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大学と共同研究契約を締結する際の留意点

大学などの不実施機関との共同研究契約は、不実施補償など、民間企業間での契約とは異なる、独特の部分があると思います。
技術分野などによって異なると思いますが、大学と共同研究契約をレビューする際の留意点と、私なりの考え方などをまとめておきます。


大学における共同研究の考え方

まず、大学の考え方を理解しておく必要があります。

大学は、共同研究相手(当社)のために、知見を提供するわけではありません。共同研究の成果は、社会貢献のために活用されるべきであり、世の中で実施されることが重要です。共同研究相手がうまく活用できない状況になれば、第三者に実施させて実装を目指すべきなのです。

この考え方は、企業においては、やや受け入れにくい部分があります。共同研究の成果はすべてそのままで実施できるとは限らず、その成果を実施する(=事業化)までに越えなければならないハードルがいくつかあることがあったとしても、大学ではあまり理解されない(考慮されない)ことが多い気がします。また、すべて実施できればよいものの、市場に投入するタイミングも重要だったりします。大学との間で、このような事情を相互に理解して握っておかないと、成果を十分に活用できなくなってしまうおそれがあります。

大学との契約協議でのポイント

共同研究契約の中で、大学と企業の間で考え方に相違がみられるのは、主に次の点だと思います。
これらについては、特に注意して確認するようにしていますので、順に説明していきます。

  1. 発明等の帰属

  2. 出願費用の負担

  3. 不実施補償

1.発明等の帰属

大学から提示される共同研究契約の雛形では、発明者主義としていることが多く、そうでなければすべて共有を主張されているように思います。当社の単独帰属に修正しようとしても、委託研究などでなければ受け入れていただけるのは難しい印象です。
そのため、共同研究の実態などを踏まえて、当社に持分が帰属する可能性を検討し、実務上大きな問題がなさそうならば、できるだけ雛形の考え方を受け入れるようにしています。

2.出願費用の負担

出願費用は企業側で全額負担してほしいと要望されることがあり、ここ最近は増えてきているように思います。民間企業ではこのように主張されるケースはほとんどないため、大学特有の要望事項だと思っています。
これについては、①大学の単独出願と、②当社・大学での共同出願とで、分けて考えることにしています。

大学に単独帰属する場合

大学に単独帰属する発明に関しては、当社で費用負担することはありません。というよりも、この条件は、社内での問題が大きいために受け入れることができません。理由は、下記のとおりです。

  • 実施料を支払う場合には、出願費用までを支払う理由がない。
    大学に単独帰属するということは、当社には権利帰属しない出願ということになります。そのため、共同研究の成果とはいえ、その発明を実施する(あるいは何らかの便宜を図ってもらう)ためには、大学に対して対価を支払う必要があることは理解できます。
    このような場合、持分の一部を譲渡していただいて共同で出願することも考えられますが、発明者主義をとる大学との契約の場合には、大学の単独出願とあるケースがほとんどです。そうなると、一実施権者と同じ立場で、大学に対して実施料を支払って実施させてもらうことになろうと思います。そうなれば、当該発明を実施する権原を得るための対価として「実施料」を支払うことになります。そして、実施料を支払った以上、追加の機先を支払う理由はないと考えます。出願費用は何に対する対価になるのでしょうか? レンタカーを借りた際に、レンタカー会社には車のレンタル料金を支払っているにも関わらず、その車の購入費用や車検代までを支払うことはないのと同じです。
    特に、もし「お金がないから」というのが理由であれば、当社が支払う実施料の中で出願費用を賄えばよいのですから、実質的には何の問題もないと思います。

  • 出願手続きに関与しない出願は、費用の妥当性を把握できない。
    共同出願の場合には、共同出願人に対して、出願手続きの情報が共有されます。そして、各手続きにおいて、確認の機会が与えられます。これにより、生じた出願費用が妥当か否か、共同出願人でもある程度は把握することができます。
    一方、単独出願の場合に、実施権者に対してこのような情報が共有されることはなく、確認の機会も与えられませんから、生じた出願費用が妥当か否かを判断することはできません。ということは、仮に特許事務所が大学に対して吹っ掛けるような金額で請求したとしても、自ら負担するわけではない大学側はそれを呑んでも痛くないために承認すれば、当社は適切な金額とは言えない支払いに応じなければならなくなってしまいます。このように、自社で妥当性を判断できない金銭の支払いが認められる企業は、決して多くないと思います。

  • 手続きに関する社内負担が大きい。
    出願費用を企業側で負担するとすれば、その手続きのための社内負担が大きくなってしまいます。
    当社が大学に支払うとすれば、実施料と二本立てになってしまうことの問題点を解決する必要が生じます。あるいは、特許事務所に直接支払うとすれば、社内の体制にもよりますが、発注に関する取扱いや費用負担元などの社内処理の問題が生じる可能性があります。さらに、仮に支払いが遅れた/漏れた場合などを考えると、メリットは何もないにも関わらず、面倒な対応が増えるだけです。

