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Mパーキングの幽霊【ホラー小説】

オカルト作家のK氏のもとに、エージェント酒頭(しゅとう)が訪ねてきた。

ある高速道路で起こる不可解な死亡事故について、見解を聞きたいとのことだった。

オールバックにスーツのエージェント酒頭が事件をまとめた報告書を取り出した。

I縦貫自動車道は1970年代初頭に開通した高速道路である。

開通初頭より、「魔のカーブ」と呼ばれる〇〇キロポスト付近の区間において、連続的に重大事故が発生している。

現場は下り道で、角度のきついカーブである。
さらに山間部で気温は低く、動物の飛び出しも多い。

事態を重く見た道路公団はこれでもかと電光掲示板や、反射板、カーブ注意の看板など次々に設置。

警察当局は積極的に取締りを行うが、梨のつぶてであった。

事故は全く減らないのである。

長年に渡り改善の兆しが見えなかったが、とある老トラックドライバーが警察当局へ情報提供した。

魔のカーブ手前にある、小さなMパーキングエリア。

ベテランである彼はいつも決まった積荷を決まったルートで運ぶ。
休憩場所としてMパーキングエリアにいつも立ち寄っていたのだ。

彼はそこで、3度も魔のカーブにおける死亡事故や、事故後の通行止めに鉢合わせた。

いずれも、彼がパーキングエリアに立ち寄っている時、同じくそこで休憩を取っていた車両が、後に事故にあっていたのだった。

その死亡事故を起こすこととなる車には共通点があった。

頭の小さな、小柄なスキンヘッドの人間と話をしていた。

とのことであった。

どこからか現れた男が車の運転手と話をして、男は車に乗らず、車は去っていくのだ。
そして男は、いつの間にか消えてしまう。

その後、車は魔のカーブで事故、乗員は死ぬ。

ベテランドライバーである彼は、パーキングエリアの職員や通行するドライバーとも顔見知りである。

彼らの間にそのような「頭の小さな男」はいなかった。

いつしか、Mパーキングエリアには

「話しかけられると、事故死してしまう幽霊がいる」

「『Mパーキングの幽霊』だ」

と、老ドライバーはじめ、他のドライバーやパーキングエリア職員の噂となっていた。

先日、とうとう4度目の目撃があり、やはり死亡事故が起きた。

本気にしてもらえないかも知れないが、不吉なので情報提供した…とのことであった。

「ふーむ」オカルト作家のK氏は腕を組み、思案をめぐらす。「防犯カメラには?」

「映ってない。駐車場を映すカメラはないんだ」と、エージェント酒頭。

「誰一人生き残ってない?」とK氏。

「だれも。一応情報提供者の目撃した事件を確認したが、確かに全部本当だ。死亡事故が起きてる。そのうちの一つは、この情報提供者が事故の目撃者だ」

「他に、そのMパーキングの幽霊を見たという人は?」

「いるんだよ。それが」エージェント酒頭はさらに封筒から資料を出した。「情報提供者の知り合いも見てる人がいる。だが、情報提供者と面識がないドライバーでも『Mパーキングの幽霊』を見たという人は何人も特定できた。いずれもトラックや高速バスの運転手などだ」

「ドライブレコーダーは?」

「ないね。消えてたり、作動してなかったり…我々も必死に探したがなかった」

「うーん」K氏はコーヒーを口に含み考える。

「死亡事故に絡む幽霊話なんて、警察は相手にできない。そのノウハウもないしな。だからウチを頼ってきた」酒頭がいった、そして安楽椅子に勝手に掛けた。「先生、コーヒー俺にもくれない?」

K氏はコーヒーを淹れて、酒頭に提供した。
「事故原因はわかってるのかい?」

「分かってる。そこは当事者のドラレコや、通行車両から特定できてる。たいていは速度の出し過ぎや、動物の飛び出しだったりするが…ちなみに、こいつがその『幽霊』のモンタージュさ」

