【怪異短篇】空に浮かぶもの

ただいま…。
やれやれ、ずっと走りっぱなしだったよ。
ほら、良太郎…手を洗ってきなさい。

季節はずれにタコ揚げなんてさ。
良太郎も何を言い出すかと思ったら…。

でも夏のタコ揚げも悪くないよ。
青空と白い入道雲がすごくきれいでね。
タコを上げると爽快だったよ。

どうした、良太郎。
ボーっとせずに手を洗っておいで。
おやつをあげるから。

小さな良太郎が飛ばすのは難しくてね。
僕が上げて、良太郎に糸を持たせたんだ。
「パパが走って上げて!」って言うもんだから。

そうそう。
ちょっと変なモノが飛んでたよ。
僕らのタコよりはるか上でね。
黒いタコのようなモノが浮かんでたんだ。

いや、他人が上げたタコじゃないんだ。
真夏にタコ揚げしてる妙な人間は僕らの他いないよ。

その黒いタコはね…人の形をしてたんだよ。
糸もなく、誰も地上にいなかった。

人が手を左右に伸ばして、脚を軽く広げてね。
レオナルド・ダ・ヴィンチの人体図みたいなポーズさ。
あのまま浮かんでた。

顔は目があるのか、ぼんやりとして分からなかった。
だけど凹凸の感じからして、顔があるように見えたよ。

そのタコ?はね。
しばらくジーっと同じ場所に浮かんで、僕らの住んでいる住宅地の方を見ていたんだよ。

それから目にも止まらぬ早さで消えたんだ。
マウスカーソルをサッと動かすようにね。
いや、驚いたよ。

僕はそれで、ちょっと思い出したんだ。
この前、隣町の病院から大勢のお年寄りが消えた事件あったろ?

あれ、介護職員に友達がいてさ。
お年寄り達が消える前、病院の真上を黒い人形みたいなタコが浮かんでたって言うんだよ。
僕が見たものと似てるよね。

それからお年寄り達は放心状態になって、誰も気づかないうちに消えたんだ。

おかしいよね。皆んな脚が悪かったり、車椅子の老人なんだぜ?
どうやって数十人も失踪したんだろね。

あれかな、もしかして…
フライングヒューマノイドってやつかな。

え?怖いこと言わないで?

ハハハ…
ごめん、ごめん。
からかったのさ。タコはホントにいたけど、そんな変な話がある訳ないじゃないか…真面目だなあ君は。

……おい、良太郎ってば。
早く手を洗いなさいよ。
お菓子あげられないだろ。
ほら、早く。
良太郎?良太郎?

【おわり】

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