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【ホラー短編小説】因果の呼び声 第三夜

第三夜

それは、私の思い出と同じぬいぐるみだった。
私が遊んでいたぬいぐるみは、よく遊ぶ神社で発見したものだ。

私が神社に遊びに来ると、みんなが恐ろしがって取り囲んでいた。
奇怪な人形があると。

確かに、人型であり、目や鼻、口はボタンで縫い付けてあり、お世辞にもかわいいとは言えず、不気味な人形だった。

いうなれば、ブードゥー人形のようにも見えた。

皆、異様な見た目に触るのも気味悪がっていた。

気の強いリーダーだった私は、皆に威勢良く見せようと、人形を触った。

異様な感触だった。
綿が入っているだけにしては、生ぬるく、液状のものが入っているように重さが安定しない。

それに、関節は良く作り込まれていて、デッサン人形のように細かなポーズもとれた。

私は顔をまじまじと見た。
何だか、そのボタンの目が私を責めているように見え、腹が立った。

「これでサッカーしようよ」
私は言った。

皆躊躇していたが、一人、私と張り合っている男の子が人形を蹴った。
人形はまるで人間のように関節を動かして激しくはね、倒れた。

その光景に、子どもの残虐性が魅了されたのだろうか。
次々に子ども達は人形を蹴りつけ、サッカーを始めたのだ。

人形は倒れ、うずくまり、まるで苦痛に耐えているような姿にも見えた。

ただ、その姿に蹴りを入れるのに当時の子ども達がカタルシスを味わっていたのは間違いない。

毎日のように、その人形でサッカーが繰り返された。
皆、何に魅了されたか分からない。
ただ、毎日のように人形を蹴るサッカーに夢中になってしまったのだ。

ただ、私は決して蹴らなかった。
あまりにも気味が悪かったからだ。

ある日、私はなぜ人形を蹴らないのか仲間から問い詰められた。

彼らはなぜか人形をいたぶることにこだわり始めていた。
私は、気味悪いので蹴りたくないとは言えなかった。

弱弱しい女だと思われたくなかったのだ。

仲間が口々に私が蹴らないことに文句を言い始めた。

私は焦った。
このまま人形を蹴らなければ、この友達たちから追い出され、憎まれるだろう。
もう、今のままの人間関係は維持できない。

そこで私は奇策を取った。
蹴る代わりに、こんな人形怖くないと、人形を罵倒したのだ。
「別に怖くない。そもそも、お前をサッカーのボールにしようといったのは、この私だ」
「こんな目に遭って仕返ししたいなら、いつでもよっちゃん様は相手になるぞ」
と。

友達たちは、納得したような、していないような反応をしたが、それでも責めてくることはなくなった。

これで事なきは得たが、私は後味の悪さを残した。
罵倒した瞬間、人形の表情に変化はないのだが、ボタンで作られたその眼に不気味さを感じたのだ。

それからだった。
サッカーで遊んでいた友達が、数カ月おきに一人、また一人と事故で亡くなっていった。

あるものは水難事故、ある者は交通事故、感電、急病…

同級生の机に花瓶が次々と増えていき、私は慄然としていた。

友達たちが亡くなり、とうとう私だけが残った。

私は怖かった。
人形でサッカーをしようなどと言ってしまった自分の浅はかさを呪った。

死の恐怖に耐えかね、私は神社に赴いた。

許しを請おうと思ったのだ。

神社の長い階段を駆け上がり、息を弾ませ、境内へ入った。

開いたことがない社の扉が開いていた。

それは立っていた。

開け放たれた社の前に、私の方を向いて、小さな体で立っていたのである。

社の中は真っ暗で何も見えず、ただ、暗闇の前に人形だけが立っている。

私はそれを目にした瞬間、背を向けて階段を駆け下りた。

私は直感で身の危険を感じた。
私の視界に入ったものは、見てはいけないものだ。
目の前の出来事をしっかりと把握するほど見てしまうと、危険な気がしたのだ。

根拠はない。

だが、人形が直立し、開かずの社が開いていたというだけでも、私が踵を返す理由としては十分だった。

それ以来、件の神社を訪れたことはない。
人形が立っていた。その光景を見てから、私は数年間、悪夢にうなされた。

人形が私に仕返しする悪夢だ。
友達らが人形の背後で、見るも無残な姿で私を手招きするのだ。

だが、年齢を経ることで悪夢と、その薄気味悪い思い出は記憶から薄れていった。

幸いにして、私は今もこうして生きながらえている。

人形を決して蹴らなかったこと…人形に手をあげなかったのが良かったのかもしれない。

このように私は、気の滅入る記憶を思い出していた。

うんざりだ。
タバコに火を点け、私は大きく煙を吸った。

そして、また仕事に向かう。

仕事が乗ってくるにつれ、先ほど思い返していたことがバカバカしく思えてきた。

そうだ。
現実と空想の曖昧な、子どもの頃の話ではないか。
子どもは皆恐怖の対象を作り出し、怯えるものだ。

ブギーマンと同じようなものだ。

連続で友人らが事故に遭うことだって統計的に珍しいだけで、ない話ではない。

昨晩、必死になって川に人形を放り投げたことを思い出すと、なんだか笑えてきた。
「ほんっと、疲れてんだろな。私」
私は独り言ちた。

余計なことは考えない。
仕事に集中すれば、時間が解決してくれる。

しばらく作業して、トイレに行きたくなった。
私は、また立ち上がり、部屋を出て、長い廊下へ向かった。

いつもより廊下が暗い気がする。
美しい月の光もなく、どんよりとした暗さが廊下に充満している。

腰高窓を過ぎる。

「よっちゃん、きたよ」

抑えきれない恐怖心から私は悲鳴をあげた。
やはりだ。
あの人形だ。

私の「仕返しにこい」と言う言葉を覚えているのだ。

おそるおそる外へ出た。

そして、腰高窓の下へ来た。

人形は尻をついて座っている。
昨日投げ捨てたはずなのに、やはり家に戻ってきている。

私は恐怖から体が動かなかった。

人形を見据えたまま、私は動けなかったのだ。

だが、何分経っても、人形がしゃべりだすことはなく、動き出すこともなかった。

「私になんの用!」
怒鳴ってみた。

だが、なにも言わない。
人形は、ただ地球の重力にまかせ下を向いている。

座るというより、無造作に置かれている印象だ。

私は、家に戻り、玄関を入って左手にある仏間に入った。
神棚から神札を手にした。
さらに玄関を通り過ぎ、仏間と反対にある台所に入る。
黒いゴミ袋をもって、人形のもとに戻った。

私は、恐る恐る人形を掴んだ。

何もない。
それどころか、昨晩は川に投げたはずなのに、濡れてもいない。

同型の人形を犬が捨てていくとか?
いやしかし、それならよっちゃんと呼びかけてくる説明がつかない。

それとも、昔の私を知っており、私に対してよく思っていない者が嫌がらせをしているのだろうか。

考えても答えは出てこない。
私は、ゴミ袋に人形を入れ、袋の余剰分でぐるぐる巻きにすると、最後にきつく口を縛った。

そして、車を出し、再度例の川へ行くと袋を投げ捨てた。

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