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【第5章】 ヘタレモード 〜後編〜

第1章『 夢現神社 〜前編〜 』
前話 『 ヘタレモード 〜前編〜 』

「な、なんなの……!?」

 椅子から立ち上がって振り返ると、さっきまで壁にぶら下がっていた『木札のお守り』がベッドを飛び越え、フローリングの床の上に落ちていた。

「どんだけの大ジャンプなのよ! ていうか、着地に失敗してんじゃん……」

 床から木札を拾い上げると、木面がグルグルと渦巻き出し、ゆらゆらとした3Dホログラム文字を宙に浮かべる。

『未来を悩んでも意味無し!!』

「そんなこと言ったって……じゃあ、どうしたらいいのよ!」

 私の質問に答えるように、新たな3D文字が宙に浮かび上がる。

『エイヤ! で一歩!! さっさと一歩!!』

「プッ……」
 思わず吹き出し、
「くよくよ悩んでないで勢いで動けって、もはやアドバイスじゃなくて、根性論じゃん」

 憎まれ口を叩きながらも、平川あざみさんに相手にされず傷つくことを怖れていた私のヘタレな心を、木札が鼓舞してくれていることにやさしさを感じた。

 そして、エディブルフラワーの生産者さんへ連絡するのを思いあぐねていた五日間はなにも答えてくれなかったのに、平川あざみさんへのコンタクトをためらっている今、木札は顔面を床に打ちつける危険を冒してまでアドバイスをしてくれている。

 ということは……。

「平川あざみさんへ連絡することが成功への道なのね! 余計なことは考えずに、勢いで平川さんへ連絡すれば、うまくいくのね!!」

 私の迫力に気圧されるように、宙に浮かんでいた3D文字が霧状になって消えた。

 木札ちゃんを壁に掛け直し、「エイヤ! で一歩!! さっさと一歩!!」とつぶやきながら、ノートパソコンの前に座った。

 メールソフトを立ち上げ、エディブルフラワーに出会ったいきさつから始め、平川さんの本を読むことで気持ちが和み、物流倉庫での辛く苦しい激務にも毎日耐えられていること、そして、一店舗だけのフェアー企画ではあるけれど、自分の夢への大事な一歩になるので、ぜひとも平川さんに協力してもらいたいことなどを一気に書き上げた。

 そしていよいよ、平川あざみさんへメールを送信しようとした寸前、私のヘタレモードが再び発動。

 送信キーを押そうとする人差指が緊急停止した。

「なにビビってんのよ! エイヤ! でしょ、エイヤ!!」
 自分を鼓舞しながら、
「未来を悩んでも意味ないんだって!!」
 目をギュッとつぶり、
「もうどうにでもなれえ〜〜!!」
 ヘタレな自分から一歩を踏み出すために、
「エイ、ヤ~~~!!!」
 送信キーをパンッと勢いよくクリックした。

「送信……しちゃった……」

 たった一通のメールを送信しただけなのに、うじうじ悩んでいた5日間の泥沼から抜け出せた解放感が心地良い。

「もうこうなったら、煮るなり焼くなり、どうにでもしてちょうだいって感じ……」

 大いなる!? 一歩を踏み出したことに、気持ちが大きくなっている。

 そのいっぽうで、
 平川さんみたいなカリスマが、私に返信なんてくれるわけない……。
 ヘタレな自分も見え隠れしていた。

 その夜は、強気な私とヘタレな私が心の中でゴチャゴチャ状態……。
 少しも眠ることができなかった。

 翌朝、物流倉庫のセンター長へ電話を掛けた。

 高熱が出て体調が悪いので、明日と明後日の二日間だけ有給休暇を取らせてもらいたいと電話口で告げると、センター長は意外にもやさしい声であっさりと認めてくれた。

「たぶん、このまま会社を辞めると思ってるんだろうなあ……」

 複雑な気持ちのまま、パソコンのメールソフトを立ち上げ、息を呑んだ。

 平川あざみさんから返信が届いている……。

 心臓の鼓動が激しくなる。

 まだ、朝の十時前なのに……。
 なんでこんなに早く返信が届いてるの……?

 不安で心の中がいっぱいになる。

 そうか、断りのメールならすぐに返信できるもんね……。
 きっと忙しい人だから、一店舗ごときのフェアー企画に協力する暇なんて無かったのよ……。

 ネガティブな考えばかりが、頭の中をグルグル駆け巡る。

 それでも、一縷の望みをかけて、平川あざみさんからの返信メールを「エイヤ……」と小さな声でクリックした。

 平川あざみさんからの返信を恐々と読み進めていく。

『私でよければ、喜んで協力させていただきます』

「うっそお~~!!」
 かつてないほどの喜びがあふれ出す。

 しかも、私が毎朝四時に起き、五時発の始発電車で物流倉庫へ向かっている状況をメールで書いたのを受けて、平川さんも『毎朝四時に起床し、五時頃から庭の植物たちへ水をやることから私の一日も始まっているんですよ。一緒に頑張りましょうね』と、やさしい言葉も添えられていた。

 そして、メールの最後には、平川さんの携帯電話番号と一緒に「いつでも連絡してください」とも書かれていた。

 勢いよく椅子から立ち上がり、
「エイヤ~エイヤ~エイヤ~~!!」
 喜びの雄叫びをあげながら、その勢いのまま、平川さんへ電話を掛けた。

 優子からもらった三日間で、私は平川あざみさんと実際に会っていろんなことを楽しく話した後、平川さんが懇意にしているエディブルフラワーの生産者さんを紹介してもらい、フェアー企画での委託販売に協力してもらえるところまで奇跡的にこぎつけることができた。

 その後は、店長の優子にバトンタッチして、生産者さんとやり取りをしてもらい、無事に翌週の日曜日から、エディブルフラワー・フェアーが一週間限定で始まった。

 私もフェアー初日に開店前のお店へ行き、色鮮やかなエディブルフラワーがパックされた容器を店頭に並べたり、飾り付けを手伝った。

5章/パック

 たくさんのエディブルフラワーを店内に並べ、自分の企画が初めて形になった満足感にひたりながら、私はパックを二つ購入してそっと店を出た。

 これでエディブルフラワーの認知度がぐんと上がって人気になれば、すべての店舗で扱うようになるに違いない。

 そうなったら、火付け役の私も物流倉庫から脱出できて、本社で働けるようになるかもしれない。

 素晴らしい未来を想像するだけで、心が弾む。

 帰宅してすぐに、撮影してきたエディブルフラワー・フェアーの店内写真を、平川あざみさんへの感謝メールに添付して送信した。

「私の勢いはもう誰にも止められないわよ……」

第6章『 八ツ当たり 〜前編〜 』へ続く。。。

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神楽坂ささら
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