明細書チェックの際に、知財担当者が果たすべき役割は?
知財担当者の大きな役割の一つに、特許事務所から納品された明細書案の確認作業(以下「明細書チェック」と呼びます)があります。ここでは、知財担当者が果たすべき役割について、まとめておきます。
なお本記事では、特許事務所で明細書を作成してくださる弁理士を「担当弁理士」と呼んでいます。また、特に区別しない限り、「特許請求の範囲」や「図面」などの出願書類一式を含めて「明細書」と呼んでいます。
明細書チェックの必要性
はじめに、なぜ明細書チェックが必要なのかについて、説明しておきます。
担当弁理士に全幅の信頼を置いていて、「この先生に書いてもらえれば間違いない」と言えるのであれば、納品いただいた明細書をそのままノーチェックで出願してもよいのかもしれません。
しかし、「弁理士先生が書いてくださったのだから間違いない」と考えるのは、絶対にやめたほうがよいです。どんな業務であっても、社外の専門家に作業していただいた後は、社内でもチェックするでしょう。同じように、明細書についても、社内で内容の正しさや出願目的に沿っているかなどをチェックすべきです。よくわからないから専門家の言うとおりにやろう…ではなく、知財担当者は社内の責任者として責任を持つべきです。
と言うのも、担当弁理士は、当社の案件だけを担当しているわけではありませんから、細かい技術常識までを十分に把握できているとは限りません。また、いくら優秀で信頼できる先生であっても、発明の理解に勘違いはあるかもしれませんし、この出願が事業にどう活用する/活用できるのか、担当弁理士が社内の人間と同じように理解できているとも限りません。すなわち、社外の専門家と社内の人間とでは、把握できている業界事情や社内情報に関する部分では、差があることが一般的です。
そのため、社内の人間だからこそわかる部分を踏まえて、しっかりと内容を検討・確認すべきであり、担当弁理士と知財担当者とで役割分担して、明細書をよりよい内容に仕上げていくのが望ましいと思います。
知財担当者が果たすべき役割
明細書をブラッシュアップさせるために、知財担当者が果たすべき役割は、下記の2点だと考えています。
物怖じせずに、担当弁理士とのコミュニケーションをとること
社内関係者(発明者)から、しっかりと意見を引き出すこと
(1)担当弁理士に対するコミュニケーション
もしかしたら、「弁理士先生が書いてくれた明細書にケチをつけるなんて畏れ多い」と思ってしまうかもしれません。しかし、修正をお願いすることは、決して「ケチをつける」のではありません。よりよい明細書を完成させるための役割分担で、ブラッシュアップのために必要な工程だと考えたほうがいいと思います。
知財担当者になって最初のうちは、明細書を読むだけでも苦戦するかもしれません。まずは担当弁理士とコミュニケーションを取る前提として、最低限の勉強は必要でしょう。例えば、自社のこれまでの出願や競合会社の最近の出願の中で、自分が担当する技術分野(あるいはその関連分野)の特許公報を数十件でも読めば、それなりに勘所は養えるのではないかと思います。
そのうえで、納品いただいた明細書を確認して、疑問に感じたところなどをピックアップしていきます。例えば、ちょっと表現に違和感を覚えたり、これまでの出願とは書き方が違ったり、少し気になったことを拾ってみてください。そういった一つ一つの疑問について、恥ずかしがらずに、担当弁理士に質問してみればよいと思います。
明細書は、技術文書と法律文書の両側面があるので、担当弁理士は意図的にそういった記載にしているのかもしれません。例えば、発明者の説明通りに表現すると権利範囲が狭くなってしまうので、あえて抽象的な表現(上位概念)にしているケースはよくあります。単に勘違いなどで間違えていただけの場合も、あるかもしれません。そういった意図などを確認すれば、自分にとっても勉強になります。
もし間違いだった場合には、担当弁理士はその内容を踏まえて適切に修正してくれますし、意図があっての表現である場合には、その意図などを説明して修正の要否を教えてくれる(あるいは、その意図などを踏まえて、修正すべきかどうかの判断を求めてくる)はずです。こうして教えていただいたことを、次の案件などに反映させて、自分自身のチェックスキルを高めればよいのです。
しっかりと敬意をもって疑問点などをお伝えすれば、誠意をもって対応してくださる弁理士さんがほとんどです。私の経験では、懇切丁寧に教えてくださる弁理士さんは、総じて優秀で信頼できる方ばかりです。もし嫌がられたり、答えてくれなかったとすれば、こちらの質問・お願いの仕方が悪いのか、あまりいい特許事務所でないか、のどちらかではないかと思います。
(2)発明者からの意見の吸い上げ
明細書の修正作業は「弁理士が書いたものにケチをつける」わけではないことを、あなた自身が理解したのと同じように、社内の発明者にも理解してもらう必要があります。発明者は特に、「弁理士先生に任せているのだから問題ないだろう」と思いがちですし、「特許のことをよくわからない自分が、弁理士の書いたものに文句を言うのはおこがましい」と考えがちです。
発明者に期待する役割は、「技術的観点での内容の正しさ」を確認してもらうことです。担当弁理士は、最新の技術に精通しているとは限りませんし、業界の技術常識を把握できているとも限りません。ちょっとした表現(言葉遣い)に違和感があったり、内容に誤解があった場合に、一番気づける可能性が高いのは発明者です。
