【イノベーション】「職業の垣根がなくなる時代」に向けて何かすべきか?
『人心をひきつけてきた創造的少数者が忌みきらわれる支配的少数者に堕落することによって、成長を続けてきた文明が衰退すると、
その一つの結果として、その文明が成長期のあいだ輝かしい文化の光を四方に放射し、さまざまな程度の影響を及ぼしていた周囲のかつての未開社会の、それまで帰順していた者の離反という現象が起こる。
以前の帰順者の態度は、ミメシスという形で表現されていた礼賛から、戦争という形で爆発する敵意に変化する。』(『歴史の研究 第二十九章悲劇の進行』 トインビー著)
1、「今までの成長する文明の主体」とその他の「文明模倣者」。その間にあった境界線。
「文明主体者」自身がバランスを欠く状態に陥ったとき、「模倣者の離散」は離散だけでなく、境界線を越えて敵意を向けられ攻撃を受けることになる。
これを読んだときに、近い将来起こりうる職業間の垣根がなくなる時代のことを想像した。
職業間にある境界線、元請と下請けとの間にあった契約上から発生する境界線、発注者と外注先との境界線などなど・・・・・・
ただ単純に歴史の話を終わらせず、自社の将来に当てはめるぐらいの眼差しは必要な大転換時代に私達はいるように思います。
2、「職業的境界線が無くなる時代」に向けて私達がやっておくこと。
(1)成長期及び解体期の文明を理解する。
文明が衰退すると、模倣者から攻撃を受けるのだとすると、衰退しない、又は衰退を遅らせる努力が必要だ。
では文化・文明が衰退するとはどのようなことなのか?
『成長期の文明は、その文化の構成要素・・・経済的要素、政治的要素、
ならびに厳密な意味における「文化的」要素を含む・・・が互いに調和の保たれている文明と定義することができる。
同じ原理にもとづいて、解体期の文明は、この三つの要素の調和が失われた文明と定義できる。』( 同上 )
①この3要素を直接的に、会社に当てはめるのは想像力が必要だと思われるが、「ビジョナリーカンパニーの針鼠の概念の3要素」と比較すると良いのかもしれない。
・・・・売上向上の目標を掲げる会社が多いけど、それに伴う他要素の目標をかかげている会社が少ないように思える。
それこそ脆弱な経営基盤であり続ける理由の1つなのかもしれない。
(2)自社が他社に優位でいられる立場を保つこと。
上記(1)の理解を深めた上で、3つの輪が重なった部分に特化する。
特化し、組織風土・文化を醸成する。
但し、注意が必要だ。
『初期のローマの歴史は、平凡人が非凡なことをした歴史というふうに言われて来た。
後期のローマ帝国では、なにか少しでも紋切形でないことをしようとすれば、非凡な人間を必要とするようになった。』( 同上 )
どのような組織構造を持つか?
かつては、平凡な人材を育成し、(会社側として考える)当たり前のレベルの業務をこなさせる仕組みを持つべき時代だったかもしれませんが、どこかで非凡なスタッフを育成する、又は抱え込む仕組みが必要な時代になって来たと思います。
未だに「従業員に任せ放し」で、業務を通して人材育成する手法だけでは時代遅れの感じが否めい。
AIやRPAをどう導入すべきで、そのときは、どのように従業員に働いて貰うか?
各社各様のやり方があると思う。
経営者の責任は重大だと思う。
(3)「自社の強み」を自覚することで、そこに特化する為、また強みを更に成長させる為に周辺業務を効率化する。
「経済的要素、政治的要素、文化的要素」の調和が取れている状態が、今現在の貴方の事業構造だとすると、それが壊されることを意味します。戦(いくさ)に例えると、「自分の陣形」がガタガタに崩されることです。総崩れまで行くかは別として・・・・・
だとすれば、「自社の強み」で、事業構造の補強、変更等する必要があると思います。
(4)バランス感覚及び境界線の設け方
①横軸
古代ローマ帝国は、境界線の外の部族と或る程度開放的なかかわりをしていた。
また属州との関係も見習うものがあると思う。
またこれも古代ローマの話ですが、三頭政治も境界線の一つの例だと思う。 複数の目で監視し合う仕組みもありだと思う。
同じ職業であったとしても自社に合った境界線は独自のものとならざるを得ない。理由は、自社の強み事体が独自性があるのだから。
②縦軸
自社の成長の選択肢の中に多角化がある場合も注意が必要だと思う。
たとえ多角化であったとしても、生産性や効率化は無視はできない。
理由は、将来模倣者からの攻撃を前提とすべきだから。
模倣者は、集中と選択ができるている状態で一点集中で自社の市場を攻めてくることが想定できる。
『攻撃と防御においては、かならず最後に攻撃側が勝利を得るものであって、時が蛮族の味方をする。』( 同上 )
場合によっては、多重構造となる組織集団となるのも一つかもしれない。
『かれらの個人的利害はかれらの職業的業務と一致するではないか。
いまかれらが支給されている定給は、昔ときおり襲撃をやって奪い取った略奪物よりも有利だし、また確実である。
では一体なぜ反逆するのか。
その答えは、なるほど野蛮人の傭兵は、雇い主の帝国にそむくことによって、かれ自身の物質的利益に反する行為をすることになるが、それはなにも、特別変わったことをしているわけではない。
(中略)
明白な事実は、かれは給料を貰う帝国を憎んでいるということである。』( 同上 )
このことを踏まえるとバランス感覚は重要な課題の一つだ。