共有の場合

基本的には、出願費用は持分に応じて負担すべきと考えます(民法253条)。
しかし、条件次第では、出願費用の全額負担に応じることもあります。具体的には、3で述べる不実施補償を受け入れていただくことが条件にになります。

大学と企業の一番の違いは、大学は自己実施しない点にあると理解しています。大学にとっては、権利を保有する理由・意義があるからこそ、自己実施しなくても、単独であれ共有であれ、権利を保有されるのだと思います。
しかし、共有の特許権について、第三者に実施されては困る場合(=当社が独占的に実施しようとする場合)には、大学が保有する権利の一部を放棄していただく必要が生じます。そうなると、大学にとっては名目上保有しているのと変わらなくなってしまう(実質的には当社の単独保有に近い)ため、出願費用を負担する理由がなくなってしまうと考えられます。

不実施補償だけではありませんが、大学側の求められた場合には、権利化時や活用時の状況を考慮して実質的に当社の単独保有に近い状態となるのであれば、出願費用の全額負担は検討の余地があります。

余談

出願費用の負担を要望される大学の中で、企業側で費用を負担すべき理由について、納得のいく説明してくれるところは多くないように思っています。

よく、大学の費用が限られていることを理由に挙げられるのですが、私は理由になっていないと感じています。出願費用は、特許制度上で必要なお金ですから、権利化したければそのためのコストを払うしかありません。権利化する=お金を払う、である以上、お金がなければ、出願しない又はお金を工面する、しかないでしょう。企業側で出す理由があれば出しますが、そうでなければ自前で用意するしかありません。これは、どんな費用で会っても同じだと思います。
また、企業だって潤沢にお金があるわけではありません。事業上の投資あるいは必要経費として、出願費用を捻出しています。予算が限られているのは、大学だけの問題ではなく、企業でも同じです。企業として出願費用をかけるだけの価値があると考えたからこそ出願するのですから、社会貢献のために大学が権利を保有する必要があるのならば、その必要経費として出願費用を負担いただけばよいと思います。
また、企業との共同出願の場合には、実質的にその企業のために特許を保有することになるので…という理由を挙げられることもあります。これも同様に、「お付き合い」として出願・権利化する価値があるかどうか、大学側で判断いただければよいだけだと考えます。

企業としては、社会貢献という大学の建前のために、競合企業の利益にしかならなそうな出願費用を負担する道理はありません。もしお金を出す価値がないのであれば、出願を見送るなり、持分を企業に譲渡するなりして、採算を考慮した対策をとっていただければよいのではないでしょうか。
大学のおかれている状況や本音は、学外の私には想像できません。本音と建前をうまく使い分けていただいて、もっと本音ベースで協議させていただけると、もっとよい形があるのかもしれないのにな…と思っています。

3.不実施補償

まず、不実施補償については、大きく分けると、次の2つの考え方があると理解しています。

  • 大学は自己実施ができないが、企業のみが自己実施によって利益を得ることができる。そこで、共同研究によって得られた成果を実施することで得られた利益の一部を、大学へ還元する

  • 大学が権利を保有して活用する手段としては、自己実施ができない以上、第三者に対する実施許諾となる。共有者である企業が独占的な実施を希望する場合には、実施許諾という大学が権利を活用できる唯一の手段を失ってしまうため、独占実施を希望する共有者がその分を補償する

前者の観点での不実施補償については、お断りします。一方、後者の見解に沿うものであれば、条件などにもよりますが、応じる用意があります。

企業が得た利益の一部還元は必要なのか?

そもそも、大学が特許権を保有しても自己実施しないことは、単独保有だろうが共有だろうが変わらないはずで、出願する前から分かり切っていることです。大学が自己実施しないことで「不利益」があるとしても、それは、共同出願の相手方である企業とは何ら関係ありません

また、特許法においては、別段の定めのない限り、他の共有者の同意や対価を支払うことなく、特許発明を実施することができます(73条2項)。にもかからず、利益の一部還元との見解に基づいて不実施補償するということは、73条2項における「別段の定め」をするのと同じ意味合いになります。企業側にとっては、法律上、不要であることが認められているにもかかわらず、自社に不利益になる行為をすることになるため、敢えてこのような定めをするだけの合理的な理由がありません。明確な理由がなければ、社内の決裁が承認されることは難しいでしょう。

さらに、企業側では、発明が生じてすぐに実施・事業化できるとは限らず、製品化までにはさまざまなリスクや課題を乗り越えなければならないことは少なくありません。共同研究の成果という理由だけで、このような事情を考慮することなく、最終的な果実から分け前を求められるのは、フェアとはいえないと考えます。

これらの理由から、企業が自己実施によって利益を得たとしても、その利益の一部を還元する義務はないと考えます。企業側から自発的に利益の一部を還元したいと思えば、申し出に応じる用意はあるでしょう。しかし、その申し出に応じる義務はないと考えています。

独占によって失う収益の補償は必要か?