エージェントは一枚の絵を出した。
一見して、頭がとても小さく、華奢で小頭症を思わせる顔貌をしていた。

「このモンタージュ写真と似た人間は、死亡者の周囲にいなかった?」

「全くいないよ」エージェントはコーヒーを啜る。「すまないね、先生。忙しいだろうに」

「皮肉はよしてくれ」K氏は顔をしかめた。「それで、今回はなぜ私に?」

「本局は首都一帯で起きてる案件に掛かりっきりでね。部隊派遣も無理だと」酒頭は肩をすくめた。「地方局長は部隊動員の前に調査を固めろとさ…今、H県の件で調査に回れるエージェントも少なくてね。先生には危険なことはさせないから、知恵を貸してほしい」

「…新作発表まで時間はあるから、協力しないこともない」K氏は呟いた。正確には、当局からの援助がK氏の生活に不可欠だったからなのだが。

「そうこなくっちゃ、先生」エージェントは立ち上がって手を叩いた。「地方局には俺からよーく行っとくから。弾んどけってね。先生は新作出すまで生活苦しいらしいって」

K氏は憮然としてエージェント酒頭に手を差し出した。
「コーヒー、一杯100円だ。いい豆なんだ」

事件発生日時は、ほぼ薄暮時から夕方にかけてだった。

いつ起こるか分からない事故を待ち続けるのも気の遠い話だが、K氏は悪くないと思った。

調査用の車は貸し出され、食事代、交通費、謝礼も出る。
仕事は薄暮時から夜明けまで。
車に乗って、Mパーキングに停まり、ひたすら幽霊の出現を待つ。

毎日は不可能なので、1日から2日おきに「調査」に入った。

それだけでK氏には充分なお金が手に入る。

疲れた時や深夜は交代で見張った。

エージェント酒頭はタバコを吸い、「つまらない」と不平を言う。組織批判を口にする。ラジオを聞く…などしている。

K氏は、ノートに新作の原稿を書いたり、ネタ作りをしたりしていた。新作は、半魚人と河童の悲恋物語だ。

Mパーキングには自販機しかない。
どのくらい日数が経ったろう。
自販機のジュースを全種類楽しんだ頃だった。

ようやく出現した。

深夜2時、助手席に乗っていたK氏が初めて気づいた。
慌てて寝ている運転席の酒頭を起こす。

一人の女性が白い軽自動車に乗り込もうとしたときだ。

頭の小さな、小柄な男がおずおずと近づき、話しかけていた。

男は笑顔を浮かべ、親しげに話そうと試みているようだった。
薄汚れたシャツと、ズボンを履いている。
白いスニーカーも履いていた。

紛れもなく人である。

K氏から10数メートルほど先にいる。

K氏は、予めエージェントと「決して『幽霊』と会話しない」と決めていた。

なぜなら、情報提供者の言うように「話すと死ぬ」のであればその時点で助からないからだ。

残念ながら、女性は会話していた。
小柄な男が何度も頭を下げ、何か言っている。

女性は、ただ手を振り、申し訳無さそうにそそくさと運転席に乗り込み発進した。

「ここで、足止めさせよう」酒頭が言って、サイドブレーキを外す。

K氏は酒頭の腕を掴んで制した。
「だめだ、もし、パーキングエリアで止めたとして…私達も『幽霊』に話しかけられたらまずい。万が一、邪魔されたと思って何かされても困る」

「クソっ、じゃあ『魔のカーブ』に入るまでにあの車を止めよう」
酒頭が車を発進させた。

「まて!やつがどこに消えるかみたい」 
K氏が言うと、酒頭がやや減速した。 

小さな頭の男は、置き去りにされたようにその場に留まっていた。

だが、頭をひとかきすると、踵を返してパーキングエリア裏の林の方へ入っていった。

「林の中へ消えた。いいぞ、あの車を追いかけて停めよう」
K氏が言うと、酒頭はスピードを上げ本線へ合流した。

女性の車はすでにパーキングエリアから出てしまっている。

相当な速度で追い上げないと、女性の車は「魔のカーブ」へ到着してしまう。 

「どうやって停める?」K氏が言った。
「こいつを使う」酒頭がセンターコンソールのボタンを押すと、サイレンがけたたましく鳴った。
そして、周囲を赤色の回転灯が照らした。

