「これって特許になりますか?」と相談されたとき|②特許性についての見解
開発者・技術者から特許出願に関する相談を受けた際に、「これ、特許になりますか?」と聞かれることはよくあります。そのとき、なんと答えますか?
私は、この質問への回答はとても重要だと思っていて、開発者・技術者が知財に興味を持ってくれるかどうかや、知財担当者のことを信用・信頼してくれるかどうかに直結する、とても大事な質問だと思っています。
最近、特許事務所との打ち合わせの中で、「審査官次第なので、私(担当弁理士)からは何とも言えません」という回答をいただくことがあって、少し思うところがあったので自分の考えをまとめてみました。
きっかけは特許事務所との打ち合わせですが、企業知財としての考えを述べたものですので、事務所の弁理士に当てはまるかどうかはわかりません。また、あくまで私の考えですので、異論・反論もあることも理解していますし、他人に押し付けるつもりはないことを、念のため申し添えておきます。
「審査官次第なので、何とも言えません」は最悪な答え
「特許になるかどうかは、審査官の判断次第なので、私では何とも言えません」という答えは、決して間違ってはいないと思います。このような回答になる背景には、専門家として無責任な回答はできないとか、発明者に対して過度な期待をさせてはいけないとか、そういった配慮もあるのかもしれません。
ですが、私は「発明者から相談や質問を受けたときには、できる限り何らかのお土産(付加価値)を提供すべき」をポリシーにしていますので、このような答えは、せっかく興味を持って質問してくれた発明者に対して、何にも情報・知見が与えられていない最悪な答えだと思っています。
このような回答をされたら、私なら、次もこの人に相談しようとは絶対に思いません。この発明者はきっと、「知財の人に聞いてもわからない」と思ってしまうでしょう。それどころか、「せっかく知財に相談したのに意味のない時間だった」と思われてしまっては、担当者の枠を超えて、知財部門の存在価値にまで大きな影響を与えかねません。こうなってしまったら、今後、この発明者(やその所属部署)との信頼関係を構築するのは容易ではありません。
この質問は、何を聞かれているのか?
私は、発明者からのこの手の質問は、「特許になるかどうか」について確信的な答えを求めているわけではなく、「専門家の目から見て、特許になる可能性がどの程度ありそうか」を知りたがっていると受け止めるようにしています。
先の記事にも書いたように、私は、できるだけその時点での見解をはっきり伝えるようにしています。よほどドンピシャでもない限り、細かい限定などをつければ何らかの相違点を見つけられる可能性は高いと思いますので、新規性が問題となるケースは少なく、進歩性が問題となるケースが多いと思います。
そのため、この質問に答えるためには、提案されたアイデアを正しく理解して「発明」を認識することが大前提ですが、①先行技術を把握する必要がありますし、②その先行技術に対して新規性・進歩性を有するのかを判断することになります。内容によっては、記載要件についても検討したほうがよいかもしれません。
なぜ「審査官次第」と答えてしまうのか?
特許になるかどうかには、審査官次第の側面があることは否定しません。私にも、特許になると思っていたものが拒絶された経験はありますし、逆も然りです。「絶対に特許になる」と断言することはできないし、「絶対特許にならない」とも言い切れない。思いもしなかったところから先行技術を引っ張ってこられたり、把握していなかった先行技術が見つかる可能性もあります。人が判断する以上、「絶対」ということはありません。それは、重々承知しています。
ただ、断定はできなくても、特許になる可能性が高いのか/低いのか、その程度の見積もりはできるはずです。確信的な答えを求めているわけではないと考えて、何か不都合があるのでしょうか。なぜ両者を混在させるのでしょうか。
自信満々に「特許になる可能性は高いと思います」と述べたにも関わらず、拒絶されたとなれば、かなり気まずい思いをすることになるでしょう。自分の立場が悪くならないようにとか、責任問題を避けるためとか、あるいは自信のなさとか、そういったさまざまな事情を考慮して保険をかけておきたくなる気持ちはよくわかります。
結局のところ、「審査官次第」と言ってしまうのは、特許性の有無についての検討を放棄しているのでなければ、①先行技術を把握できていない、あるいは、②進歩性判断に自信がない、のいずれか(または両方)の理由で、見解に責任を負いたくないという心理の現れではないかと考えます。
「審査官次第」というのは本当か?
