【第9章】 怨念 〜前編〜
第1章『 夢現神社 〜前編〜 』
前話 『 裏切り 〜後編〜 』
木札ちゃんから、
『外界は己の心から生じる!!』
『邪心が正心を喰らう!!』
の2つを教えてもらった私は、だったら正心──良いイメージだけを心の中で……と頑張った。
でも、成功しているところや良いイメージを思い浮かべても、すぐにダメになる、失敗するイメージのほうが大きくなってしまい、ため息の連続だった。
一方、私の企画をぶん奪った真紀子はというと、企画戦略本部室の中にエディブルフラワー事業プロジェクトが新しく立ち上げられ、その主任責任者として陣頭指揮をとることに決まった、ということを優子からのメールで知った。
しかも、優子のお店で記録したような売上げを、全直営店30店舗でもエディブルフラワーで達成することができれば、真紀子は一気に企画戦略本部室の室長有力候補になるかもしれないとメールに書かれていた。
真紀子が、私と優子、そして協力してくれた平川さんやスタッフみんなの努力を踏み台にして、出世街道を駆け上がっていくのを想像すると、今まで押さえつけていた真紀子への憎しみが一気に溢れ出す。
真紀子さえいなければ、本社に異動できたのに……
真紀子さえいなければ、エディブルフラワーの責任者になれたのに……
真紀子さえいなければ……
真紀子さえいなければ……
真紀子さえいなくなれば……
真紀子がいなくなれば……
真紀子なんて……
真紀子なんて……
死ね……
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……
激しい怒りのままに、パソコンのキーボードをガチャガチャガチャガチャと強く叩きつけ、真紀子への憎悪を打ち込みまくる。
突然、目の前に木札ちゃんが現れ、視界をさえぎられた。
「邪魔しないでよ!!」
木札ちゃんを思いきりひっぱたく。
ガシャンと音を立てて、木札ちゃんが床に激しく落ちた。
「また私が悪いイメージしか浮かべられないから自業自得だって説教しに来たんでしょ!! そんなのもう聞きたくない!! あんたのアドバイスなんて、なんの役にも立たないじゃない!!」
大声で怒鳴りつけた。
木札ちゃんが床からふわりと宙へ浮かび上がる。
私は握った拳を前に構え、
「文句があるならかかってきなさいよ!」
木札ちゃんとのバトルに備えた。
でも、木札ちゃんはふらふらと宙を漂いながら、テーブルの上へ静かに舞い降り、いつもの3Dホログラム文字を浮かべた。
『悪い出来事はばっさり断ち切る!!』
ブッチーーン。
「だから、説教はもうたくさんなんだって!!」
木札ちゃんを鷲掴み、
「私だって、真紀子のことを忘れようと思って頑張ったわよ!!」
壁へ向かって思いきり投げつけた。
壁に激しくぶつかった木札ちゃんが、そのままベッドの上へ落下し動かなくなる。
「エディブルフラワーの仕事ができるように良いイメージをいくら思い浮かべても、現実には真紀子だけがどんどん出世してるんだから、気が滅入って、私なんてうまくいくわけがないって気持ちのほうが大きくなるの!! あんただって、私が苦しんでる姿を見てるんだから知ってるでしょ!! なのに、私が全部悪いみたいに言ってこないでよ!! そもそも、私は被害者なのよ!! なんで、被害者の私がこのまま泣き寝入りしなきゃならないのよ!! ふざけないでよ!!」
ベッドの上に落ちた木札ちゃんを睨みつけながら、一気にまくしたてる。
大声で怒鳴りながらも、充分すぎるほどわかっている……。
これは、八つ当たりなんだって。
でも、でも……言わずにはいられなかった。
木札ちゃんがフラフラとベッドの上から宙に浮かび上がるや、木面がグルグルと渦巻き、ブスブスブス……とマグマのような赤熱が、木札ちゃんの全身を覆いつくす。
今度こそ逆襲してくる……。
もしかしたら、超古代テクノロジーによる殺人ビームを放ってくるかもしれない。
いや、それどころか、アパートごと消滅させるような爆発攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
でも、私はもうどうにでもなれ、ヤケクソな気分だった。
次の瞬間、木札ちゃんが、私へ向かってものすごい速さで飛んでくるや、顔の横スレスレのところを通り過ぎ、
ガッシャーーン!!
ノートパソコンの画面へ猛スピードのままぶつかっていった。
大きな破壊音が部屋中に響き、大事なノートパソコンの液晶画面が割れる。
「ちょっとーーーー!! なにしてるのよーーーー!! それ高かったのよーーーー!!」絶叫する、私。
それでも、木札ちゃんは私を完全無視。ノートパソコンの画面へガツガツ、ガツガツ、狂ったように体当たりをぶちかまし続ける。
ノートパソコンの内部から火花が飛び散り、配線や基盤が黒焦げ状態。修理不可能なまでに破壊されていく。
「なんで……なんでそんなひどいことするの……文句があるなら、私に向かってきなさいよ!!」
それでもなお、木札ちゃんはグチャグチャに破壊されたノートパソコンへ向かって、ガツガツ、ガツガツ、と鈍い音を立てながらぶつかり続けている。
「わかったわよ! 大事なパソコンを壊すほど、私のことが大嫌いなんだったら家から出ていってよ!! 神社に帰りなさいよ!!」
絶縁宣言した直後、
『違います』
言い返してきたのは、スマホのAIだった。
「なによ! アンタ、また木札ちゃんに操られてるわけ?」
『木札様の意思ではありません』
「じゃあ、関係ないから引っ込んでて!」
『泣いてます』
「は?」
『木札様はゆかり殿のことが大好きだから、パソコンを破壊したのです』
「なにそれ? わけわかんないんだけど!」
『真紀子への恨みを増幅させないためにパソコンを破壊したのです。泣きながら』
「泣きながら?」
『ゆかり殿のことが大好きだから』
「な、なんで、パソコンを壊すことが、真紀子への恨みを無くすことになるのよ? ていうか、パソコン壊されたらネットの情報も調べられないし、企画書も作れないし、メールも……」
メールもできないし……。
「まさか……」
『やっと気づいたようですね』
メールの相手はほとんどが優子……。
そして、最近の優子からのメールはほとんどが、真紀子の近況報告……。
真紀子の卑劣な行為を忘れ、エディブルフラワーの仕事にたずさわれるイメージを心の中で思い描こうと頑張っていても、優子からのメールで真紀子の近況を知るとすぐに、どうせ自分には無理というネガティブな考えに呑み込まれてしまっていた。
そして、心が暗くなり、ひどく落ち込むとわかっていながらも、真紀子の動向が気になってしまい、優子からのメールをいつも見てしまう自分がいた。
この悪循環を断たなければ……と思っていても、真紀子のことが気になって気になってしょうがなかった。
そしてついに、積りに積もっていた真紀子への憎しみが爆発し、殺意を抱くまでに闇堕ちしてしまった。
木札ちゃんは、そんな馬鹿な私のために、優子からのメールを見てはいけない、真紀子のことをばっさりと断ち切らなければならない、と身体を張って教えてくれたのだ。
「でも、だったら、パソコンを破壊なんてしないで、スマホAIの音声を使って教えてくれればいいじゃない……」
『木札様は、《死》という怨念の言霊エネルギーにゆかり殿が支配されないように、あえて原始的な方法で浄化する選択をされたのです』
「あんなにひどいことを言って、暴力まで振るったのに……」
全破壊されたノートパソコンの画面に突き刺さっている木札ちゃんを両手でやさしく包み込む。