「追いついたらマイクで呼びかける」そう酒頭が言った時だった。

低速で走る大型トラック二台に追いついた。
トラックは二車線をそれぞれ走っていた。

「緊急車両です!道を開けてください!」酒頭が賢明にマイクで呼びかけるが、トラックは気づかないのか道を開けない。

その後もパッシングをする、マイクで呼びかける、サイレンを鳴らすなどするが、全く気付いてないようだ

「畜生!だめだ、間に合わない」酒頭がハンドルを叩いた。

トラック2台と、酒頭とK氏を乗せたトラックは『魔のカーブ』に差し掛かった。

すると、トラック二台は慌てた様子でブレーキして、停止した。

ブレーキしたトラックの後ろで、酒頭たちも
あわてて停止する。

トラックの間からある光景が目に飛び込んできた。

道路中央で横転し、爆発炎上する白い軽四だった。

さらには、運転席窓から這い出そうとした姿勢のまま、燃え盛る炎に焼かれる女性がいた。

酒頭の報告により、急遽H県に派遣中の一個小隊が『Mパーキングの幽霊』無力化のため戻される事になった。

小隊が戻り、無力化への手掛かりを掴むため、酒頭には引き続き監視任務が与えられた。

酒頭は危険だからK氏はもう外れていいと告げた。

K氏は首を降った。
「話をしなければ、私達は助かった。死なない対処法は分かる。私も最後まで見届ける」

酒頭はなだめたり、脅迫したり、あの手この手でK氏を諦めさせようとした。

だが不可能だった。
オカルトや怪異に人生を捧げるK氏は引き下がらなかった。

それからは2日おきに監視をした。

夕方から始めて明け方まで監視を続け、そしてその日は休む。翌日また再開。

時として気温が低くなって凍結のおそれがある時などは、毎日監視についた。

そんな生活が一ヶ月ほど続いた。

その日はK氏が運転していた。

K氏と酒頭は疲労が限界に達していた。

ほぼ会話もなくなり、交代で監視しては眠る。

その繰り返しだった。

K氏は帰宅してからも原稿を書くなど精力的に活動していたが、限界に達した。

あまりの眠気に、寒さで目を冷まそうと運転席の窓を開けた。

「先生、大丈夫かい?俺が見てようか?」酒頭が言う。

「大丈夫、今度は私の番だ」K氏は答える。

酒頭が頷き、眠り始めた。

だが、しばらくしてK氏もとうとう疲労には勝てず、眠り込んでしまった。

「あの、あの…運転手さん…こんにちは」

くぐもったような、鼻声のような、それでいて少年のように高い声で話しかけられた。

K氏はハッとして、「…はい?」返事をしながら窓の外を向く。

K氏は愕然とした。

窓の外に立つ男、頭は小さく毛がない、目が落ち窪み、やや出っ歯のような歯並び。唇が厚く、若干怯えたように微笑んでいる。

そして小柄で華奢だ。

「Mパーキングの幽霊」だった。

喉元まで出かけた悲鳴を、必死で飲み込んだ。
恐ろしい程澄んだ目が、自分を見つめている。

自分は今、まさに「話したら死ぬ幽霊」と会話をしてしまったのだった。

助手席から「ひっ」という悲鳴と、飛び上がるような物音がした瞬間…

K氏は乱暴に手のひらで酒頭の横顔を押し、顔を助手席の外に向けさせた。

「せ…せんせい…そいつ」酒頭が声を漏らす。

「しいい!何も言うな。喋るな、見るな!」
K氏は小声で酒頭に強く言った。
K氏は片時も『幽霊』から目を逸らさない。

男は怯えたように微笑む。じっと、K氏の目を見ている。

「返事…してくれてありがとう…運転手さん…あの、…ぼく…N市…N市に」『幽霊』はたどたどしくつぶやく。

「N市に行きたいのかい?」K氏は応える。

「せんせぇ…っ!」酒頭が震え声でつぶやいた。

「車を降りろ、はやく。私が死んだら『話したら死ぬ』が立証される」K氏は言った「こんな形になってすまない、私が寝てしまったせいだ」

酒頭はK氏の手を降ろさせた。
酒頭は青ざめているのだろう。そして、若干震えていたのが、その手の感触から分かった。

「クソっ…先生、なんてこった…」酒頭はそう言うと、助手席から降りた。

『幽霊』は変わらず目をパチパチさせ、微笑んでいる。
「あの…あの…ぼくと…N市に…」

「N市だな」とK氏。

「途中…とっても、あぶない…シカが…けものみちの…」『幽霊』は身振り手振りで何かを伝えようとする。
「シカの…せいかつ…くるま…みらいには…むずかしいが…」

K氏は深呼吸した。そして言った。
「いいよ。乗って」K氏は、助手席を指さした。
不気味だ。普通ならこんな状況で見知らぬ男を車に乗せないだろう。誰しもが断ったのも納得がいく。

