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宮古島ワイドーマラソンの報告
2019年1月26日
理事を務めるNPOで主催した靴の履き方イベントに参加してくれたランナーの方が「100kmマラソンを走っているんです」と話されていた。
走ることと無縁だった当時の私には衝撃的すぎて、「そんな100kmマラソンなんて狂ったものがあるのか」と、驚くと同時に、初めて聞くウルトラマラソンという未知の競技に対して完全に他人事のように感じていた。
奇しくも、そのウルトラマラソンというものを知った日からちょうど6年後となる2025年1月26日。
走ってきましたよ。100km。
宮古島ワイドーマラソン!!
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宮古島には少し縁があり、これまでに何度も行ったことのある大好きな場所であります。
3年前くらいから趣味でランニングを始めて、「宮古島でマラソン大会ないかな〜?」と調べて出てきたのが、この大会。
しかし当時は「フルマラソンじゃないんかい!」と、ウルトラに対して心理的障壁が強かったため、完全にスルーしていました。
それからハーフマラソン、フルマラソン、トレラン30km、トレラン50kmなど徐々に距離や運動時間を伸ばしていき、そしてついに「100kmマラソン挑戦してみるか!」という気持ちになったため、今回参戦。
昨年は月間走行距離が平均で150〜200kmくらいだったのですが、今年はウルトラに向けてもう少し走らねばと、250km前後に伸ばして練習してきました。
運動時間としても、秋に行った丹沢to高尾のトレランは12時間ほど動き続けたので、それも精神的に私に自信を持たせてくれました。
レース前日
レースは朝5時スタート。なので2時すぎに起床予定。
前日は逆算して行動計画。
就寝は19時目標、17時には夕食、11時に昼食、、
家族に迷惑をかけながらも、みんな私のレースに合わせて行動してくれて感謝。
宮古島も何度も来ているので、観光地には行き尽くした感もあり。
レース中はいつも胃腸トラブルであまり食べれないので、しっかりカーボローディングしておこうと炭水化物メインのメニューにしました。
昼食:宮古そばとチャーハンのセット
夕食:タコライス大盛、ヨーグルト
暑さ慣れの意味も込めて、夕方に5kmほどのjog。この日は最高24℃と非常に暑かった。
予定通り19時に布団に入る・・・
が、いつもとリズムが違いすぎて寝れるはずもなく・・・
就寝したのは22時12分
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布団の硬さと枕の高さがいつもと違いすぎてあまり眠れず、、
レース当日〜前半戦
当日は2時36分起床。
ほとんど寝れなかったが、「どうせトレランの長いレースに出る時は寝ないで走り続けるんだから」と割り切って、精神的な不安はなし。
起床後はコンビニおにぎりを2つと、島バナナを摂取。荷物をまとめてスタート地点にGO!!(妻と義父にお見送りしてもらいました)
4時前に会場入り。ウ〇コの列が長いので、早めに並び始める。(大便用は一つしかないので注意!)
20分ほどストレッチしながら並んで、ようやく大便出荷。4時半からの開会式にギリギリ間に合った。まぁ宮古島らしく4時半には始まっていなかったが、、
1月だというのに明け方でも寒くないのはありがたい。
そして午前5時にスタートの号砲。
250人以上のランナーが「ワイドー!」を合言葉に一斉スタートを切る。
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ヘッドライトをつけて夜明け前の島をキロ5分30秒ペースで刻んでいく。宮古島の日の出は遅い。
最初の難所はスタートから15km過ぎから始まる伊良部大橋。風が強く、また勾配もある。昼間なら絶景だろうが、まだ夜明け前であり海の美しさは分からない。
今回のレースは10kmごとにジェルの補給を。20kmごとにアミノ酸の補給を。あとはエイドで食べれる時に固形物を取っていくことを意識。
家族の応援もあり、地元民の方々の応援からも背中を押してもらい、予定通り順調に進む。
42kmの通過タイムは3時間55分ほど。サブ4ペース。
思えば初マラソンだった2年前の東京マラソンは、サブ4を目指すも30km過ぎから大失速。4時間10分の記録でした。この2年で走力ついたなと実感。
そして47km地点の狩俣中学校エイドで、ドロップバックを受け取り荷物整理と少しの休憩。
ここまで調子は良くて、多少の疲労は感じるものの気持ちよく脚が動いていた。調子は良かったのであまり休憩に時間も取りたくなく、おにぎり1個食べて、自分で持ってきたジェル・ベスパを摂取して5分弱でリスタート。
680mlの麦茶のペットボトルにパラチノース粉末を混ぜたドリンクをウエストポーチに挿したが、ジェルもたくさん補給したのでポーチがパンパンに。走る時に揺れが気になるので、仕方なくペットボトルは手に持って走ることにした。
後半戦〜レース後
ここから疲労感が一気に出始める。
ウエストポーチの荷物が重くなったのもあるが、走りに集中できない。脚がこわばる。
50kmの通過は4時間50分。キロ6ペースを基準にした際のサブ10目標には、貯金は10分のみ。
「この脚の疲労感じゃ、今のこのペースさえもう保てないな」と、時計を見ると6分30秒ペース。サブ10を諦める。まだまだ早かった。そんな甘い世界じゃない。
コースは後半、景色の変化が少なく、さらに細かなアップダウンが増えるコース。アップダウンは嫌いではない。単調でフラットな道を走っている方がずっと同じ筋肉を使い続けるためにこわばり感が出てくるからだ。
