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【第6章】 八ツ当たり 〜後編〜

第1章『 夢現神社 〜前編〜 』
前話 『 八ツ当たり 〜前編〜 』

「宝くじに当選して三億円を手にした人たちが全員、幸せになったとは限らんがじゃ。もしも、『夢』や『志』を持たない人間が三億円という大金を手にしてしまったら、お金が持つ凄まじいエネルギーに呑み込まれ、身の破滅という大不運に見舞われてしまうがじゃ……」

 目を見開き怖い顔で話す神主さんの両手の上で、カタカタカタと木札ちゃんが小刻みに動き出す。

「おお、すまん、すまん。話が逸れてしまったことを、木札が怒っているがじゃ。え~と、さっきの話の続きじゃが、食べられるお花という『起死回生の種』を物流倉庫で見つけ出したあなたさまは、『第六感』に従って企画書を作成し、勇気を出して本社へ持っていかれたんがじゃ?」

「でもあの時は、統括部長にさんざん馬鹿にされ、同期の真紀子にもお花遊びなんて言われて散々でしたけどね……」

「ヒャ~~クショ~~ン! ヒャ~~クショ~~ン!!」

 神主さんが空へ向かって大きなくしゃみを二発ぶっ放し、御神木の枝に生い茂っていた青葉がバサバサバサと大量に玉砂利の上へ降り落ちてくる。

「ウソでしょ……」
 恐る恐る神主さんのほうへ視線を向けると、鼻水を垂らしながら恨めしそうな目で見返してくる。

「は、ははは……。私のネガティブな言霊のせいなんですよね……すいません……」

 どうやら、私が自分のことを否定するようなことを口にすると、神主さんは豪快なくしゃみを放出するネガティブアレルギー体質らしい。

「本当に頼みますがじゃあ……」
 ビ~ッ、ビ~ッと神主さんが鼻をかむ。

「あ、でも、良いこともありました!」
 神主さんの機嫌を少しでも取ろうと思い、
「前に勤めていたお店へ立ち寄ったら、店長の優子がエディブルフラワーを気に入ってくれて、フェアー企画をやらせてもらえることになったんですよ!」
 前向きなことを報告した。

「木札から聞いて知ってますがじゃ。その食べられるお花のフェアー企画について話そうと思った矢先に、あなたさまが自己否定なことを言い出したから、ワシはくしゃみを二発もするはめに……」

 不機嫌そうに話す神主さんの手の上で、木札ちゃんがガタガタガタと激しく動き出す。

「わかったがじゃ、わかったがじゃ。もうこれ以上は、ゆかりさんに文句は言わんがじゃ」
 神主さんが、ガタガタと暴れている木札ちゃんへ謝った。

「あの……もしかして、木札ちゃんは私のために、神主さんへ抗議してるんですか?」

「当たり前ですがじゃ。木札は、あなたさまが『恐』みくじを引いた時から、ずっと、あなたさまの味方ですがじゃ。今も、あなたさまに『もっとやさしくしろ!』と猛抗議を受けたがじゃ」

 神主さんが微笑みながら、私の掌に木札ちゃんを置いてくれる。

 木札ちゃんはずっと、私の味方だったんだ……。

 木札ちゃんの木面をやさしく撫でた。

 私が困っていた時、木札ちゃんはアドバイスを七個もしてくれてたもんね……。
 八つ当たりしちゃってごめんなさい……。

「でもね、エディブルフラワーのフェアーで、たったの3パックしか売れなかったことがものすごくショックだったんだよ……」
 木札ちゃんにつぶやく。

「しかもじゃ、本社の統括部長さんに、店長の優子さんが呼び出され、かなりきつく怒られたんがじゃ?」
 神主さんが同情の眼差しを向けてくる。

「そうなんです。たんなる私の思いつきに、優子やフェアー企画に協力してもらった生産者さんたちを巻き込んだうえに、大失敗するなんて……。やっぱり、私には新しいことを企画する能力なんか無……」
 ハッとして、慌てて口をふさぐ。