実体はあるのかもしれない。『幽霊』が席に座ると座席は沈み、シートベルトも透けない。

『幽霊』を横に乗せたK氏の車は、なめらかに滑り出した。

N市に出るインターチェンジはまだ先だ。
どうしたって「魔のカーブ」は通らなければならない。

パーキングエリアの流出口へ進む。

K氏がルームミラーを見やると、電灯に照らされた酒頭が為す術もなく立ち尽くしていた。

車は時速80キロで進んだ。
I縦貫道の指定最高速度である。

K氏は、助手席に座った『幽霊』をちらりと見た。

『幽霊』はニコニコと微笑み前を向いている。

計器盤の淡い光が、『幽霊』の顔を青く照らし、薄気味悪さに拍車をかけている。

もし、話すと死ぬ運命にあるならば…。
もう、どうせ死ぬ。

K氏は最後に、この奇妙な『幽霊』と会話を試みた。

「N市に行って…どうするんだい?」
 
「あの…あの…、お父さん…見せた…芸…」
 『幽霊』は前を向いたままたどたどしく応える。

「芸?」

「芸の…終わり…家帰る…僕…帰りたくない…分かってた…でも…他には…」
『幽霊』はたどたどしく言う。
K氏も何を言っているのか分からなかった。

「他には?」

「だめだった…見ても…何回も」

K氏は、『幽霊』の言わんとする所が理解できなかった。

何かを考察するには、あまりに時間がなさすぎる。

間もなく「魔のカーブ」だ。

K氏は緊張のあまり手汗がにじむ。

次第に助手席の『幽霊』から唸るような声が聞こえてきた。

気になって、K氏が『幽霊』を見た。

K氏は悲鳴を上げた。

『幽霊』は恐ろしい形相でK氏を睨んでいた。
眉を釣り上げ、歯を食いしばり、目は血走っていた。
そして、いたるところに青筋が立っていた。

「落とす!落とす!落とす!危ない!危ない!危ない!」
信じられないほど、甲高く強い声で『幽霊 』は叫ぶ。

K氏は、一瞬、車から突き落とされるのかと思った。
前回の犠牲者、女性運転手は運転席窓から抜け出そうとした姿勢をしていた。

止まらないと危険だ。
いや、今の速度で急ブレーキをしたらスリップしてしまうだろう。
それこそ一巻の終わり。

「落とす!危ない!」『幽霊』の叫びに、K氏はハッとして速度計を見た。

いつの間にか120キロを越していた。
すぐにK氏はブレーキを踏み、減速した。

速度が落ちる。

そして、「魔のカーブ」に進入していく。

瞬間、『幽霊』が叫んだ。

「シカ!」

K氏がハッとして前方を注意すると、黒々とした獣の影が、K氏の車の前に飛び出した。

K氏は咄嗟にハンドルを切る。

K氏の車はスリップし、滑るように進んで行く。
だが、減速していたのが功を奏した。

車は左の路肩へ滑っていき、止まった。
制御不能にはならなかった。

K氏は呆気に取られた。
死ななかった。

だが、間違いなく、『幽霊』の助言がなければ、猛スピードでスリップし、重大な事故を起こしていただろう。
そう考えるとK氏は身震いした。

K氏は助手席を見た。
そして愕然とした。
『幽霊』は消えていた。
シートベルトのタングも外れていた。

私は助かったのか…K氏は思った。

K氏は無事だった。

それから、K氏は『幽霊』を探し、酒頭や警察が来てから延々と探したが、ついに見つからなかった。

6 

―K氏のスクラップブックより― 

○「小頭の少年、驚くべき能力」1972年5月10日『市報 ぬかやま通信』

N市糠山町に住む少年、万田三治(まんだ さんじ)さんは、先天性疾患により発達障害を持っています。
しかし、驚くべき事に彼は超能力とも言える力を見せてくれます。

彼は、野球中継やスポーツ観戦をしていて、どちらのチームが勝利するかピタリと当ててしまうのです。

また、地方選挙候補者の顔写真を見せ、当選予想をするのもお手の物。

その恐るべき能力を使い、客にトランプを引かせて当てるという手品ショーを地元近辺で開催しています。

