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1話 なくしもの日本代表

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もし、なくしもの日本代表選抜会があれば参加したい。

日々、鍵類、カード類、スマホなどの小物はなくす前提で動いている。

全てに予備を用意することでたとえなくなったとしてもダメージを最小限に抑えることができる。

なくすサイクルが存在するのもありがたい。先週スマホをなくしたからそろそろ次は鍵だ。予備を作っておこう、という塩梅だ。
傘などは年間に数本はなくしているし
靴下や手袋、ピアスはもはや左右同じものを身につけるという概念がない

リュックを丸ごとなくしたこともある。
小学生のころ歯につけていた矯正装置をなくしたときにはさすがに怒られた。苦い思い出だ。
いい思い出もある。大学生のころメガネをなくし、数週間後に同じ河川敷の草むらで見つけたときにはキュンとした。


高額なものを身につければなくさないというアドバイスをくれる人がいるが、

このアドバイスは本当に良くない。

 

ある日、後輩のApple信者が愛用していたAirPods(¥30,000は高すぎだろ)が羨ましくなって購入した。

最初の1ヶ月、それはそれは我が子のように可愛がり、手入れも充電も欠かさず部屋から一歩も出さずに使用していた。
やがて外で集中して作業するために使いたい衝動に駆られ、カフェに持っていったのが運のツキだ。

あくる日あの小さな宝石箱を開けると右側が空洞だった。
私は発狂した。

え?なくすシーンあったか???

いやない。

カフェにいるとき以外このケース自体鞄から出し入れしていないし、両方あることを確認して収納したことは覚えている。

分からん。

いや、今開けた瞬間に部屋に落ちたんじゃないか?

一度だけ、買ったばかりのドライフルーツを部屋の中でなくしたことがある。
スーパーでエコバッグにいれ、帰った時に取り出そうとするとなかったのだ。
ドライフルーツは翌日、洗濯カゴのなかから見つかる。
その時も自分、なくしものの天才か?
と自問したものだが、つまり私に関してそういうことはあり得る。

AirPodsなんて小さきもの、洗濯カゴに紛れ混んで今生の別れとなる可能性は非常に高い。
私は洗濯カゴをひっくり返した。
ついでに衣装たんすもひっくり返した。
本棚の隅々までくまなく探した。

荒れた狭い部屋の中で私は絶望した。

ない。

後輩のApple信者に相談すると、イヤホンから音を鳴らす機能があるから鳴らせとのことだった。

鳴らない。

充電が切れているものと予想する。

嗚呼…

そこで、AirPods(右)対する情熱がぷつりと消えた。

彼は私の元を離れる運命だったに違いない。

新しいの買お。

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「ふぅ」
 私は手帳を閉じて椅子に背中を預けた。

 お盆休みの最終日。真夏だと言うのに連日の豪雨で外は肌寒い。少しだけ開けた窓の隙間から入り込む風が、紺色のカーテンを揺らす。


 気分が下がるからカーテンは明るい色にしろと友人各位から指摘を受けたが、何しろ外が明るくて眠れないのだ。

 夜は遮光能力抜群のカーテンで閉めきり、更にアイマスクを装着しなければ安眠できない。もしかすると人より瞼が薄いのかもしれない。

 ふと気配を感じて部屋の中を振り返る。
 都会でもない、田舎でもない。都心へ通勤する中流階級の人々がひしめき合う衛星都市の六畳一間。正確に測ったことはないが多分それくらい。 

 気の利いたお洒落な家具も大型のテレビも置けないが、この空間を自分好みにどう有効利用するか、片付け上手の手腕が試されているようで気に入っている。掃除をする床面積が相対的に少なくなることも狭い部屋のメリットだ。
 

 意味もなく後ろを振り返るのは、ホラー映画を見たあとに誰しもがつい取ってしまう行動だと思う。浴室でシャワーを浴びているときなんかは特に。


 窓を閉め、壁に取り付けた本棚に手帳を立てかけた。
 ホラー映画と言えば、少し前に会社の先輩と見に行った異色ミステリーは超怖かった。民族学を勉強している大学生の男女が奥地の村の祝祭の調査にいくようなそんな話だ。

 突然大きな音を立てて驚かしてくるような王道のホラー映画とは違い、あの映画は真に迫るものがあった。そうだ、あの映画の感想を書いていなかった。


 私はもう一度本棚からノートを取り出した。
 思ったこと、考えたこと、心に残ったことはなんでも手帳に書く。

 日記というほどちゃんとしたものでもなくむしろメモに近いものだが、中学生に上がった頃から十数年は続く日課だ。日課というか、癖だ。


「…………」
 最後のページを開いて固まった。
 最後に書いたはずの『なくしもの日本代表』の小噺は、最後のページではなくなっていた。


 『なくしもの日本代表』の隣のページに、別の誰かの文字が並んでいる。

 反射で思わず手帳を閉じた。

 しばらく閉じた手帳の表紙を見つめていた。今期の手帳は檸檬柄のリングノート。

 黄色い看板の生活雑貨店で売っている極普通のA6サイズの手帳だ。どんな手帳を選ぶかも楽しみの一つで、大人になってからは専ら種類豊富なこのシリーズの柄違いで攻めている。次に使うつもりのシャーロックホームズをモチーフにした表紙の手帳も既に棚に準備してある。


 そんな量販型の手帳に、妙な魔力が宿るはずもない。魔物の方だってもうちょっと面白味のある人間に憑りつきたいはずだ。

 修羅場を切り抜けてきた成功者とか、世間に恨みを持つサイコパスとか。家庭環境に恵まれそこそこの大学に進んでそれなりの職業に就いている二十代後半女性のところに来てどうする。

 これはあれだ。人違い。尋ねる場所を間違えてる。もしくはピンポンダッシュ的なあれだ。

 うん。一旦忘れよう。

(続)

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