【第4章】 挑戦 〜後編〜
第1章『 夢現神社 〜前編〜 』
前話 『 挑戦 〜前編〜 』
統括部長とは関係のない部署で、エディブルフラワーの販売企画に興味を持ってもらえそうな知り合いが、本社にいないだろうか。
いた……。
とんでもなくスペシャルな人物の顔が脳裏に浮かんだ。
秋田真紀子 ──。
私と同期入社の十年目にして、一番の出世頭だ。
真紀子が勤務している部署は、会社の花形である企画戦略本部室。
『ナチュラルン』全社員の中で、選りすぐりの切れ者ばかりが揃っている部署だ。
私はスマホを取り出し、真紀子へ電話を掛け、10分後のアポイントメントを取った。
やり手の真紀子だったら、エディブルフラワーの販売が魅力的なことを理解してくれるに違いない。もしかしたら、真紀子のプレゼン力で企画が通って、私も一緒にエディブルフラワーの新たな事業部を立ち上げられるかもしれない……。
✻
でも、真紀子に会うまでルンルン気分で思い描いていた私の期待は、もろくも崩れ去ってしまった。
真紀子は、私の企画書を真剣に見てくれたものの、彼女が企画戦略本部室で追い求めている仕事とはかなりベクトルが違っていたのだ。
「ねえ、ゆかり」
真紀子は企画書を私へ返しながら、
「私は、『食べられるお花で心にも栄養を』みたいなスケールの小さい企画にはあんまり興味無いのよ。企画戦略本部室はいま、関東圏に30店舗ある直営店を全国に拡大していくことに心血を注いでいるの」
自分の携わっている仕事を自慢げに話してくれた。
「へえ~~すごいわね~~」
「実はね、関西圏に直営店を広げる私の企画からプロジェクトが始まったのよ。でもね、頭の固い上の人たちがなかなか承諾してくれなくて大変だったんだから。この二年間、関西方面へひとりで何十回も出張してマーケティング戦略を練り直し続けて、やっとここまで漕ぎつけたのよ」
「やっぱり、真紀子はすごいわねえ……」
「ちっとも、すごくなんかないわよ。ガンガンやらなきゃ会社もデカくならないし、出世もできないじゃない? 私、ウチの会社初の女性役員を目指してるの。だから、全国拡大がうまくいったら、次は海外進出も狙うわ。そのくらいやらないと、女が役員になんてなれないからね。先輩だろうと男子社員をバッタバッタとなぎ倒してやるわ。ゆかりもお花遊びなんかにかまけてないで、もっと全力で仕事に取り組まないとクビになっちゃうわよ」
「うん、そうだね……。じゃあ、身体に気をつけて頑張って……」
エディブルフラワーの企画をプレゼンするどころか、出世街道を爆進している真紀子と、リストラ崖っぷちの自分との甚だしい能力格差に意気消沈。
ある意味、統括部長に罵倒された時よりも強烈なノックダウンを喰らわされ、再起不能レベルのダメージを負って、私の挑戦は終わった。
✻
「ああ~~全然ダメだったあ~~。しかも、お花遊びって……私は別に遊んでるわけじゃないのにい~~。本気でエディブルフラワーを会社で扱ったら、人気が出るって考えてるのに、なんでわかってくれないのかなあ……」
本社ビルを出た私はガックリとうなだれながらトボトボと歩く。
まだ、勤務時間内だけれど、今から物流倉庫へ向かう気になんてとてもなれなかった。
「……そうだ、久しぶりに優子の顔を見てから帰ろう」
不意に思いつき、二週間前まで働いていた古巣のお店へ向かった。
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「ゆかりさ~~ん!!」
店長の優子が嬉しそうに私の手を取り、
「なんか、ずいぶん痩せたんじゃないですか?」
心配そうに見つめてくる。
「う~ん……やっぱり、倉庫の肉体労働はダイエット効果があるのかもねえ」
優子に冗談で返しながら微笑む。
「ゆっくり話したいんで、奥へ行きましょう」
優子は私を店奥の店長室へ招き入れて、冷たい麦茶をグラスに注いでくれた。
「あ、そうだ」
私はバッグの中から、エディブルフラワーのパックを取り出し、
