ASEAN商標統計情報:カンボジア編
0. はじめに
アジア特許情報研究会では、2019年から2024年にかけて、ASEAN各国の産業財産権データベースから得られる統計情報の調査を行い、その結果を日本貿易振興機構(JETRO)バンコク事務所に納入しています。当初は特許・実用新案(小特許を含む)・意匠・商標の4つの法域について報告していましたが、2020年度以降、研究会のリソース不足により、対象を特許・実用新案に限定しています。
そのような中、ASEAN事務局によってASEAN IP REGISTER(以下、AIRと呼びます)というデータベースの運営が開始され、全ASEAN諸国で統一された形式で商標の情報が得られるようになりました。
本来であれば、各国の知財庁が運営するデータベースとAIRを比較・検証した上で、AIRのデータを分析することが望ましいのですが、研究会には十分なリソースがないため、形式が統制されたAIRの商標データをベースとして統計情報を調査し、その結果をこのnoteで紹介したいと思います。
政変のため遅れていたミャンマー知財庁もグランドオープンされ、ミャンマーの商標情報のAIRへの収録も開始されました。いよいよASEAN全10か国のデータが揃いました。しかし10か国全ての国の調査が完了するのを待っていると、最初に調査した国の情報が古くなってしまいます。そのため、noteの特性を活かして、国ごとに報告書を公開していきます。10か国全ての報告が完了する時期は未定ですが、まずはカンボジアの商標情報からご紹介します。
1. 出願件数
1.1. 全出願件数
まずは2020年~2024年に出願された件数を紹介します。
2020年から2023年にかけて若干の減少傾向が確認されます。ただし出願受理後データベース上で情報が公開されるまでのタイムラグが原因となっている可能性もあります。
1.2. 出願ルート
商標を出願するには、次の2つの方法があります。カンボジアも2015年にマドリッド・プロトコルに加盟しています。
(1) パリ条約や二国間条約に基づいて各国別に出願する方法(直接出願)
(2) マドリッド協定議定書に基づいて複数国に一括して手続を行う方法(マドプロによる国際出願)
ここでは各年の出願を、「直接出願」と「マドプロ」に分類した件数推移を紹介します。
2020年から2023年にかけてマドプロ比率(全出願の中でマドプロ出願が占める比率)が上昇気味です。2024年のマドプロ比率が大きく下がっていますが、実際にマドプロ比率が減少したわけではなく、マドプロルートでの出願がカンボジアに届くのに時間がかかるためと思われます。
1.3. 産業分野別
商標には商品やサービスに応じて、1~45のニース分類が付与されています。このニース分類別に出願数推移をグラフ化することも可能ですが、分類が細かすぎて全体像が把握しづらくなる恐れもあるため、このニース分類コードを次の6つの「産業分野」に分類し、それぞれの件数推移を報告します。
化学:1類~5類
食品:29類~33類
機械:6類~13類、19類
雑貨繊維:14類~18類、20類~28類、34類
産業役務:35類~40類
一般役務:41類~45類
ニース分類と産業分野の対応は、「特許行政年次報告書2023年版/特許庁」で使用されている分類規則に則りました。
複数のニース分類が付与されており、それぞれのニース分類の産業分野への対応が異なる場合には、双方の産業分野で集計されています。
産業分野比率は2020年~2024年の間に、大きな変化は見られません。
1.4. 内国出願・外国出願
出願人名の住所文字列に含まれる国名記号をもとに「出願人国籍」を判定し、カンボジア国籍の出願人が含まれる案件を内国出願案件とし、カンボジア以外の国籍の出願人が含まれる案件を外国出願案件として計数しました。カンボジア国籍出願人と非カンボジア国籍出願人による共同出願案件は、内国出願・外国出願の双方に集計されています。
2020年以降、毎年のように非カンボジア国籍の出願人の比率(外国比率)が上昇しています。外国籍の出願人によるカンボジア国内のビジネスへの興味が拡大しているようです。
2. 出願人
2.1. 出願人国籍
2020年~2024年の全出願における出願人国籍上位10か国について、2020年~2024年の各年の比率をグラフ化しました。
最も出願件数が多いのはご本家のカンボジアです。2位につけた中国が徐々にカンボジアの件数に迫っています。2024年に出願された案件が全てAIRに収録される頃には、順位が逆転している可能性もあります。米国・日本・タイが中国に続いています。
2.2. 出願件数ランキング
2020年~2024年に出願された案件について、出願年ごとの件数上位出願人を名寄せし、一覧表にまとめました。
2.2.1 すべて
AIRに収録された全ての案件を母集団とし、2020年~2022年の各年に出願された件数が多い出願人をリストアップしました。集計期間を2022年までに制限したのは、AIRへの収録のタイムラグを考慮したためです。
APPLEグループが3年の間トップ10にランクインしています。同じく3年間を通してINTERNATIONAL FOODSTUFFS社がランクインしています。同社はUAE国籍の食品サービス関連の企業です。日本企業のイオングループも2020年と2022年の2回、上位10社に名を連ねています。
2.2.2. 産業分野:化学
化学分野に対応するニース分類が付与された案件を母集団として、前項同様に2020年~2022年の出願数上位をリストアップしました。
この分野でも日本企業の名前も確認できます。
2.2.3. 産業分野:食品
食品分野に対応するニース分類が付与された案件を集計しました。
UAE国籍のINTERNATIONAL FOODSTUFFSが圧倒的な出願数を誇っています。
2.2.4. 産業分野:機械
続いて機械分野の出願数ランキングです。
2.2.5. 産業分野:繊維雑貨
繊維雑貨分野の出願数ランキングです。
2.2.6. 産業分野:産業役務
産業役務分野の出願数ランキングを紹介します。
2.2.7. 産業分野:一般役務
6つの産業分野の最後です。一般役務分野のランキングです。
2.2.8. 日本国籍出願人
最後はニース分類から離れて、日本国籍出願人を母集団としたランキングをご紹介します。
3. 審査期間
一般にASEAN諸国では特許が出願された後審査を経て登録に至るまで、非常に長い期間が経過することが知られています。そこで2020年~2024年に登録された商標案件について、出願日から登録日までの経過期間を調べてみました。
調査した全期間を通して、平均13~16か月程度で登録されています。案件ごとの審査期間のばらつきも小さく、特許に比べると非常に安定しています。
4. 登録率
4.1. すべて
2020年~2024年に出願されたすべての案件が、現時点でどの程度登録されているかの比率を調べました。
おそらく2020年~2021年に出願された案件は、ほぼ審査が終了したものと思われます。この2年間は登録率80%弱のレベルに落ち着きました。2022年以降に出願されたものは、まだ審査中の案件も多く、登録率は徐々に上昇していくものと想定されます。
4.2. 日本国籍
続いて日本国籍の出願人による案件だけを母集団として、登録率を調べてみました。
日本国籍出願人による案件だけに限定しても、全件を母集団としたときの登録率とさほどの差は見られません。
以上、カンボジアにおける商標の統計情報をご紹介しました。ASEANの残り9か国についても、同様の分析を徐々に進め、このnoteで報告していく予定です。
アジア特許情報研究会/アイ・ピー・ファイン 中西 昌弘