お父さんの一治(かずはる)さん
『医師によれば、脳のメカニズムが通常と異なり、人より段違いに予想や予測能力が優れているのではないか…という話でした。三治は言葉もうまく話せません。ですが、こうして能力を使い、皆様を喜ばせることに三治は生きがいを感じているようなのです。』

一治さんは、三治さんとの二人三脚の手品ショーをさらに広めて行きたいとお話しくださいました。

 

○「I縦貫自動車道開通」1973年3月1日『西日新聞』
 3月1日、近畿地方から西日本を結ぶ主要交通網として「I縦貫自動車道」が開通し、西日本道路公団主催の開通式が開催された。

 「I縦貫自動車道」の総延長は500㎞以上に及び、山間部を縫い、市街地を結ぶように道路が整備されている。
 西日本の高速道路網の「屋台骨」として、物流の発展や経済効果が期待されている。
 一部、山間部の町村を中心に山林の乱開発や獣道への干渉が懸念されたが、各所との調整および自治体との協議は円滑に終了したと、国と公団は述べている。
 
○「I縦貫道にて親子事故死」1974年8月10日『西日新聞』
 8月9日未明、〇〇県M市のI縦貫自動車道上り線において、軽四乗用車が単独でスリップ事故を起こし、乗員全員が死亡した。
 乗員はN市糠山在住の万田一治(34歳)さん、同乗していた万田三治さん(13歳)の2名であったが、いずれも全身を強く打ち死亡した。
 警察は事故の原因をしらべている。

ー調査概要書ー

対象:通称『Mパーキングの幽霊』

概要:対象は小柄かつ小頭症の少年姿をした人型実体である。
 対象はMパーキングエリアに出没し、通行車両の運転手に、自身がN市へ帰宅するため乗せるよう依頼する。
 Mパーキングエリアから進行すると、I縦貫道自動車道の中でも交通死亡事故が頻発する〇〇キロポスト付近の急カーブ「通称:魔のカーブ」となっている。
 対象の依頼を断り、そのまま対象を車に載せなかったものは、目撃証言で確認される範囲だけでも全員「魔のカーブ」にて事故死している。

 以下は、対象と接触し、唯一生存が確認された調査協力者であるオカルト作家K氏の証言と報告に基づくものである。

 対象は乗せた運転手に対し穏やかに接するが、魔のカーブに接近したところ態度を変える。
 激しく憤怒した表情となり、強い口調で運転手に注意喚起する。
 減速すること。動物が飛び出してくることを指摘するのである。

 同所はカーブ手前の直線において、上り坂が下り坂に見えるよう錯覚する「ゆうれい坂」現象が起こりやすい道路形状であり、無意識に高速度となる可能性も高い。

 さらに高速度を保ったまま「魔のカーブ」に進入するため危険個所であり、対象による注意喚起は適切なものである。

 「魔のカーブ」を通過する際、調査協力者はスリップし急停止したところ、対象は忽然と消失していたとのことであった。

考察:人型実体は1974年にI縦貫自動車道にて事故死した万田三治の異体と見られる。
   同人の姿形が当時の市報に掲載された写真と同一のものであり、さらに同人と父は事故死前、H県南部の老人会を回り、手品ショーを行っていたとする証言が残っている。

   万田三治は頭部に先天性疾患があり、さらに発達障害を併発、言語能力は遅滞が見られたが「予知能力」と評される能力を持っていたとされる。

   1973年の市報によれば、スポーツの試合結果や、地方選挙の結果を的中させることができ、その能力を使って手品ショーを
  していたと報じられている。

   対象が万田三治の姿だけではなく、記憶や能力を持っているのであれば、これより事故死する人物を特定し、忠告するこ
  とは不可能ではない。
   場所と万田の風体から、事実を直接告げるのでは信じてもらえず、車に載せてほしいと依頼するやり方になっていったのでは
  ないかと本職は推測する。