私は、できるだけ発明者からのコメントを引き出せるように、発明者にチェックを依頼する際には、以下のような工夫をしています。
まず、「出願した後には、権利範囲の修正(補正)はできるが、技術的内容に関する修正はできないこと」を伝えます。つまり、もしここで間違いを見逃してしまうと、審査官には「出願時点では正しい内容を理解していなかった」と思われてしまい、特許を取れなくなってしまう恐れがあることを理解してもらいます。なお、厳密に言えば、明らかな誤記などは訂正できますが、あまり細かい内容を説明するよりも、原則をしっかり理解してもらうことが重要だと考えています。
違和感のある表現を含む明細書の説明によって、「審査官が本発明の技術内容を誤解するおそれがあること」を伝えます。学術論文などによく目を通している発明者であれば、「これは素人が書いている」と感じれば疑惑の目で読んでみたり、「これはいいことを言っている」と感じればすんなり同意できたりする経験を持っているはずです。これらは、言葉遣いなど、ちょっとした表現の違いからも感じるところだと思います。明細書を読んだ審査官も、それと同じ反応を示す可能性があるとわかってもらえれば、そのような不利な扱いを受けない(受ける可能性を排除する)ためにも、できるだけ正しい内容・違和感のない表現で出願したいことを理解してもらえます。
「発明者のコメント通りにすべて修正するわけではなく、担当弁理士に伝えるかどうかを含めて、知財担当者の判断を必ず入れること」を伝えます。
発明者の中には、特許についてよくわからない自分が、専門家に対してそんなことをコメントしても大丈夫なのかと心配する方が、少なからずいらっしゃいます(真面目に真摯に取り組んでくださる方に多い気がします)。そのため、修正の責任は、最終的には知財担当者にあることを伝えて、安心してもらえるようにしています。
あまり面識もない「弁理士先生」に対して言うとなると躊躇することでも、社内の担当者に対しては言いやすいこともあります。発明者の疑問に対して、弁理士に送るまでもなく知財担当者で説明できることもあります。知財担当者というワンクッションが入ることで、発明者の心理的安全性が確保できることは、知財担当者が社内にいるメリットと言えると思います。発明者に送る前に、できるだけ自分で一度確認してから、発明者の視点から特に確認してほしい箇所を明示するようにしています。特に、出願経験の少ない発明者の場合には、特に手厚く見ておくようにします。
もちろん、明細書全部を読んでしっかり確認してほしいところではあるのですが、現実的にはそうもいかないこともあります。明細書はただでさえ読みにくくわかりにくいため、発明者には心理的・時間的ハードルがあることを理解してあげたほうがよいと思います。また、多忙で十分な時間を取れなかったり、集中力が欠けてしまったり、といった事態が生じることがありえます。仮にそうなったとしても、最低限見ておいてほしい箇所を明示しておけば、多くの発明者は必ず返事をくれますし、もし返事がなかったとしても追って確認することもできます。そうすれば、最低限の品質を担保しやすくなると思います。出願経験の浅い発明者に対しては、いつもの提携文のメールではなく、少し説明を工夫したり、一言二言添えるようにしています。また、場合によっては、明細書の読み合わせを行ったり、ヒアリング(打合せ)を行ったりするなど、積極的にコミュニケーションをとるほうことを心掛けでいます。
注意事項
明細書の内容にこだわる必要はありますが、注意すべき点もあります。
それは、何度も修正をお願いしてばかりで先に進まないと、担当弁理士さんも困ってしまうということです。明細書が完成するまでの流れや進め方をある程度想定したうえで、修正事項や質問等を整理しておくべきだと思います。
担当弁理士に「いつまでやってるんだ」と思われてしまうと、きっとモチベーションも上がらないでしょうし、出願が完了しなければ売上に立てられない(=成績面にも影響する)と思いますので。
特に、特許出願にはスピードも重要です。先願主義なので。100%の仕上がりになるのは、現実的には困難ですから、合理的なところで妥協することも必要だと思います。
出願に向けた管理の問題は、ケースバイケースだとは思いますが、私は、出願人側でしっかりコントロールしておくべきだと考えています。後になって追加の依頼が来るのは、担当弁理士も本当は嫌だと思いますが、弁理士の立場では、クライアントから修正してほしいと言われれば嫌とは言えないので。ここは、しっかりと出願人側でコントロールするしかないでしょう。
私は、できるだけ1回または2回の修正で完結するように、修正・質問内容等をコントロールするようにしています。どうしてもクリティカルな内容を見落としていたり、質問への回答を見て誤解に気づくこともありますが、修正を何度も重ねてしまうケースは、双方にとって負担が大きいので、できるだけ避けたいところです。
慣れるまでは、この管理までをやるのは難しいと思いますが、理想的な形を意識しておかないと、いつまでも担当弁理士に必要以上の負担をかけてしまうことにもなりかねません。例えば、同じ質問を何度も繰り返さないとか、後出しで修正依頼を追加しないとか、先にお願いした内容と反することをお願いしないとか、そういった配慮を積み重ねていくことで、信頼関係を築いていくことが重要なのかなと思います。