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【第7章】 ソールドアウト 〜後編〜

第1章『 夢現神社 〜前編〜 』
前話 『 ソールドアウト 〜前編〜 』

 深夜遅くまでかけて、なんとか『エディブルフラワー試食販売フェアー』の企画書を作り終えることができた。

 でも、店長の優子に企画書をメールで送信しようとしたその矢先 ──。

 イケイケゴーゴーだった心に、急ブレーキがかかり、送信するのをためらわせる。

 前回のフェアー企画が惨憺たる結果に終わったせいで、優子が本社の統括部長に呼び出され、叱り飛ばされたことを思い出したのだ。

 もしも、今回のエディブルフラワー試食販売フェアーも失敗したら、優子の未来を潰してしまうかもしれない……。

 優子は本社の花形『企画戦略本部室』で働くことを夢見て頑張っているのに、私の企画で二度も失敗させてしまったら、その道が断たれてしまうに違いない……。

 最悪、私みたいに物流倉庫へ左遷させられてしまうかもしれない……。

「そんな危険なことを……優子に頼めるわけないじゃない……」

 ノートパソコンをパタンと閉じた。

 カタカタカタカタ……。

 今まで静かだった木札ちゃんが、私のことを笑っているように振動し始めた。

「なによ、馬鹿にしてるの?」
 カチーンときて憎まれ口を叩くと、木札ちゃんの木面がグルグルと渦巻き出し、3Dホログラム文字を2つ同時に浮かび上がらせた。

『未来を悩んでも意味無し!!』

『エイヤ! で一歩!! さっさと一歩!!』

 初めて平川あざみさんへ相談メールを送信するのをためらっていた、ヘタレな私の背中を押してくれた、ど根性アドバイス。

 畳みかけるように、
「仮に、『失敗』という概念が存在するならば、それは、ああでもないこうでもないとウジウジ考えてばかりで、挑戦せずにあきらめてしまうことがじゃ」
 先週、神主さんが教えてくれた言葉もよみがえる。

「そ、そうよね……」
 木札ちゃんへ向かってうなずき、
「私、また失敗しかけてたわ……」

 試食販売フェアーがうまくいくかどうかなんて、やってみなければわからないし、そもそも優子が乗り気じゃなかったら断ってくるんだから、今の私がやるべきことはただひとつ。

 人差し指をピンと伸ばし、
「エイ、ヤ~~!!」
 メール送信キーをパン! とクリックした。

 翌日──。

 物流倉庫で午前中の重労働が終わり、食堂でお昼ご飯を食べていた時、
「ゆかりさん! 企画書、見ました!!」
 優子からスマホに連絡がきた。

「すごく良いアイディアだと思います! エディブルフラワーの試食販売でリベンジしましょう! あ、スイマセン、いま話してて大丈夫ですか?」

「あ、うん。お昼休みだから大丈夫。でも……また統括部長に怒られちゃうかもしれないよ?」

「ああ~~全然、まったく問題ないです! それよりも私、ゆかりさんがあきらめずに企画を練り直してくれたのが嬉しくて。私が二年前に、この店舗の店長として配属された時、普通なら生意気な後輩店長の私を蹴落とそうと嫌がらせされてもおかしくないのに、ゆかりさんは私と現場スタッフの間に入ってくれて、ずっと私のことをサポートしてくれてたじゃないですか。今まで口に出しては言えなかったですけど、心が広くてお姉さんみたいなゆかりさんと、また一緒に仕事をするのが私の夢なんです!」

 思いがけなかった優子の言葉に胸がいっぱいになり、言葉が出てこない。

 私はただ、仕事で失敗して傷つきたくなくて、出世欲を捨ててただけなのに、優子が私のことをそういうふうに思ってくれていたなんて……。

「それに、ゆかりさんの企画書からヤル気っていうか、ものすごいリベンジ魂が伝わってきて、この話に乗らなきゃ女がすたるって思っちゃって! 試食用の料理とか色々と用意するのが大変かもしれませんけど、ゆかりさんの送ってくれた企画でもう一度トライすれば、お客さんたちにもエディブルフラワーの魅力が伝わると私も思います! あ、それと、試食にかかる費用を全部、ゆかりさんが自腹で払うってメールに書いてましたけど、私もいちおう店長なんで、必要経費で対応しますから、お金のことは心配しないでくださいね!」

