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甲子園で起こった小さな奇跡〜545キロ離れたこの場所で!?〜

高校野球の聖地「甲子園」。

私は小学生時代に地域の少年野球チームに所属していた。残念ながら才能に恵まれなかったため「夢にときめけ! 明日にきらめけ!」と志すまでには至らず、中学では野球部には入らなかった。

ただ、野球は好き。
東京から新幹線に乗って甲子園球場に観戦に行くくらい好き。

2020年4月29日現在、夏の甲子園が新型コロナウイルスの影響で開催が危ぶまれているが、早く安心して試合ができる日、観戦できる日が来ることを願っている。

甲子園といえば「魔物」。また、様々な「奇跡」が起こる場所だが、私はここで、試合とは全く関係のない「小さな奇跡」を体験した。

ーーー今から遡ること7年前の2013年。

前から行ってみたかった甲子園球場に初めて足を運んだ。

地元、埼玉の強豪校・浦和学院の試合が観たく「せっかくなら生だ!」と思い立ち、新幹線で東京から聖地まで向かった。

昼前に到着。甲子園球場独特の雰囲気に感動し何枚も写真を撮る。無料の外野席に着席。暑さが凄まじくずっとビールを飲んでいた。

この日は好カードの試合が多く、見ごたえのある展開ばかり。特に記憶に残っているのが、現在、埼玉西武ライオンズに所属している、大阪桐蔭高校の森友哉選手のホームラン。

レフトスタンドの真ん中あたりに座っていた私の前方に、あの、大きいとは言えない体でバットを振り抜きボールをぶち込んで来た。

「これはすごいバッターだ」

ホームランを間近で見られる感動を味わった。ただ、まさかその選手が6年後にパ・リーグの首位打者とMVPに輝くほどの選手になるとは思わなかった。思い出に残っているホームランだ。

高校野球らしくテンポよく試合は進み、ビールのピッチも進む。野球観戦を存分に楽しんでいる。

そして、いよいよメインディッシュ。

春夏連覇に挑む浦和学院の一戦だ。

対するは強豪・仙台育英。

「さあ、どんな試合になるんだ!?」

気持ちもさらに高ぶり、期待が膨らみ始めたその時!

視界にある人物が写り込んで来た。

座っているレフトスタンド中段の通路を歩いていた男性だ。

「ん、どこかで見たことあるぞ」

見覚えのある人が横切ったのだ。

一体誰か!?

この「見たことあるぞ」の記憶は脳内ですぐに整理された。

その男は「吉田さん」だ。

フォークの吉田拓郎さんでもなく、白Tの似合う吉田栄作さんでもなく、霊長類最強女子の吉田沙保里さんでもない。

地元、埼玉の焼肉屋でバイトをしていた2歳上の先輩・吉田さんだ。

「一体なぜ?」
「確かに吉田さんは野球が好きだった。いても不思議はない」
「でも待て。見間違いなのではないか?」
「ここは甲子園だぞ?埼玉から離れすぎている」

Googleマップで調べたところ、当時のバイト先から甲子園球場は距離にして545キロ。

約5万人もいる観客。地元埼玉のバイト先の先輩に甲子園で会う? そんな偶然あるか!? それに、バイトをしていた頃からかれこれ10年近く経っている。人は10年経てばかなり変わっている可能性がある。

しかし、シルエットは吉田さん感満載だ。

疑いつつも、吉田さんであろうと思っている理由が1つある。

それは「身長」だ。

吉田さんは身長が190センチもある。

バイト時代、その大きな身長で接客をしていたのだが、男性の平均身長が170センチほどの日本ではやや働きにくそうだった。

190センチもある人間は日本にそこまでいない。

私と吉田さんの距離は約20メートル。

真夏の太陽が降り注ぐレフトスタンドから意を決して声をかけてみようと思った。

ただ、いきなり大きな声を出して人違いだったら恥ずかしいので、まずは牽制球を投げてみる。

聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームで声を出してみた。

「吉田さん?」

どうだ?
反応するか?

すると、その190センチの大男がビクッと立ち止まった。

反応したのだ。

吉田さん(仮)は辺りを見回し「気のせいか?」という具合でまた歩き出した。

松坂大輔ではないが自信が確信に変わりつつある。

私はすかさずもう少し声の球速を上げ、再度投げかけた。

「吉田さん!!?」

びくん。キョロキョロ。

間違いなく反応した。完全に声の出どころを探している。

データは全て揃った。

①「身長190センチ」
②「野球が好き」
③「名は吉田」

この3つの条件が揃う人物は日本にあの吉田さんしか存在しないだろう。

私は吉田さん(仮)ではなく、吉田さん(本物)だと確信し、座席から立ち上がり、大きな声で叫んだ。

「吉田さーーん!!」

吉田さんは私の方を見つめ、「え、誰?」という反応をしながら近寄って来た。

「そうだ、吉田さんは確か視力も良くなかった」

条件は4つ揃った。

「うおーーー!!何してるの!?」

「いや、こっちのセリフですよ!なんで甲子園いるんですか!?」

10年経っていても吉田さんは私のことを覚えてくれていた。相変わらず素敵な笑顔をしていた。

埼玉の焼肉屋から545キロ離れた甲子園球場でまさかの再会。

試合をしている球児たちはこんな小さな奇跡がスタンドで起こっているとは到底想像できないだろう。

吉田さんは奥様と来ていた。結婚をしていたのだ。私の横に座り一緒に試合を観戦することに。

吉田さんは大学を卒業したと同時に就職。そのタイミングでバイトを辞めた。話を聞くと、何年か前に仕事の都合で兵庫県に転勤して来たそうだ。

この日は仕事が休みで家でテレビで甲子園を観ていて、浦和学院が試合をやるということで、奥様と一緒に甲子園球場まで応援にやってきたのだ。

感動の再会を果たし、すでに何杯も飲んでいたが、私と吉田さんはビールを頼み乾杯をした。

懐かしい話で盛り上がった。浦和学院を応援するという同じ目的で甲子園球場に偶然集結。本当に楽しい時間だった。

ただ、私たちが応援していた浦和学院は仙台育英との死闘の末、10対11でサヨナラ負けを喫した。

試合結果は残念だったが、貴重な1日を過ごすことができた。

甲子園という舞台には本当に何かしらの奇跡を起こす魔物が住んでいるのであろう。

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