上述の通り「絶対」と断言することはできなくても、審査官がどのように判断するのか、それなりの予測はできるのではないでしょうか。
知財担当者としては、審査官次第という回答でお茶を濁すのではなく、「審査官がどう判断するか」を深掘りして、「審査官なら、どんな思考回路・論理展開で、どのように判断するか」に思考を巡らせるべきだと考えます。この精度を高められれば、中間処理の際にあまり苦戦しなくて済みますし、過度な限定を加えなくても特許になる可能性が高まるとと思います。
まず、①の先行技術については、知財担当者や開発者としてある程度の経験があれば、それなりの知見や肌感覚はあるはずです。知財担当者が自ら把握していなかったとしても、発明者に聞いてみれば、何らかの情報が得られると思います。もしその場では何の情報がなかったとしても、後で先行技術調査をすればよいだけです。つまり、先行技術に関しては、適切に先行技術調査をすることで、審査官が引っ張ってきそうな文献を抽出することができるはずですから、それなりの見込みを立てるのはさほど難しくないと思います。
次に、②の進歩性判断については、どうでしょうか。
審査官は、この出願人が好きだから判断を甘くするとか、逆に嫌いだから厳しくみるとか、恣意的に判断する訳ではありません。誰の出願であっても、一定の基準・指針に従って判断しています。それが、審査基準です。
審査基準の解釈には、多少の「幅」が存在するところもありますが、最新の事例や裁判例などを分析すれば一定の範囲には収まるはずで、それが特殊な判断なのか/そうでないのか、ある程度は見分けられるはずです。というよりも、審査官は行政官ですから、そうでなければ行政の役割を果たしていることになりません。
たまたま審査官が拒絶理由を見逃してくれて、特許になることがあるかもしれません。あるいは、たまたま変な審査官に当たって、拒絶されてしまうことがあるかもしれません。しかし、それが特殊な判断であれば、異議申立てや特許無効審判、拒絶査定不服審判などの所定の手続きを踏めば、覆せるはずです。
この質問は、そんな「たまたま」の可能性までを問うているわけではないことは文脈から明らかだと思いますが、仮に審査官が特殊な判断をしたとしても、それが「たまたま変な審査官に当たっただけ」で覆せる可能性が高いのか/低いのか/五分五分なのか、ある程度の見込みは立つはずです。その場合でも「やってみないとわからない」と本気で思っているのなら、専門家として語る以上は、もっと勉強したほうがよいと思います。
特許になりそうかどうかもわからずに、出願方針を立てられるのか?
知財担当者であれば、自信の程度はともかく、特許になりそうかどうかを見定めたうえで、出願方針を立てるのではないでしょうか。
出願費用などの観点から、特許性の見込みがありそうなら出願しますし、見込みがなければ出願は見送るという判断をするはずです。また、進歩性が認められるかどうかを考慮しながら、メインクレームの権利範囲を決めたり、落とし所となるサプクレームを準備したりしていくはずです。
この作業には、発明者との協力・連携が不可欠です。特許になりそうかどうかの見通しや方針を一切説明することなく、これらの作業を進めていくのは、かなり困難だと思います。
この質問への回答は?
上述の通り、発明者から「特許になりそうか?」という質問を受けたときには、私はその時点での見解(印象)をできるだけはっきり伝えるようにしています。そして、特許性が低そうな場合には、出願に向けてもう少し検討していくか/見送るかを発明者に決めてもらいます。
先行技術については、これまでのヒアリングの中で挙がった技術(発明者・知財が現時点で把握している技術)を前提にします。また、「審査官ならこんな先行技術を引っ張ってくるかも」と仮定することもあります。そして、自分が審査官だとしたらどんな拒絶理由を打つか、それに対してどんな反論をするかの一案を説明します。将棋でいうところの3手先を読むような感じで、具体的には以下のような形で、現時点での見解と今後の進め方を説明するようにしています。
これまでに確認した先行技術や審査基準に基づいて考えると、特許になる見込みはありそう/低そうだという印象である。
審査官としては、○○のような先行技術に基づいて、進歩性を否定してくる可能性が考えられる。具体的には、○○のようなロジック(○○のような副引例との組み合わせ、設計事項など)で、進歩性が否定されると思う。
このような拒絶理由を打たれたら、かなり厳しい/○○と反論するのが一案。この反論は有力/弱いと考えている。理由は…。
○○という部分は面白そうだと思ったので、もっと詳しい話を聞きたい。これが、特許出願したときの落とし所の一つになるかもしれないと考えている。
今日の話を整理して、出願に向けて先行技術調査をして、改めて検討する。この他にもっと近い文献が見つかるかもしれないし、審査官は違うロジックで特許性を否定する可能性がある。出願に向けて進めていく場合には、発明者の協力が欠かせないので、引き続きよろしくお願いします。
特許性が難しいという場合には、事業のために必要な出願などであれば、漠然と広い権利を求めるのではなく、もう少しピンポイントな内容での出願を検討することになるでしょうし、そうでない軽い相談であれば、知財の見解を聞けて満足ということもあります。どちらであっても、発明者が熱意を持って取り組んでくれるのなら全力でサポートしますが、そうでなければ、その分のリソースを他に向けるほうがお互いのためだと思います。
そのためにも、その時点での見解をできるだけはっきり伝えて、出願に向けて取り組むかどうかを発明者に決めてもらい、主体的に取り組んでいただくことを期待しています。