【リレー小説】明峰島の冒険 中編【月イチ企画】
リレー小説『明峰島の冒険』
前回の前編はこちら
-中編-
「迷った!」
「言ってる場合か」
堂々と平たい胸を張って宣言した織の頭に手刀を落とす。大げさに頭をさすって痛がる織を一瞥したあと、改めて周囲を見回す。
辺り一面、大木と鬱蒼と生い茂る草。つまり森のど真ん中だ。
「いやぁまさか森に入った途端に、滅茶苦茶涎を撒き散らしている犬に追いかけられるなんて思わなかったね」
「丁寧に説明ありがとな。さっきまでべそかいてたとは思えないくらい、落ち着きやがって」
そもそも大きな声を出したことも、大げさな身振り手振りも、もう潜む必要がないと判断している証左だ。今はもう、完全に安全だと信じ切っている訳である。
俺がこうして冷静にいられるのは、織が少し前まで泣きじゃくっていたおかげだったりする。実際のところ割とピンチであることには変わらないのだが、隣で派手に感情を出してくれていたおかげで、俺はかなり冷静になっていた。
最悪、どちらか一方向に直進すれば島の端には出られるだろう。そこまで大きな島でないことが不幸中の幸いだった。
織の目元をよくよく見れば、少し赤みを帯びているし、鼻元も垂れていた鼻水を拭った跡がある。俺のケツポケットのハンカチがなければきっと織は自分の服で拭っていただろう。
まだまだ子供だな、と思いつつ、強がっている織の頭を撫でると、うんぬう、と変な声をあげる。
「さて、お兄ちゃん、休憩も終わったし先に進もう!」
「いやお前な、それは道に迷った時の最悪手だぞ」
また枝を投げて行き先を決めた織の後ろを着いて行きながら、その迂闊さを注意する。
普通はその場に留まるか、覚えているのであれば元の道を引き返すのが正解である。既に道が分からなくなっているというのに、それでも先に進むというのは迷子になり易い人間の典型例だ。
だが――。
「でも、お兄ちゃんがいれば、大丈夫でしょ?」
さも当然、というように織は振り返って、こくりと小首を傾げた。
「…………」
はぁ、と溜息だけ。
「はぐれるなよ?」
「はーい!」
兄というのは、単純な生き物であると身に沁みて思うのだった。
それから。
「…………。お兄ちゃん」
「ちょっと待て、色々と考えてるから」
「むー!」
しばらく歩いた所で、俺と織は立ち止まらざるを得なくなった。
適当に返したことが不満だったのか隣で地団駄を踏んでいる織はひとまず置いておいて、眼の前のオブジェクトについて考える。
森の中を進んでいると一定の間隔で木々に印が刻まれていることに気付いたからだ。実に分かりやすく矢印でどこかへと導いてくれているのだ。森の出口であれば実にありがたいと思ってとりあえずその矢印に着いていったのだが、矢印の先にあったのは、洞窟である。
よく遭難者が雨風を凌ぐ為に避難しそうな感じの洞窟で、しかし外の光が届かない程に奥へと続いている。
怪しい。とんでもなく怪しい。
「地図には載っていない無人島。だというのに遺されていた印。その先にある洞窟……」
絶対に何かがある。それは確定している。だからこそ、滅茶苦茶に怪しい。
だというのに。
「絶っ対にお宝じゃん! テンション上がってきたぁ!」
「おい織! 待て!」
大暴走である。色々と考えた可能性はとりあえず置いておいて、慌てて織を止めに行く。走りながら、スマホのライトを点けて、明かりの中に織を捉えながら進む。
予想よりも早く織に追いつくことはできた。どうやら分かれ道で止まったらしい。
「あ、お兄ちゃん遅いよ~!」
「織が勝手に進んだんだろ。もしも罠とかがあったらどうするんだよ」
「ごめんなさい。――で、どう思うコレ」
三つの分かれ道。大きな地面に突き刺さっているタイプの看板が一つ手前にあって、更に分かれ道の前にそれぞれ一つずつ看板が刺さっていた。
「えぇっと、何々……。『結果より過程が大事だと思う?』」
一つ目の看板にはそう書かれていた。そしてそれぞれの分かれ道には、左右が『はい』、『いいえ』、そして真ん中には『たぶんそう部分的にそう』、と書かれていた。
「心理テスト?」
「みたいなもんだろうな。自分の答えの道へ行け的な……。ってか、なんかこの文言見覚えあるな……」
何かが引っかかる、そう思いながらも俺と織は左側『そう思う』を選んだ。過程を楽しむ人間でなければ、こんな無人島にわざわざ出向いたりはしないだろう。探検というロマンを選んでいるのだから。
そうして先に進む。その先にも、似たような質問と選択肢が幾つかあった。
『形あるものにしか価値はない?』『はい』『いいえ』『たぶん違うそうでもない』。
「……ん?」
『思い出は沢山あった方がいい?』『はい』『いいえ』『分からない』
「これってまさか……」
『何となくオチが見えている?』『はい』『いいえ』『たぶんそう部分的にそう』
「お兄ちゃん……」
「みなまで言うな織」
ようやく選択肢の既視感の理由を思い出す。これは、アレである。頭の中で考えたものを言い当てるランプの魔神の選択肢だ。
「アキネ島じゃなくて、アキネーター島ってこと?」
「当て字にも程があるだろ!?」
思わず大きな声を出して突っ込んでしまう。ろぅ、ろぅ、ろぅ、と洞窟の中に響く。織は急な俺の大声に耳がキーンとなったのか、耳を塞いで頭を少しくらくらさせていた。
途方もない徒労感に襲われながらも、毒を喰らわば皿までと半ばヤケクソで、俺と織は更に先に進む。つい先程までのワクワク感はどこかに吹き飛んでいた。
最後の看板には『貴方が欲しているのは』、とだけ書かれていた。最後は分かれ道ですらなかった。
そうして、進んだ先にあったのは――。
中編作者:雨隠日鳥
後編はこちらから
月イチ企画についてはこちら