 隣に座っている神主さんの鼻がヒクヒクと痙攣し、
「ヒ、ヒ、ヒ……」
 今にもくしゃみを放出する寸前だった。

「ふい~危ういところだったがじゃ。くしゃみ三連発で御神木を倒すところだったがじゃ。おお、ほれ! 木札がなにか言いたそうですがじゃ……」

 手の平に載せていた木札ちゃんへ視線を向けると、木面がグルグルと渦巻き出し、いつもの3Dホログラム文字がゆらゆらと宙に浮かび始めた。

『すべては単なる出来事!!』

「フォフォフォ。まさにそのとおり!」
 神主さんが手を叩きながら、
「失敗なんてものは、この世に無いがじゃ!」
 愉快そうに笑う。

 3D文字が霧散して消え去り、新たな文字が空中に浮かぶ。

『うまくいったことだけに集中!!』

「うまくいったことって言われても、今回のフェアー企画でエディブルフラワーは3パックしか売れなかったし、思いつかないんだけど……」
 不満そうな私に、
「3パックも売れたがじゃ」
 神主さんが明るい声で言った。

「それ、ポジティブシンキングっていうやつですよね? でも、ウチの会社すべての直営店で実施されたフェアー企画の中で、売上げがダントツのビリだったんですから、うまくいったことには……」

「じゃが、3パックも売れたがじゃ! 立派なもんがじゃ!」

 神主さんの言葉に同意できず、黙ってしまう、私。

「ええですか。この世に起きた出来事をどう捉えるかは、すべて、自分自身にかかっているがじゃ」
 神主さんが穏やかな声で、
「ひとつお訊きするが、今回の出来事で、3パックしか売れなかった、大失敗してしまった、私には能力が無いんだ……消極的なことばかりあげつらい嘆いていれば、その先になにか良いことが起こると思いますがじゃ?」

 私は黙ったまま、首を横に振った。

「そのとおりですがじゃ。たとえ、期待していたような結果が得られなかったからといって、自分を責めることはないがじゃ。むしろ、行動を起こした自分のことを褒めまくってあげることが大事がじゃ。考えてもみなされ。あなたさまは食べられるお花を見つけて、たった一ヶ月間で、フェアー企画まで実現させたがじゃ。たくさんのお客さんが食べられるお花を知ることができたがじゃ。これのどこが失敗なんがじゃ? 順調そのものがじゃ! あなたさまは確実に、大大大大大大大大吉ステージへ向かって歩き出してるがじゃ!」

 神主さんの話を聞いていた私は、十年間も同じ店舗で在庫チェックなどの簡単なルーティンワークをこなすだけだった一ヶ月前の自分と比べて、少しだけだけど、成長しているように思えて自信が湧いてきた。

「そうですがじゃ。居心地の良い場所に居る時は現状しか見えず、居心地の良さに甘えて向上心が萎えてしまうがじゃ。逆に、最悪な状況に陥った時ほど視野が広くなり、今まで見えなかったものが見えるようになり、驚異的な飛躍をとげられる、絶好のチャンスとなりうるがじゃ」

 神主さんの話にピンときて、
「ねえ、木札ちゃん! 今の話って……」
 木札ちゃんが即座に、ボフッ、ボフッと二連発で3D文字を宙に浮かべる。

『起死回生の種は苦境にあり!!』
『チャンスは意外なところから!!』

「そうそう、これこれ! 木札ちゃんに一発目に教えてもらったアドバイスと同じことですよね!」

「ほほう。ちゃんと覚えているがじゃ。しかも、あなたさまと木札のコンビネーションもバッチリがじゃ! 結構、結構。ならば……」
 神主さんが微笑みながら、
「『夢』や『目標』を達成するために、一番大事なものはなんだと思いますがじゃ?」

「え~と、豊富な知識とか、莫大な資金力とか、幅広い人脈とかじゃないですか?」

「『心』がじゃ」
「こころ……?」
 おうむ返す私に、神主さんが深く頷く。

「なにが起こっても、あきらめずにやり続けられる『心の強さ』のことがじゃ。実は、『失敗』と言われている出来事は、『夢』や『目標』を達成するために必要な『養分』がじゃ。『心』を鍛えるためのトレーニングなんがじゃ」

 今まで『失敗』は絶望であり、取り返しのつかないバッドエンドだと思っていた私は、一気に視野が広がったような衝撃を受けた。

「仮に、『失敗』という概念が存在するならば、それは、ああでもないこうでもないとウジウジ考えてばかりで、挑戦せずにあきらめてしまうことがじゃ」

 神主さんの言葉に、顔を火照らせながら、
「それって……ちょっと前の私のことですよね……」

 木札ちゃんがケタケタケタと笑った。

第7章『 ソールドアウト 〜前編〜 』へ続く。。。

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神楽坂ささら
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