一方、後者の考え方であれば、不実施補償を行う理由・合理性の説明がつくと考えています。すなわち、お互いに自由に自己実施はできるところ、大学は自らの都合で自己実施しないにすぎないと考えます。また、相手方の同意があれば、お互いに実施許諾によって収益を上げることも許されます。しかし、当社が本発明を独占的に実施したい場合には、大学から第三者に対する実施許諾を見送っていただく必要があります。そうなると、当社の都合で、大学にとって唯一といってよい収益手段を失うことになるため、その分は手当(補償)すべきということになります。

また、大学が自ら実施しないとしても、例えばその先生が関連する大学発ベンチャー企業を立ち上げてしまえば、企業側から見れば大学と同視し得るような主体が事業活動を行い、発明を実施することになってしまいます。このような場合にまで、大学に対する不実施補償が必要だとすれば、不実施補償の趣旨にはそぐわないと考えます。

「独占」の意義

さらに、共有とした場合には、第三者に対して実施許諾する場合には、事前に共有者の同意が必要になります(73条3項)。これについても、大学が反対すれば事業上の支障が生じますし、同意いただけるとしても、事前通知の手間や学内決裁の時間などのデメリットが生じてしまいます。「独占実施」の趣旨に鑑みれば、事業上の判断主体としては当社だけで十分であり、大学のお伺いを立てる必要はないと考えますので、これらにもあらかじめ包括的な同意をいただいておく(個別の同意は不要とする)のが望ましいと考えます。

出願費用と不実施補償

「2.出願費用の負担」で述べたように、共有の場合の出願費用は、本来は持分に応じて負担いただきたいところです。一方で、不実施補償に関する条件を受け入れていただく場合には、大学にとっては名目上保有しているのと変わらなくなってしまう(実質的には当社の単独保有に近い)ことが考えられます。そうなるときには、出願費用を全額当社で負担することもありえます
ただし、当社が出願費用を全額負担する場合であっても、不実施補償が生じるときには、当社が支払っている出願費用を考慮して、その対価(補償額)を定めることとします。本来は大学が負担すべきものを代わりに払っており、単独保有に近い状況が生じる分の不利益として出願費用を払っている以上、その分を考慮して、補償額を定めるべきと考えるからです。

小括

以上より、不実施補償を求められた場合には、応じる条件として下記を主張して、協議することとしています。

  • 不実施補償は、当社が独占実施の場合に限る(非独占実施の場合には、不実施補償は行わない)。

  • 不実施補償の位置づけを、「大学から第三者に対する実施許諾を制限することへの補償」だと理解いただき、大学が自己実施しないこと、大学から第三者に対する実施許諾をしないこと、の2点を確約してもらう。

  • 当社から第三者に実施許諾する場合には、大学への事前通知・同意は不要とする。

  • 当社が出願費用を全額負担する場合には、大学側の持分相当額の出願費用を、不実施補償として当社が支払う金額に充当させる。すなわち、第三者から得られた実施料の期待値などに基づいて対価を算出した後、そこから出願費用を差し引いて、当社が大学に支払う補償額を算出する。

さいごに

大学が相手の場合には、双方がWin-Winとなるような内容にするのは、特に難しいと思います。ケースバイケースだとは思うのですが、大学の場合は「雛形なので変えられません」の一点張りで来られることが多く、双方の妥協点を見つけ出すのか、かなり難しいことが多いです。
そうなってしまうと、どうしてもNGという部分以外は当社が折れて、できるだけ大学雛形に沿った内容で契約するしかなくなります。この場合、「契約できてよかったね」ではなく、この契約に紐づいた形で特許権を取得しても、活用するのが極めて難しくなってしまいます。つまり、共同研究で生み出された成果を特許出願して、活用していこうモチベーションにはつながりません。これは、企業側にとっても、大学側にとっても、好ましい状態ではないと考えます。

オープンイノベーションの時代だからこそ、企業側も大学も、自らの利益だけを主張するのは、長期的にみると望ましい形とは言えないんじゃないかなと思っています。私自身は、大学・企業の双方が活用しやすい研究成果が得られるように、Win-Winとなる関係作りと契約協議に取り組んでいきたいと思っています。大学関係者の方がご覧になられておられましたら、ぜひ同じように企業側の事情もご理解いただいて、本音ベースでの協議ができると、たいへんありがたく思います。

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