「面白い物を見つけたんだよ」
麦茶の上に、深紅の花冠をひとつ浮かべた。
「うわあ、可愛い~! なんですか、そのお花! ゆかりさん、ゆかりさん、私のにも入れてくださいよ~!」
目を大きく見開いて興奮している優子の麦茶にも、黄色の花冠を浮かべてあげる。
「なんか、普通の麦茶がエレガントな飲み物に変身したみたいで、すっごくおしゃれな感じじゃないですかあ~!」
目を輝かせている優子に
「見て見て、優子」
浮かんでいた深紅の花冠を麦茶もろとも口に含み、美味しそうに食べてみせた。
「え!? ゆかりさん、お花なんて食べちゃって大丈夫なんですか?」
予想通りの優子の反応に、気を良くした私は得意げに、
「このお花はね、エディブルフラワーって言って、ちゃんと食べられるように無農薬で作られているんだよ。しかも、ビタミンやミネラルが野菜よりも多く含まれていて美容にもいいの」
「本当ですかあ!? じゃあ、私も食べちゃおうっと!」
優子が麦茶と一緒に黄色のお花を口に流し入れ、
「なんか少し酸っぱいですけど、口の中がスッキリしますねえ」
「他にも、こんな料理にも使えるんだよ」
エディブルフラワーの本を開いて、優子に見せる。
「なにこれ~~面白~~い!! ゆかりさん、なんで今まで、こんな楽しい趣味を隠してたんですか?」
「別に隠してたわけじゃないのよ。物流倉庫へ異動になってから、たまたまエディブルフラワーのことを知ったの。それから自分でも買うようになってハマっちゃったんだ」
「えっ、でも、ウチの会社では扱ってないですよね?」
「そうなの。だから、ウチのお店でもエディブルフラワーを販売したら人気商品になるんじゃないかなって思って、本社へ企画書持って行ってたの」
「えっ……ゆかりさん、本社へ企画のプレゼンしに行ったんですか?」
「うん……。でもさ、統括部長には糞味噌にけなされるし、同期の出世頭にはお花遊びなんて言われて……散々な目に遭っちゃったんだけどね……」
自嘲気味に笑う私に、優子の表情が曇る。
「あ、ゴメン、ゴメン。優子に愚痴るつもりじゃ無かったのに……」
「いいんです、いいんです。私でよければ、どんどん愚痴っちゃってください。ていうか、ゆかりさんが本社に企画をプレゼンしに行くなんて、少し驚いちゃって……あ、スイマセン……」
「ううん、いいの、いいの。気にしないで」
「あの……その企画書を私にも見せてもらえませんか?」
「え?」
優子の意外な申し出にためらいながらも、
「これなんだけど……」
エディブルフラワーの企画書を手渡した。
しばらく無言の時が流れ、企画書を読み終わった優子が私の顔を真剣に見つめながら、
「ゆかりさん。今度、ウチの店でやるフェアー企画、このエディブルフラワーでやってみたいんですけど」
「うええ? ほ、本当にい?」
思わず声が裏返る。
「でも、私はエディブルフラワーに詳しくないので、ゆかりさんに協力してもらえれば嬉しいんですけど……物流倉庫の仕事で忙しいですもんね……」
「大丈夫、大丈夫! 私に任せて!」
自分でも驚くほど大きな声で、
「私ね、有給休暇が二十日以上も余ってるから、それを使ってエディブルフラワーの準備をするわ。実は、倉庫の仕事で全身の筋肉痛がひどくて、身体を休めようって考えてたところだったのよ」
「でも、ゆかりさんの有給休暇を、フェアー企画の準備のために使ってもらうなんて申し訳ないですよ……」
「ううん、そんなこと全然ないって!! むしろ、エディブルフラワーをお店で扱ってもらえる機会を優子が作ってくれるんだもん。このチャンスに乗らないわけにはいかないわよ! 優子、本当にありがとう!!」
優子の両手を握りしめたその時、私のスマホAIが勝手に起動し、ダースベイダーのテーマを大音量で流し始めた。
「ゆかりさん……着信音、変えたんですか?」
少し引き気味の優子に、
「違う違う!! なんか最近、スマホの調子がおかしいのよ」
必死にごまかしながらも、嬉し涙がこぼれ落ちた。