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特許出願した後は、出願内容を公開しても問題ない?
特許出願した後に、発明者や事業部門から、「出願が完了したので、早速この内容を今後の商談で説明してもいいですか?」と聞かれることがあります。出願するまでは公開してはいけないことは、社内でも広く知られていると思いますが、出願完了後の取扱いはどうなのでしょうか?
ここでは、特許出願が完了した後に自らその内容を公開したときに、どのような懸念が考えられるかについてまとめておきます。
1.出願前の公開
まず大前提として、みなさんご承知の通り、特許出願する前に、その内容を公開してはいけません。出願前に公開してしまうと、当該発明は新規性を失って特許をとれなくなるからです。必ず、学会発表などの前に特許出願しなければならないことを、社内で徹底しておきます。
知財をちょっと学んだことがある発明者の中には、新規性を喪失してしまった場合であっても、一定の要件のもとで救済される制度(特許法30条)があることを知っているかもしれません。しかし、この制度はすべてを救済してくれるものではないことは、しっかりと理解しておくべきです。
知財担当者としては、この例外規定を当てにしてはいけません。新規性喪失の例外の適用を受けた出願をするということは、社内での知財管理ができていないことや、発明者との連携が取れてないことを晒していると考えるべきです。もちろん事情があってのやむを得ない対応であるでしょうし、当社でもそういった事例がないわけではないのですが、他社からは「そういう目」で見られてしまうことをしっかり認識しておいたほうがよいと思います。
新規性喪失の例外適用を受ける場合のデメリットについては、別記事でまとめたいと思います。
2.出願後の公開
ここからが本題です。それでは、特許出願した後は、その内容を公開してもよいのでしょうか?
出願後にその内容を公開したからといって、その出願に対する直接的な影響はありません。出願後に生じた事業によって、その出願の新規性が否定されることはありません。一見すると、何も考えずに公開してしまっても、特に問題はなさそうにも思えます。
しかし、出願内容を自ら公開してしまうと、以下のような状態になることを理解しておいたほうがよいと思います。知財担当者としては、このような問い合わせを受けた際には、以下の2点がデメリットにならないかを確認すべきであり、事業との関係を考慮して公開可否を慎重に判断するようにしています。
特許制度上出願が公開されるよりも前に、第三者に出願内容を知られてしまうこと
今後の自社出願に対する先行技術になってしまうこと
(1)第三者に出願内容を知られてしまうことは問題ないか?
特許出願すると、1年半後にその内容が公開されます。これを裏返すと「1年半は誰にも知られない状態を保てる」ということです。
自らその内容を公開してしまうと、この秘密期間の利益を放棄することになります。競合他社が出願内容を知れば、その内容を参考に、同じ技術に取り組むかもしれませんし、改良技術を先に開発してしまうかもしれません。当社が先行者利益を確保するよりも前に、大企業が資本の力を背景に参入してくるかもしれません。
誰に話すのか、どのような内容を話すのかによっても変わってくるでしょうが、顧客に説明した場合には、秘密にしてもらえるとは限りません。遅かれ早かれ競合会社にも流れていくと考えておくほうがよいと思います。
(2)今後の自社出願に対する先行技術になっても問題ないか?
公開することで、その「自ら公開した内容」が今後の出願の先行技術として扱われることになります。そのため、今後の出願に対しては、自社の出願であっても「公開した内容」に対する進歩性が問われることになります。これは、メリット・デメリットの両面があるかと思います。
出願が完了した後に同じ内容で第三者が出願した場合には、先願主義(39条)や拡大先願(29条の2)の適用によって、その権利化を阻止することはできます。
しかし、その内容が公開されていなければ、先行技術文献(29条1項3号)にはなりません。つまり、未公開期間中になされた第三者の出願が、この自社出願に対して進歩性を有さない内容であっても、相違点さえ見つけられれば権利化されてしまう恐れがあります。公開してしまうことで先行技術となることで、その後の出願に対する進歩性のハードルを上げる(=第三者が権利化できる余地を狭める)という考え方はあるかもしれません。
なお、顧客との商談によって公開された事実を審査官が把握するのは困難でしょうから、この目的で公開するのであれば、審査官が確実に引用文献に挙げられるような態様で公開すべきでしょう。
一方で、自社の出願においても、より高い進歩性のハードルが課されることになることには、注意が必要です。自社に対する出願には関係ないと思っている事業部門の方が少なからずいらっしゃる印象がありますので、このように公開した場合には、この出願からの些細な改良を別特許でカバーすることはできなくなる(=特許網の構築が難しくなる)ことは説明したほうがよいと思います。この戦略を取るかどうかは、技術分野や競合各社の立ち位置などが大きく影響しそうです。
また、出願から1年以内であれば、国内優先権を活用することもできます。しかし、優先権の利益が認められない場合には、先願の権利化に支障が生じることも懸念されるところ(人工乳首事件参照)、自ら公開すれば、先の出願と後の出願との間に確実な引用発明が存在することになってしまいます。人工乳首事件で問題となったのは、第三者の出願(29条の2)でしたので、出願人としてはこのような出願の有無を把握するのは難しく”運が悪かった”という側面もあるかもしれませんが、今回は自社でコントロールできる話です。
このように今後の出願での選択肢を取れなくなる可能性が生じるのも、デメリットになるのではと考えます。
結局のところ、公開していいのか/ダメなのか?
結論としては、ケースバイケースだとは思いますが、私は、安易に公開することにはデメリットしかないと考えます。最初の出願を無事に権利化できたとしても、その後に周辺特許を自ら取れなかったり、競合他社に抑えられてしまうことが想定されるからです。
とはいえ、ビジネスのためには技術の詳細を説明する必要があって、特許の内容に触れざるを得ないこともあるでしょうし、相手方としても内容が一切わからなければ判断のしようもないと思います。「公開されるまでは一切話してはいけない」と禁止するのは現実的には困難だと思います。
そこで、知財担当者としては公開は推奨しないという立場を明らかにした上で、①内容を公開するか否か、②公開する場合でもどこまで開示するかについて、出願内容と公開目的を考慮して慎重に検討したほうがよいことを伝えています。出願内容を公開することは、今後の出願戦略だけにとどまらず、自社の事業にも大きな影響を与える可能性があることを理解してもらいます。
個人的には、将来の見通しは立たないことが多い(現時点の予測から外れることも少なくない)ので、公開のメリット/デメリットを事業部門がしっかり考えているかどうかを見極めるようにしています。事業上必要ということであれば、しっかりその理由を確認したうえで、その判断を尊重することとしています。一方、特に何も考えてなさそうだった(出願できたことを単に営業トークとして使いたいだけなど)なら、もっとしっかり考えたほうがよいことを伝えて止めます。
いずれにしても、出願前と同様に、知財担当者が知らないうちに公開してしまっていたという事態はできるだけ避けておきたいところです。このような相談を気軽にもらえるように、出願後のケアも重要です。