   生前、対象の父は「能力を使って人を喜ばせることが生きがい」と市報に語っていることから、その行動原理や動機が異体
  の行動として発現している可能性は高い。

   なお、Mパーキングエリアにて現れるのは、「魔のカーブ」を注意喚起するのが目的と見られ、他の場所では万田三治の目撃
  情報はない。

   さらに、Mパーキングに立ち寄らなかった者、事故車両の随行者でMパーキングに立ち寄ったが、一切万田三治よう実体の
  目撃がなかったものも存在し、必ずしも「魔のカーブ」の死亡事故全てに万田三治よう実体が関係しているものではない。

   よって、「魔のカーブ」において続発的に発生する死亡事故の原因は「Mパーキングの幽霊」こと万田三治によるものとは断定できないものであった。

危険性:注意を要する。万田の風体から、仮に乗車させてもパニックになり
   事故を惹起する可能性がある。万田の危険性については、生存者が1
   例しか確認できないため未だ判然としない。
  

措置検討:対象の無力化、および確保については留意されたし。
     
   
  理由:1有用性が認められる
      対象の出現を管理することにより、死亡事故予知が可能とな
     る。
      K氏のように、事故死する予定の者が生存する可能性もある。
      可能な範囲で警察と協議をすべきである。  
    
     2危険性について、事例が少なく未知数であるため
      現在の結論と推察は、全てK氏の体験した1例に基づくもので
     ある。
      未だ不明な点が多く、無力化した際のデメリットも不明であ
     る。

周知について:対象について事実を広めるのはいたずらに混乱を招き、対象
      自身が騒がれるのを避け、消失するおそれもある。
       土着民話のカバーストーリーなどを漸次広め、「福の神」的
      扱いをするのが適当ではないかと思われる。

作成及び調査者:中国管区調査局 調査主任 酒頭悦郎 



エピローグ
 
K氏とエージェント酒頭はN市のとある墓地にいた。

「万田家」と書かれた墓前で、手を合わせ、線香をあげた。

そして、墓の汚れをふき取り、花を生けた。

「なあ、先生…74年の事故の時、三治くんは、自分が死ぬって分からなかったのかな」と酒頭。

「いや、分かっていたと思う」K氏は答える。「三治くんは、そのことかは分からんが…何度見てもだめだったと言っていた。」

「変えられない未来もあるってことか」酒頭が悲しそうな顔で言った。

「そう。だから、死んだ人間みんなが三治くんに会っているわけじゃない」K氏が言った。「だから三治くんも助けられる人間には、一生懸命声をかけているのかもしれないな」

「死んでも・・・能力を使って人を喜ばせたいんだな」酒頭が言った。「俺は、この仕事初めて人間不信になったし、オカルトも神様も大っ嫌いだけどさ。こういう異体を見ると、人間も捨てたもんじゃねえなって思うんだ」

「そうだな」K氏は静かに頷いた。
そして続けざまに話し始めた。
「さて、次は、連続事故の原因を調べないとね。1970年代からI縦貫道に関する事件事故の資料をまとめてみたんだ」
K氏はそういうと、カバンからスクラップブックやノートを取りだした。

「冗談じゃない!」酒頭はギョッとした。「しばらく勘弁だよ先生。ていうか、その連続事故も怪異が原因だっていうのかい」

「その可能性もある」とK氏。

「OK先生」酒頭はコートのボタンを締め、踵を返した。「本局から何か言って来たら、相談に来るよ。でも今は勘弁だ。先生も新刊があるだろ?」

「もう書き上げたよ」K氏が言う。

「分かった。とにかくしばらく勘弁だ先生。Mパーキングで過ごした分、俺は自分のアパートで飲んだくれる。Mパーキングで売ってた自販機のジュースもクソくらえだ。帰ってハイボールでも飲むよ」酒頭はそれだけ捲し立てると、足早に去っていった。

「エージェント酒頭!」K氏が叫んだ。

「新刊売れるの祈ってるよ!ロボットと宇宙人の恋物語!」酒頭はおどけたように手を振って、墓地から去っていった。

「半魚人と河童だって」K氏は苦笑して去り行く酒頭を見送った。

墓地に風が吹いた。
寒波到来前の柔らかな風だった。


【終わり】

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