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男性を象徴する女性名詞【フランス語】La tour Eiffel(『ダ・ヴィンチ・コード』)

Sadly, he last kissed Vittoria in a noisy airport in Rome more than a year ago.
"Did you mount her?" the agent asked, looking over.
Langdon glanced up, certain he had misunderstood. "I beg your par don?"
"She is lovely, no?" The agent motioned through the windshield to ward the Eiffel Tower. "Have you mounted her?"
Langdon rolled his eyes. "No, I haven't climbed the tower."
"She is the symbol of France. I think she is perfect."
悲しいかな、ローマの騒々しい空港でヴィットリアと最後のキスをしたのは、1年以上も前のことだ。
もうものにしたんですかい?」振り返りながら、警部補が言った。
ラングトンは顔を上げた。聞き間違いに違いない。「何ですって?」
「なかなかべっぴんでしょう?」車窓越しにエッフェル塔を指しながら言った。「もうものにしたんですかい?」
ラングトンは目を丸くしていった。「いやあ、まだ行ってないですよ」
「国の自慢でさあ。非の打ち所がないってやつだね」

主人公のラングトン教授が、警部補の車でパリを移動中、恋人?(前作を読んでいないので不明)との別れのキスを思い出しているところへ、Did you mount her? と訊かれてびっくり、という場面である。

ラングトンは mount を、とっさに性的な意味に受け取っている。警部補の方は他意はなく、la tour (塔)は女性名詞だから、塔に登るという意味で mount her と言っているだけだ。この会話はフランス語で交わされているらしい(英語でも塔の代名詞に her を使うのかも知れない)。(※後で分かったことだが、p.18で警部補がフランス語でしゃべる場面があるので、ここは英語の会話のようである。)

さらに面白いのは、この後、エッフェル塔のような巨大な男〇を国のシンボルにするのは、フランスがマッチョイズムの国だからだ、という記号学者ラングトンの感慨が続く。

日本人としてはさらに混乱する。塔を女性扱いしていながら(女性名詞だから)、同時に形状としては男性扱いしており、そのことについての言及はないのだ。西洋人にとって名詞の性とは本当に単純に文法的な性であって、セクシュアルな意味合いをまったく持たずに使い分けているのだろうか(文法の性の謎について以前書いた記事はこちら)。

ちなみに、影響されないように上の引用を訳した後で、キンドル版角川文庫『ダ・ヴィンチ・コード』(2006)を確認してみた。くだんの個所を引用する。

悲しいかな、ヴィットリアと最後にキスを交わしたのは一年以上も前、騒々しいローマの空港でのことだった。
「あっちのほうは体験済みですか」コレがこちらを見て尋ねた。
ラングドンは顔をあげた。何か聞き誤ったにちがいない。「はい?」
「すばらしいでしょう?」コレはフロントガラス越しにエッフェル塔を指し示した。「もう体験しました?」
ラングドンは目玉をくるりと動かした。「いえ、まだのぼっていません」
「フランスの象徴ですよ。完璧だと思いますね」(位置280)

ダン・ブラウン(著)越前敏弥(訳)『ダ・ヴィンチ・コード』(2006)

文法の性にはふれずに、「あっちのほう」という言い方で同じ効果をあげている。「体験済み」という言い方は少し硬いが、私の訳文は下品な言い方をさせたいがために江戸っ子みたいな語り口になってしまったので、インターポールの職員のキャラクターには合わないかもしれない。この勝負、引き分けである(勝手に決めるな)。










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