契約書レビューの留意点|秘密保持契約
ビジネスを始める前段階などで、秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement を略して「NDA」と呼ばれることもあります)を締結することが多くあると思います。ここでは、秘密保持契約書をレビューする際の注意点をまとめておきます。
工業所有権情報・研修館(INPIT)のWebサイト「知っておきたい知的財産契約の基礎知識について」内には、双方開示の場合のサンプルである「(8)秘密保持契約書1」や、一方開示の場合のサンプルである「(9)秘密保持契約書2」などが用意されていますので、これらも参考になると思います。
ポイント
秘密保持契約をレビューする際のポイントは、大きなところでは、以下の5点だと思います。
「目的」の定義が十分か?
「秘密情報」の定義は十分か?
秘密情報の、①第三者への開示禁止と、②目的外使用の禁止が定められているか?
秘密保持する期間は十分か?
期間が終了したときや違反したときにどうなるか?
あとは、これに付随して、以下のような規定が含まれるくらいでしょうか。
発明等が生じた場合の取り扱い
複製の禁止
サンプル等の取り扱い(リバースエンジニアリングの禁止)
以下、INPITの「(8)秘密保持契約書1」を参考にしながら、順番にそれぞれのポイントを説明していきます。
1.「目的」の定義は十分か?
「目的」の定義が、開示する秘密情報の範囲や、目的外使用に当たるか否かを決めることになるため、適切に設定することが必要です。
別条項で目的が定義されることもありますが、上記サンプルのように前文内に記載されることが少なくない印象です。契約書レビューの際に前文は誤記チェックなどの形式的な部分しか見ず比較的スルーしがちなので、秘密保持契約の場合には特に気を付けるようにしています。
契約書レビューを頼まれた際には、その契約を結ぼうとしている背景を、できるだけ確認するようにしています。何も考えていない状態でまずNDAだけ結ぼうとしているケースや、全容を把握するのは難しいケースなどもありますが、例えば、以下のような内容をヒアリングします。
当社では、この先、どのような展開を想定しているのか?(事業展開や本気度など)
相手方とは、どのような関係構築や、この先の進め方を想定しているのか?(共同研究・共同開発を行う可能性があるのか、部品・材料提供などそれぞれの役割分担となるのか、など)
当社では、契約内容に関する最終的な判断は、事業部門(契約書レビューを依頼してきた部門)側の責任となります。知財担当としては、契約上・知財上のリスクがあることを指摘して、事業側に認識させたうえで判断させることが役割です。しかし、ただ指摘して終わりとはせず、できるだけ客観的な視点からコメントすることを心がけています。
2.「秘密情報」の定義は十分か?
不正競争防止法における秘密情報の3要件(①秘密管理性、②有用性、③非公知性)を満たすものは、不競法による保護を受けることができます。不競法上の秘密情報に該当しないものでも、秘密保持契約で定めた秘密情報に該当すれば、民法上の保護を受けることができます。
この定義の場合には、「秘密として特定すること」が要件とされていますので、当社から開示する情報のうち秘密保持義務を課したい情報が、秘密として特定することができるかどうか、それ以外に秘密保持義務を課したい情報がないかを確認しておきます。相手方によっては、「書面で特定されたもの」などの条件が付される場合があります。
上記の定義に該当する情報であっても、例えば以下のようなものは、公平の観点から保護対象に含めないことが多いと思います。サンプル規定でも、ただし書きによって除外されているものがありますが、やや少ないように感じますので、必要に応じて追記しておくほうがよいと思います。
そもそも秘密情報とは言えないもの
(開示されたときに、既に公知であった情報)相手方から開示された秘密情報ではない/なくなったもの
(開示されたときに、開示者が既に有していた情報。開示を受けた後に、秘密保持義務を負うことなく第三者から適法に開示された情報)秘密情報ではなくなったもの
(開示を受けたあとに、お互いのせいでなく公知になった情報)関係当局からの命令等で開示せざるを得ないもの
(行政当局または裁判所から法令に基づく命令を受けた場合)
3.秘密情報の、①第三者への開示禁止と、②目的外使用の禁止が定められているか?
秘密保持契約を締結する一番の目的は、この2点に尽きると思います。
①第三者への開示禁止
秘密保持といって真っ先に浮かぶのは、関係者以外に秘密を漏らすなということ。これが、第三者への開示禁止です。
2に挙げたサンプル規定だと、第1条にこの旨が定められています。
②目的外使用の禁止
開示を受けた情報は何にでも無制限に使えるわけではありません。秘密情報の開示を受けた当事者であっても、「目的」に掲げた用途以外での使用を禁じておくべきです。
不用意に目的を広く設定してしまうと、その範囲内での使用が許容されていることになってしまい、目的外使用を禁じる実効性を担保できません。「目的」を明確に定めることが重要です。
①第三者への開示禁止と、②目的外使用の禁止は、1つの規定にまとめられていることもあれば、別条項になっていることもあります。上に挙げたサンプル規定(1条)だと、目的外使用の禁止が含まれていないので、対応する条項があるかを確認する必要があります。
複製・リバースエンジニアリングの禁止
別条項にあることが多いと思いますが、複製やリバースエンジニアリングの禁止が規定されることがあります。これらは、本検討の目的等を考慮して、必要に応じて追記するなど、検討の余地があろうと思います。
開示した秘密情報について、複製の禁止(コピーや印刷)が規定されるケースがあります。漏洩防止には効果的な条項である反面、実務上は大きな支障が出ることが予想されます。あまり硬直的になりすぎないように、現実的な対応であるか確認して、事業面で支障にならない範囲で制限を緩めることを検討する必要があろうと思います。
材料のサンプルを提供する場合に分析を禁止するケースや、ソフトウェアのリバースエンジニアリング等を禁止するケースもあります。これも、検討の目的から見て一律に禁止すること妥当ではないと思われる場合には、事業面で支障にならない範囲で制限を緩めることを検討すべきと思います。
4.秘密保持する期間は十分か?
期間の適否は、知財担当者では判断できないため、事業部門での判断をお願いしています。3年~5年とされるケースが多いような印象がありますが、情報が陳腐化するまでのスピード、実務上の対応可否などを考慮して、記載されている期間が妥当なのかを確認いただくようにしています。
当社・相手方双方から開示される情報を比較して、当社から開示する情報が多い/重要度が高い場合には、できるだけ期間を長くしておきたいでっし、逆の場合には短くしておきたいところです。
5.期間が終了したときや違反したときにどうなるか?
秘密保持契約の終了後には、開示した秘密情報の廃棄または返還を求めることが一般的であるように思います。
その他
発明等の取り扱い
発明等が生じた場合の取り扱いが定めれる場合があります。
発明等が生じることが想定される場合(本目的に技術的な検討要素が含まれる場合など)には、事前に取り決めておくことが有効と思われます。
発明等が生じるか想定できない場合(協業可能性を検討するためにお互いの技術情報を開示するだけの場合など)には、別途協議することが定められるだけ(または規定自体が設けられない)のこともあります。
一般条項(損害賠償、協議、管轄)
これらの規定についての説明は、特許共同出願契約をレビューする際の留意点として説明しました。秘密保持契約でも規定されることが多いと思いますが、重複説明は割愛します。ぜひ、こちらの記事でご確認ください。