際に死の苦しみを味わったか、
その危機感に触れた人。


不安になりすぎ?


それは、今の10倍くらい日本社会が
理想郷だった場合
のハナシ。



現代社会における
死に至る苦痛
って、


もう、血みどろだぜ?


血みどろの
阿鼻叫喚クラス
の苦痛。

肉体的にも精神的にも。


不安になるのが、普通じゃね?



安楽死反対派


安楽死反対派は、
死に対してリアルではない人。

死のリアルから離れた位置にいる人。

精神的にも、肉体的にもね。


だから、社会的には~、
という思考が優先
される。


余裕があるから。
危機感がないから。


彼らは死に至る苦しみや絶望を、
【遠い異国の地で起きる戦争と同次元】
で捉えている。


だから、現実味がない。



でもネ、

死はリアルな問題


です。


なぜなら、
全員死ぬし、今の社会だと
全員が死に至る苦痛を味わう可能性が
そこそこある。

そりゃもう
無視できない確率で。


そしてその死に至る苦痛って
100%回避したいくらい地獄。


例えば親不知抜歯を怖がってる人がいたら、
『いやいや、親不知抜歯くらいで(笑)』
って言うじゃん?


でも死に至る苦痛って
そんなモンじゃない。

味わったことはないけど
想像できる。


もう、阿鼻叫喚レベル。

100%味わいたくない、苦痛。


それが現代ではそれなりの確率で
味わう
ことになるんだから……

それを安楽死で回避したい、と
願うのは


自然なこと。




ただ、

安楽死反対派の価値は0ではない


0ではない。


第三者だからこそ見える
社会的な視点。


これに価値がないとは言えない。


岡目八目。


学者は社会の発展に貢献してきたけど、
学者なんて大体リアルな立場じゃなくて、
机の上で物事を考えるでしょ?




また先鋭的な賛成派
死のリアルに直面している(または大きな恐怖心に駆られている)ため。


どうしても近視眼的。
感情論優先
になってしまう。



安楽死が必要、が前提で
すべてを考えてしまう。





悲しいことに
どれだけの残虐がそこにあろうとも、
どれだけの非業がそこにあろうとも、

社会は結局なハナシ数で動く。



生まれたときから
マイノリティー
で生きている
私はそれをよく知っている。



ただ死のリアルに直面している人
社会的な視点云々を言っても仕方がない。


ましてや
死のリアルに直面している人に
私がかけられる言葉
なんて


何一つない。
(もし私の主張に(死に直面している方が)気分を害されたら、私は全力でその人に謝ります)




安楽死は妥協案で、賛成派も100%正しいわけではない


そもそも、100%正しい方法は
存在しない。


少なくとも
今の未完成すぎる日本社会で……


100%正しい、っていうのは
不可能
です。


どっちを選んでも、
必ず何かしらのマイナス(問題)は出る。


安楽死が合法化されても
マイナス(問題)は必ず出る。



私は安楽死に賛成ですが……


飽くまで妥協案として


そう、妥協案として
賛成してる
だけ。




仮に。

死に至る苦痛や、
死を考えるほどの苦痛。

肉体的にも精神的にもね。


これが無くなる他の方法があるなら、
安楽死には賛成してない。





でもないでしょ?





そんな方法。




それでいて、
死に至る苦痛を味わう確率




それなりにある……



わけで。




安楽死がない地獄
安楽死がある地獄なら



私は、
安楽死がある地獄を選ぶ。