「優子……ありがとう……」
「リベンジしましょう、ゆかりさん!」

 優子との電話を終えた私は、重労働の疲れを吹き飛ばすくらいの喜びと、身が引きしまるような責任感がごちゃ混ぜになった、不思議なエネルギーがみなぎっていくのを感じた。

 それから毎日、物流倉庫のきつい肉体労働を終えた後、電車で2時間揺られて、優子の店へ向かい、夜の八時頃から深夜まで、平川さんに教えてもらった一口料理をスタッフたちと試作したり、お弁当に合うエディブルフラワーを選んだり、試食販売フェアーの準備に全集中した。

 今まで生きてきた三十二年間で一番、体力的に過酷で辛かったけれど、自分のアイディアが少しずつ形になっていくことへの充実感が原動力になり、瞬く間に準備期間が過ぎていった。

 そしてついに、金、土、日曜日の三日間限定で、エディブルフラワーの試食販売フェアーが開催され、私は、鬼瓦センター長から文句を言われながらも、金曜日と土曜日の有給休暇を取り、店内で状況を見守った。

 三日間に渡る、エディブルフラワーの試食販売フェアーは、結果から言うと凄まじいものだった。

7章/手鞠寿司

 試食用のエディブルフラワーを載せたクラッカーのお菓子や羊羹、ゼリー、手鞠寿司を見たお客さんたちは「うわあ、可愛い~!」「すごくきれ~い!」スマホで撮影したり、美味しそうに食べて興味を持ってくれた。

 逆おまけのアイディアで生まれた、色鮮やかな花冠を付けたお弁当も次々と売れていき、委託販売で置いていたエディブルフラワーのパックも連日売り切れてしまうほどの予想を大幅に超えた大ヒット。

 お弁当売り場の横に積んでいた平川あざみさんのエディブルフラワー本も相乗効果で、書店ではありえないほどの部数が売れた。

 優子は「三日間のミニフェアーで終わらせたらもったいないんで!!」と息巻き、来週の日曜日までフェアー期間を一週間も延長することを決めた。

 私もすっかり調子づき、
「だったら、お弁当だけじゃなくて、お惣菜のパックとかにもエディブルフラワーのおまけを付けたら、もっと売れるかもよ!」
 冗談を言ったりして久しぶりにはしゃいだ。

 翌日の月曜日──。

 有給休暇を無理矢理取ったペナルティーとして、センター長からいつも以上の激務を課せられた私は、物流倉庫から帰宅すると、シャワーも浴びずにそのままベッドに横たわった。

「あ~~もうダメだあ……なんにもしたくな~~い……」
 疲労困憊、鉛のように重たい身体がベッドの奥へ沈んでいくように、意識が遠のいていく。

 突然、スマホのメール着信が鳴り響き、叩き起こされる。
「ううう……」
 重たいまぶたを無理やり持ち上げ、表示画面を見ると、優子からだった。

 ゆかりさんの予想がズバリ的中~~~!!
 お惣菜のパックにもエディブルフラワーをおまけで付けたら、
 いつもの三倍! 三倍も売上げが伸びました~~~!!!
 ヤッタ~~~!!

 エディブルフラワーのパックも、
 今日一日で、
 なんと!
 大台の!!
 100パックを達成~~~!!!
 ドッヒャッ~~~!!!

 こうなったら、
 1000パック目指しま~~~す!!(笑)

 あ、それと、
 平川あざみ先生の本を出版した編集者の方がお店に来てくれて、
 ゆかりさんにお礼を伝えたいとのことでしたので、
 今度、ゆかりさんがお店に来れそうな日を教えてください。
 私がバッチリ、セッティングしますので!!

 それでは、明日からも、
 ゆかりさんのエディブル愛を胸に、
 心を込めて売りまくります!!

 返信不要ですので、お身体ゆっくり休めてください☆☆☆

 まるで女子高生みたいなメールに苦笑しながらも、物流倉庫で消耗しきった心に喜びと充実感が溢れ出す。

 そのいっぽうで、前回のフェアーではたった3パックしか売れなかったエディブルフラワーが、平日にもかかわらず一日100パックも売れるほど凄まじい勢いになっている状況に心がついていけず、
「これからどうなっていくんだろ……」

 成功しているはずなのに、なぜか言いようのない不安を感じ、空恐ろしくなっている自分がいた──。

第8章『 裏切り 〜前編〜 』へ続く。。。

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神楽坂ささら
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