【怪談】大雨の村落 後編
バス停に戻ると、自分が乗ってきたバスが止まっていて、運転手がずぶ濡れになってタイヤをいじっている。
「バーストですよ、すんません。トガッた木を踏んだみたいです。スペアタイヤも古くて駄目になってた」
「代わりのバスは来ますか?」
「ええ……。3時間後くらいには」
「3時間後!?」
冗談じゃない。
U子さんは歩いて帰ることにした。
傘を差して、大雨の中、友人の村落を下った。
山の中腹にあるため、帰る時は下り坂になる。
お気に入りのローファーはびちゃびちゃで、水が沁みた。まっ白だった靴下は、泥ハネで灰色と茶色のまだらに汚れている。
「あぁ……もう、サイアク……。ポンコツバス会社」
やり場のない怒りをバス会社に向ける。
まあ、雨の日にお気に入りを履いてくる自分もうかつだったが。
そしてトボトボ歩いていた時だった。
村落から少し離れて、山の法面から多数の排水パイプが突き出しているところに来た。
山に水がたまっているようで、排水パイプから水が流れ出ていた。
一瞬だけ地鳴りのような音が響いた。
不自然に、一瞬だけである。
それから排水パイプから水が出なくなった。
排水パイプから水が流れなくなるのは、土砂崩れの前兆だと聞いたことがある。
嫌な予感がしてU子さんは立ち止まった。
排水パイプたちから喉をつまらせたような、ゴボゴボという音が聞こえてきた。
やがて、強い勢いで排水パイプから吹き出した。
真っ赤で粘性のある、血液だった。
無数のパイプから、消防ホースで水を出すように多量の血が吹き出してくる。
流れた血は、土砂に混じって道路を赤く染めた。
U子さんは叫び声を上げた。
ほとばしる血が、U子さんの足下にはねた。
U子さんは無我夢中で走り、その場から逃げ帰った。
泣きながら帰宅して、血で汚れた制服や自分の顔を見てみた。
U子さんは驚愕した。
土砂がついていた程度で、何も血はついていなかった。
帰宅したU子さんに、血相を変えた母がすがりついた。
「ああ!U子!無事だったのね!良かった」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ!あんたが無事で、本当に良かった。あんたが帰ってきている最中に、大変なことが起きてるわよ」
U子さんは母に連れられ、今のテレビを見た。
緊急報道だった。
先ほどまでU子さんがいた、E美さんの村落が映されていた。
だが、見慣れた村の姿はなかった。
土石流が村落を押し流してしまい、テロップには「〇〇県〇〇市の山間で土石流発生。住民多数被害、連絡取れず」とあった。
U子さんは放心状態になった。
そして、恐怖で膝が笑い始めた。
結局、罹災当時村落にいた人達は全員亡くなった。E美さんも犠牲者のひとりに名を連ねていた。
後ほどU子さんが村の老婆から聞いた話では、E美さんの村落は昔から何度も土砂崩れの被害に遭っていたらしい。
だが、なぜか人が住み着くという。
老婆は続けた。
「E美ちゃんもかわいそうにねぇ。村でひとりだけの若い子やったほにねぇ……。E美ちゃんと同じ世代の子は、他にはおらんやったからねえ……あんたも寂しかろうねぇ」
U子さんは、老婆の同情に少し涙した。
だが、続いて老婆が漏らした言葉に凍りついた。
「昔はねぇ、あそこの集落は子どもを捧げもんにしよったらしいんよ。山崩れが起きんようにって。あすこの村の子は、よう病気やらで死によったからね……やけえ、そんな噂が流れよったんやろうけど。」
凍りつくU子さんに、老婆がつぶやいた。
「ウチの世代も、ウチの子供の世代も鉄砲水はなかったけどねえ。E美ちゃんの世代は、他におらんかったからね。E美の母ちゃんが、娘を守ろうとしたんかもしれんね。こればっかりは仕方ないね」
【おわり】