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「これって特許になりますか?」と相談されたとき|①ヒアリング時の工夫

特許出願に向けて、開発者・技術者と打ち合わせすることは多いです。しかし、「こんな発明をしたので聞いてください!」という打ち合わせは、どちらかといえば少なくて、「これって特許になりますか?」とか、「上司が知財に相談してこいって言うんで…」みたいな形で始まる方が多いです。

こういう打ち合わせは、社員教育(発明者教育)が充実している大企業や特許事務所の弁理士さんとは、少し違う状況ではないかな、と思ったりもしています。

このような相談にも快く応じているのですが、発明者が発明を認識していない状態の漠然としたアイデアから発明を「発掘」するために、色々工夫しながら対応しています。同じような環境にいる方に、少しでも参考になれば嬉しいです。


本題に入る前に…

このような打ち合わせの場合に、「じゃあ、話を聞かせてください」といきなり本題に入るのは、できるだけ避けるようにしています。まずは自己紹介を交えながらアイスブレイクしつつ、時間などの事情が許すようでしたら、できるだけ最初に下記について説明するようにしています。

(1)「発明」とは何か?

発明者(技術者・開発者)の中には、「めちゃくちゃすごいことをしないと、発明とか特許ではない」と考えている方が少なからずいらっしゃいます。その心理的なハードルを解消しておかないと、うまくヒアリングできなくなってしまいます。
そこで、「発明」ってそんな大層なものでもないことをわかってもらうところから始めます。

特許法によれば、「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち、高度のもの」とされています(2条1項)。とはいえ、普段から特許に慣れ親しんでいる方でなければ、この説明ではなかなか理解しにくいと思いますし、「やはり大層なものでないといけない」という気持ちにさせてしまいます。

そこで、私が発明者に説明する際には、「技術的な課題と解決手段の組み合わせ」という言い方をしています。より特許に馴染みのない方(若手社員向けの知財セミナーなど)であれば、もっと崩して「日常でちょっと困っていたことを、技術的な工夫で解決できること」と言ったりしています。
つまり、「発明」であるためには、①何らかの課題があって、②それを技術的に解決できる(=効果がある)ことが必要です。逆にいえば、このフォーマットで整理できれば「発明」に該当します。これをわかってもらえると、この後の話の進め方がスムーズにいくように思います。

「技術的」というのは、特許法の定義における「技術的思想の創作」に対応しますが、気合い入れて頑張ることで解決したとか、時間やお金をかけて解決したものではなく、知恵を使って解決したものであればよく、必ずしも解決できたことまで必要ではない(理論的に解決できることがわかればよい)ことを伝えています。
特に「課題」は日常に転がっており、普段の業務の中にも発明が潜んでいる可能性があることを理解していただきたいと思っています。

(2)「発明」と「特許」は違う

発明者の関心は、多くの場合、自分のアイデアが「特許になるかどうか」にあります。そのため、話を聞いて特許になる可能性は低いという見解を述べると、自分のアイデアが否定されたと考えてしまって、中には喧嘩腰になってしまう発明者もいます。

知財担当者にとっては、「発明のうち、一定の特許要件を満たしたものが特許になる」ということは常識です。しかし、すべての発明者がこれを理解しているわけではありません。そのため、「特許」と「発明」が違うことを最初に説明して、知財担当者と発明者にあるギャップを埋めておきます。また、あわせて、知財担当者からは、次の3つのステップで、特許になるかどうかを検討していることを説明します。この後の説明でも、それぞれのステップを区別して進めていき、今のどのステップにいるのかをわかってもらえるようにしています。

  1. まずは、発明者が考えている「発明」を把握したいこと。

  2. 発明者が考えている「発明」を理解できたら、同じ内容の先行技術(すでに誰かが他に思いついていて、特許出願や論文で公表していないか)の有無を調査すること。

  3. 発明者が考えた「発明」と「先行技術」を対比して、特許になりそうかどうかを検討すること。

こうすることで、「発明ではあるが、特許にはならないもの」という概念が存在することを、理解してもらう余地を作っておきます。つまり、「発明としては素晴らしいが、同じことを考えた人がいたので特許にはならない」という説明がしやすくなり、特許出願はちょっと難しいと感じた場合の逃げ道になります
また、特許出願に至らなくても、1のステップがクリアできれば、発明者としては一定の達成感を得られるはずです。そうすれば、同じアイデアで特許出願されているという事実を前向きに捉えることができ、「自分ももっと早く相談しておけば、特許にできたかもしれない」と受け止めてもらうこともできます。

特に、「発明」に該当するかどうかは、「自分の中で感じていた課題を、技術的に解決できるかどうか」で決まるので、ご自身だけの問題として受け止めてもらうことができます。一方、特許になるかどうかには、周りの人(自分以外の第三者)が関係します。うまく視点を切り替えることで、自分の発明を客観的に見てもらうこともできる気がします。

近い先行技術があるとき

例えば、打ち合わせ資料を事前にいただいて軽く内容を見てみると、過去の担当案件で見つけた先行技術に近いと思うことはよくあります。また、ざっと先行技術調査をしてみると、簡単な調査にもかかわらず、類似文献がたくさん出てくることもあります。これらの先行技術には、類似というよりもドンピシャと思われるものや、提案発明より素晴らしいと感じるものがあったりします。

このように、把握している先行技術に近いと感じたときには、ご自身のアイデアについての話が落ち着いたところで、そのことをはっきり言うようにしています。「ここまでに伺ったお話を聞いてみると、この文献にとても近いと思います。一度見ていただけませんか」と。

