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笹岡秀旭のモラトリアム

会場を出たばかりの時は確かにまだ隣にいた仲間たちが、1人、また1人と枝分かれをし、それぞれの帰途へ着く。

デビューを掴みステージに立つ仲間の足取りとはうってかわって、自分の足元はいかにも頼りなげだ。いつでも肌を寄せて笑い合い涙した仲間と同じ何かを目指すことは、恐らくもうないのだ。

生まれ育った街まで戻り、あの濃密な日々を過ごす前と同じ地点に立っていても、目に映る景色はもうまるで違うようだ。これからは自分の前に置かれた茫漠としたこの道を、分かち合えない寂しさの中、たった1人で歩いていく。

ついこの間まで共に過ごしていた仲間たちが、世界を隔てたスターとして輝いて行くのを見つめていかなければならない。これからは自分を応援してくれていた人たちと同じように生活をしていくのだ。一般の、1人の視聴者として。

この世に生まれてきた意味、今存在している意味を他の誰かによって晴れやかに証明され続ける彼らと、何も持たない自分。

翳りゆく帰途に、笹岡秀旭は何を考えただろうか。

I LOVE YOU TOO

移ろい行く日々の中、自分を支えてくれた、応援してくれた人に何かを届けたいと願う。自分に向けられた何十万票のその先にいる、名前も顔も知らないけれども、自分と共に一喜一憂してくれた、今日も変わらぬ日常を過ごしている、その一人一人に。

そんな心細い気持ちのうちにある小さな炎を灯すようにして生まれたのが、作詞・作曲・編曲 笹岡秀旭の「I LOVE YOU TOO」である。そこにあるのはストレートすぎるほどの、ファンに向ける感謝と愛の言葉だった。

君たちがいたから僕はこうして前を向いて、これから進む道を過たずに目指していくことができる。
抱えきれないほどの愛をありがとう、僕も君たちを愛している———————

7月7日、笹岡の名前にちなみ、ファンが常にその名の隣に冠している笹マークをシンボルとする七夕の夜、その愛の歌は公開された。

その後7月30日に初めてのカバー曲であるaikoさんの「カブトムシ」が公開された。この選曲は笹岡が番組開始時の趣味として挙げていた「カブトムシを捕まえる」に由来するものであろう。ファンも(虫そのものの好き嫌いはともかくとして)そんなカブトムシをすぐにネタにしたりイラストを描いてみたりやたらとカブトムシの種類に詳しくなってしまうなど、笹岡とともに愛してきた存在である。

8月18日、オリジナル2曲目の「夏だね。」が公開される。笹岡は7月15日にインスタのストーリーで、かつて自分が作った曲の数フレーズを「昔の掘り出し物曲 今度ちゃんと完成させたい」と紹介していた。笹岡はその後、わずか1ヶ月余りでレコーディングして1曲を完成させたのである。その時の曲がこの「夏だね。」だ。

タイトル「夏だね。」はプロジェクトファイル名として画面の片隅に小さく映り込んでいただけだったが、ファンはそれを見逃さなかった。オリジナル曲が公開され、そのタイトルが「夏だね。」だと知った時のファンの喜びようは言うまでもない。

そして「夏だね。」の公開から1ヶ月後の9月18日、2度目のカバー曲となる藤井風さんの「きらり」が公開された。「きらり」は、ファンが笹岡に歌ってほしい歌をリクエストするハッシュタグ「#歌って笹岡秀旭くん」に何度か登場していた曲でもある。

笹岡の真骨頂である中低音から始まるこの曲は、さわやかでどこか切なげな歌声はもとより、アレンジ・ミックスもさらに洗練され、スタイリッシュに進化した姿を見ることができる。笹岡が手がけるカバー曲は、カラオケ音源ではなくアレンジ及びミックスを笹岡本人が行ったものを使用するのが大きな特徴である。

そこにはどのような曲であっても自分自身の色を出していくという、どこか気概のようなものが感じられる。過去を辿ると、カラオケ音源を使用した日プ2のオンタクト能力評価自由曲「感電」からずっと、一曲に向き合い自分のものとして表現しようとする笹岡のひたむきな姿勢は一貫している。笹岡のカバー曲が単に「歌の上手い男の子のカラオケ」ではなく、笹岡自身が手がけた曲に聞こえてくるのはそのためだ。

20歳のモラトリアム

オリジナル曲、カバー曲と精力的に公開される中、笹岡の発案によりファンとの交流の機会も持たれた。7月21日のyoutubeライブ「たくさん聞いてくれてありがとう放送」と、9月10日の「おやすみなさいラジオ」である。2回の放送ではファンが話題にしていることを笹岡が認知している様子があり、笹岡にとってファンの存在が常に身近にあることが窺い知れた。

この数ヶ月間はきっと笹岡秀旭にとって、日プ2の出演を経て急激に変わっていった人生のモラトリアムだ。
ぽっかり空いたエアポケットのような日々を、他でもないファンと共に過ごすことを、彼は選んだ。

日々のささいな出来事の呟き。何かを失敗した時の小さな叫び。過去の自分のちょっとした思い出。子どものようないたずら心。

一人で立つその心細さに、「ちょっと寂しくなっちゃって」と口に出して相手に伝えられること。ふと思い立って開いた場所での、愛情込めた言葉のやり取り。

笹岡の発信を受け取ったファンが、その一つ一つを愛でながら盛り上がり、時には違う方向に行ってしまったその行き先を、笹岡自身も楽しんでいるかのようにまたボールを打ち返す。

今までの、そしてこれからのどの瞬間よりも濃密に、笹岡秀旭とファンが近づいたその距離は、彼がメジャーな居場所を獲得すると同時に、きっと少しずつ離れていってしまう。

この先彼がしかるべき場所からデビューしたとして、この本放送終了後の、お互いがお互いを支え合っていた、蜜月のような数ヶ月間はもう2度と現れないかもしれない。

でもきっと、それでいい。

いつか僕を忘れても たまにでいいよ思い出して

私たちはいつでもこの場所にいて、君が振り返る瞬間を逃さないよう、どんなに遠くても聞こえるくらいに
声を張り上げ、どこからでも見えるように大きく手を振り続けるから。
何かふと不安に駆られたら、寂しくなったら、ただ振り返り、思い出してくれればそれでいい。

小さな秘密の共犯者のように
動向をくすくすと笑って見守りながら
日々の慌ただしさをひたすらにやりこなして
お互いに支え、支えられていることを。

君が見る私たちの輪郭は、今は一人一人くっきりと際立ち浮かび上がっているかもしれない。君は目の前にある一つ一つの粒に名前をつけて、愛おしく眺め、大切に抱えて生きていこうとする人だ。

今は君の足を一歩前へ進ませるくらいの、心の内側に小さくゆらめく炎かもしれない。けれどもその小さな粒の集まりはやがてこれからもっと大きな波に、うねりになって君を取り巻くだろう。笹岡秀旭がふわりと空高く舞い上がる「ツバサ」は、きっと君と私たちの共同作業で作り上げていくものなのだ。

心にはいつでも君がいるよ
想いはちゃんと届いてる それをチカラに今を生きてる


そのチカラで、力強く走り、羽ばたいていけ。
君の声と共に。まだ誰も歌っていないメロディーと共に。


私たちのもとから、きらめく未来へ。


まだ君が、出会っていない人々のところへ。 



2021年9月23日
笹岡秀旭 21歳の誕生日おめでとう。







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