しかし、すでにこわばりMAX!!、疲労困憊の脚。両側の内転筋と内側広筋が攣ってしまい、細かなアップダウンにすんなりと負ける。歩く時間が増えていく。。。
60km通過。5時間56分。
時間で言うとだいたい11時頃。アップダウンの続く単調な道だけでなく、陽射しの強さがランナーに襲いかかる。エイドで水を被り続けることを繰り返す。まさか1月に被り水をするとは、、
ここからはメンタルとの戦い。「もうやめたい」とは一瞬たりとも考えなかったが、「走らないと」という思いと「歩きたい」という気持ちとの葛藤。弱い自分がどんどん声を大きくしてくる。この苦しみを求めて私は宮古島まで来たのである。
70km通過。7時間5分。
60km〜70kmは歩く時間が増え続け、コースも単調で最も苦しい区間だった。
「前に進めば必ずゴールできる」と心の中で自分を励ます。するとオーシャンリンクスのゴルフ場が見えてきた。ようやく景色の変わらない島の東側ルートも終盤だ。
気持ち的に軽くなり、そこから脚が動き出す。東平安名崎で家族の応援からパワーをもらう。
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80km通過。8時間30分。
サブ11に目標を切り替えていたが、それも雲行きが怪しくなりつつある。
83km地点の海宝館エイド。47km地点以来、2箇所目の炊き出しのあるエイドだ。ゆし豆腐やらジューシーおにぎりやら、宮古島ならではの食事が並ぶが、どうも食べれる元気はもうない。本当は食べたほうが良いのは頭では分かっているが、バナナくらいしか口に運べなかった。
その後も歩いたり走ったりの繰り返し。歩いている間に抜かれたランナーさんを、走り始めた後にに抜き返す(その方が歩いている)
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みんなキツいのは一緒!声を掛け合いながら歩みを止めずに一歩ずつ進む。
90km通過。9時間51分。
サブ11を目指すには残り10kmを1時間9分で進む必要がある。つまりキロ7分では間に合わない。
しかしこの時の私は走ったり歩いたりを繰り返している状態を走れてる時でもキロ6分半ペースがいいとこ。厳しい、、
しかもこのワイドーマラソン。最後の最後までアップダウンが続く。ただラスト10kmはインギャーマリンガーデン、シギラベイ、うえのドイツ文化村などなど、観光スポットも増えてきて、綺麗な海も見えて気持ちが上向きになる。
ラスト2km。最後のエイド。これまで我慢していたコーラをいただき、パワー注入。最後の力を振り絞り、キロ6分くらいのペースで走り出す。
「ゴール50mくらい前から一緒に手を繋いで走ってゴールしよう!」
レース前に娘と息子にお願いしていた。3人でゴールするためには、他のランナーと重なりたくなかったので、できるだけ後続を離す。これまで歩いて溜め込んだパワーを全て出し切る!
そして
ゴール!!
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順位は思ったより良かったが、目標の10時間はとても、11時間ぎりも達成することはできなかった。初ウルトラでサブ10達成する人もいるが、凡人の私にとってそんな甘い世界ではない。
周りのランナーが足を引きずる中、私も足を引きずりながら豚汁をいただき啜る。
このウルトラマラソン11時間の旅は、家族の支えを強く感じた時間だった。
自分を応援してくれる人がいるということが、どれほどエネルギーになることか。
そして自分が頑張る姿を、父親として背中で少しでも子どもたちに見せることができていれば、何よりである。
レース後
レース後の身体は絶不調。
その日の夕食は外食であったが、レストランでは脊柱をまっすぐに保つことができない。席に座りながら身体を斜めにして食事をとる(行儀が悪くてごめんなさい)
脊柱をまっすぐに保てない経験は、これまでの人生で初めてかもしれない。脊柱を支えるという機能はやはり人間の運動機能でいえば高度なことなのだと改めて自身の身体で実感。
その後、19時30分頃には布団に入るも、その日は自律神経が狂いすぎていて全く眠れなかった。
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ガーミン先生によれば、私が就寝した時間は深夜2時26分。起床は朝5時59分である。4時間睡眠後に100km走って、からの3時間半睡眠!
翌日からは酷い筋肉痛で、きっと幼稚園児が見ても「あのオッサン脚痛いのかな」と分かるような状態。
宮古島の土産店に行くと、同じような歩き方の人もチラホラ。(それでも私の歩き方は悪い方でした、、修行が足りん!)
そんな脚の状態で床から立ち上がったりする際に、太ももを庇うように無理に殿筋を使いすぎたせいか、3日後くらいから殿部に肉離れのような痛みが出現。ランニングを再開しようにもお尻が痛くて走れない状態。
さらに殿部痛が治ったと思ったら、今度は胃痛と発熱。マラソン終わって1週間後に仕事を休むという失態!(胃炎の診断でした。)
そんなこんなで満身創痍の状態が続き、さらにこれを書いている現在(2月半ば)は風邪をひいている状態です。
3月2日に開催される東京マラソンにエントリーも決まっているのに、ウルトラ終わってから全く練習できていない状況。焦る気持ちもありますが、気長に5月の阿蘇ボルケーノに照準を合わせて、東京マラソンは悪あがきをしようと思います。
ということで、かなり痛い目にあっていますが楽しかった!!また宮古島ワイドーマラソンに出たいか?と問われれば即答で「YES!!」
速いランナーさんたち、普段から練習を積んでるランナーさんたちは完走後の後遺症も少ないですし、私もそのレベルを目指して日々コツコツ頑張ります。