かつては、こういうことを言うとガッカリするかな…とか、せっかく提案してくれたのに…と思ってしまって、なかなか言えませんでした。
しかし、私でも比較的簡単に見つけられた先行技術文献なら、調査・審査のプロ(私よりも調査能力が格段に高い)である審査官は、きっと簡単に見つけてくるはずですから、どうぜ特許にはなりません。もし審査官が見逃したとしても、無効理由を有する特許権ということになってしまいますから、いくら誤魔化しても、どう足掻いても無駄で、それよりもしっかりブラッシュアップするほうがよいし、早めに教えてあげるほうがダメージが小さいと思うようになりました。

そこで、「発明」の考え方を理解してもらい、「この技術を使うと、あなたが考えていた課題を解決できそうか」を考えることを宿題にして、その日の打ち合わせを終えることにしています。

そして、後日の打ち合わせで、宿題の結果を聞きます。
「教えてもらった技術はすごいですね」というコメントが来れば、知財が持つ技術情報としての価値をわかってもらえたことになるでしょう。実施したいという話になれば、クリアランスの観点からの調査・検討に移ります。
一方で、「この技術もいいけど、こういう問題が残っているので使えない」というコメントがくれば、発明の「課題」を特定できたことになります。あるいは、「自分のアイデアとこの文献では、似ているけど、この部分が違う」などのコメントがあれば、発明としての相違点を特定できたことになります。その点を詳しく聞いてあげれば、「発明」を発掘できることになります。

つまり、類似する先行技術文献をさっさと渡してしまって、検討すべき比較対象を明確にすることで、アイデアのブラッシュアップを図る(=改良発明のヒントを与える)と考えています。

頭の片隅においておくこと

私が知財担当者になって最初に担当したのは、新規発明の発掘・権利化業務でした。その当時に、本当に発掘ができなくて、とても苦労しました。今でも自信があるわけではないのですが、試行錯誤しながら、何とかやっていく中で、自分の気持ちが楽になった考え方を挙げておきます。

(1)発明者だからと言って、何でも知っているわけではない

今振り返ってみると、苦戦していた最も大きな要因は、発明者のことを「最新の技術に精通している人」だと思い込んでいて、相手への期待やハードルを上げてしまっていたことだと思います。「発明者は、常日頃から最新技術に触れており、私が知っている程度の公知技術を当然に把握したうえで、今回のアイデアを提案している」と信じて疑っていませんでした。

ところが、いざヒアリングに臨んでみると、自分が把握している先行技術と同じような話しかされないことが少なくありません。知財担当者になったばかりの自分ですら、簡単に把握できた先行技術であるにもかかわらず、です。それらとの違いを聞きたいのに、話を振ってみても、肝心な話が一向に出てきません。何年も開発をやっている人が、これらの文献を知らないはずがないのに…。そんなことを考えてながら、打ち合わせではもやもやするばかりで、発明者の意図を十分に理解できず、発明者から十分な回答を得られないことに悩んだりしていました。

しかし、発明者と言っても、知財に熱心でなければ、公開公報をチェックしている人なんかほどんどおらず、他者の出願なんか把握していないのです。例えば、出願ノルマのためだったり上司の指示で、単に思いついただけのアイデアを、知財担当者に見せている場合があるということです。
もちろん、他社の出願状況を含めた業界の情報を何でも知っているスーパーマンみたいな発明者も、中にはいらっしゃいます。しかし、自社の知財レベルを頭に入れて、社内のメンバーを客観的に見渡してみると、そのような人材はかなり限られています。

発明者と言っても、意外と知らないことがある」とか「特許公報を読み込んでいる知財担当者の方が、他社出願情報をよく知っていることがある」のは、よく考えてみると、ある意味では当たり前かもしれません。そう考えるようになったら、気持ちがずいぶん楽になりましたし、昔に比べると苦手意識がなくなってきたと思います。発明者に対して、過度な期待やハードルを課すべきではなく、話の内容から客観的に判断すればよいと思えるようになりました。
というよりも、こうした先行技術ドンピシャみたいな漠然とした相談をしてくるときは、あまり深く考えられていないアイデアである可能性が高いような気がします(もちろん、決めつけはよくないですが…)。

(2)知財担当者は発明者ではない

ときどき、何かいいアイデアはないかと逆質問を受けることがありますが、それは私には無理だと割り切っています。元開発者・技術者の方ならできるのかもしれませんが、私は、ただの知財担当者にないので。私にできることは、客観的な第三者視点から、考え方(思考方法)などのヒントを出せるくらいです。解決策を考えるのは、発明者の仕事だと思っています。

私は、技術的なバックグラウンドが弱いことを自覚しています。知財担当者としては、いろんな技術分野を「広く浅く」担当しているので、特定の技術に対して深い知識があるわけではないのです。事前にWebや特許公報等から知識を頭に入れておきますが、それは発明するためではなく、発明を理解するための付け焼き刃に過ぎません私が簡単に思いつく程度のものは、当業者なら簡単に思い付くレベルだと思っています。

また、会社によって金額の差はあるでしょうが、職務発明に対する報奨金として、として、出願時や登録時、自己実施や実施許諾により利益を得られたときなどを対象に、出願報奨金が支払われると思います。ただ、その対象は発明者だけで、知財担当者がその対象に含まれている企業は稀だと思います。暗黙の役割分担だと思っていますので、発明の創作の部分には、あえて踏み込まないようにしています。
本音を言えば、発明者も知財担当者も、どちらも仕事として発明の権利化に貢献しているにもかかわらず、発明者だけがこのように手厚く保護されることには思うところがないわけでもありませんが(笑)。

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