生物考察問題の対策
いきなりになるが、大学受験の理科において「大学受験生物は暗記科目」という風潮があり、これについては私もほぼ同意である。何故なら知識がないと問題が解けないからである。ただ知識の暗記をする際に「誤った覚え方」をしてしまうと途端に問題が解けなくなってしまう。特に考察問題に至っては何をどうしたら良いかわからない、結局何が言いたいのかわからない、となる受験生もそれなりにいるのではないかと思う。今回は考察問題の際に意識すべきことと考察問題に対応するためにどんな勉強をすると良いのかについて書いていこうと思う。
私は今でこそ生物を指導しているが、大学受験は化学、物理選択で、大学に入ってから生物を専攻した。大学で学習する生物学のほうが知識としては圧倒的に多い。ただそれを「単語だけ」暗記しても、大学のテストは基本記述問題だったので、ほとんど点が取れないに等しかった。
私が大学院時代の恩師から「原理、原則に従って考えることが大切だ」と教えられてきた。今回はその「原理、原則的な考え方のスタートライン」のようなものを提示できればと思う。
今回は著作権の関係など「大人の事情」で私が作問した問題を用いてデモンストレーションできたらと思う。この問題を見てもらうとわかるが、とにかく「知らない用語」が多いと思う。では、こんな「一見わからないもの」をどのように紐解いていくのかを実際に読者の方々と実践していきたいと思う。
下記が問題である。↓
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問題
近年、「乾燥肌」という肌状態は老若男女問わず様々な人間が訴える肌トラブルだと考えられている。世の中に存在する化粧品企業の中にはこの「乾燥肌」についてフォーカスして化粧品、医薬部外品の研究、開発を進めている企業も少なくない。では、皮膚が乾燥状態であるとはどういった状態なのかを様々な側面から考察していくことにする。
まず、皮膚は図1に示すような構造をしており、大きく分けると上から表皮、真皮、皮下組織と構成されている。特に表皮の上部には角質層と呼ばれるものがあり、この層を構成する角質細胞は死細胞と呼ばれ、核がないことが他の細胞との大きな違いである。この角質層、セラミドを中心とした脂質膜(物理的バリア機能)があることで、皮膚の水分量は保たれるという仕組みである。
また、皮膚の水分を計測する際に大切なファクターとしては2つあり、1つは皮膚がどれくらい水分を保持しているかを数値化した水分量、もう一つはどれくらいの割合で皮膚から水分が蒸散していくかを数値化したものである経皮水分蒸散量(TEWL)である。正常な皮膚状態の人間と、乾燥肌の人間の水分量とTEWLを比較した時、図2のグラフのような結果を得た。
次に内部の側面から考察していく。表皮細胞にはアクアポリン3が存在し、このアクアポリン3の発現が高いほど、肌の潤いや弾力が維持される。また、角層細胞の中には天然保湿因子(NMF)と呼ばれる主成分をアミノ酸とした物質が存在する。これが肌の潤おいに大きく関わっている。NMFは角質層以下のある生細胞に存在するプロフィラグリンと呼ばれる物質が分解酵素によってフィラグリンとなり、それがさらに酵素により分解され産生される。プロフィラグリンからフィラグリンを産生する酵素はカルパインⅠ、フィラグリンからNMFが産生される過程で用いられる酵素はカスパーゼ14ということがわかっている。
そこで、皮膚とNMFの関係性を調べるため以下のような実験を行った。
実験:同じ種類の3次元培養皮膚モデル(RHE)を用い、一つは室温、湿度40~60%(A)、もう一つは低温、湿度10%(B)の恒温槽でそれぞれ数日間培養し、その後それぞれのRHEを破砕しものからDNAを抽出しこれらをサンプルとして、プロフィラグリン、フィラグリン、カスパーゼ14の発現量をPCR法にて測定したところ図3のような結果が得られた。
問1 乾燥している肌状態において水分量が低いのは何故だと考えられるか、説明しなさい。
問2 皮膚の乾燥状態を改善するためにはどのような効果を肌に与える成分を配合した医薬部外品を開発すべきかを考えて理由とともに説明しなさい。
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〈考え方〉
まずは問題文を整理していこう。
1段落目を読んだ時点で、「あれ、自分は乾燥肌のことなんて何も知らない。もう解けない、おしまいだー(泣)」と思った人も多いだろう。それは「生物=知識問題」になっている証拠である。もちろん知識もないと全く解けない問題もたくさんある。ただし、大学入試問題を作成している大学教員側も高校の学習指導要領をよくチェックした上で出題している。したがって、「高校生物で聞いたことがないことだから、絶対に読んでいけばヒントがあるはず!」という意識で読んでいくことが大切である。
そうすると、2段落目から皮膚の構造の話が始まり、図1までついている。まずは図1に角層の話やセラミドの話を整理して書き込んでおこう。また、ここは構造の話なので、何か使えることがあるかもしれないという気持ちで、次に読み進めていくことがポイントである。「わからないから、立ち止まる、諦める」ではそこで終わってしまう。
次の3段落目は図2のグラフが用意されているので、それがどういうものを見ているのかを見てみよう。「1つは皮膚がどれくらい水分を保持しているかを数値化した水分量、もう一つはどれくらいの割合で皮膚から水分が蒸散していくかを数値化したものである経皮水分蒸散量(TEWL)である。」という箇所で水分量とTEWLがそれぞれどういったものなのかがわかるので、チェックする。図2のグラフを確認していくと、正常な肌に比べて、乾燥している肌のほうが水分量は低く、TEWLは高いことがわかる。
4段落目はアクポリンの話が出ている。これは水チャネルなので、ある程度は知っていないといけないことだ。肌の乾燥状態とアクアポリンの関係性は「アクアポリンが多いほど肌の潤いが維持される」というところをとりあえず整理した情報の1つとして追加しておく。
ここからが本題。まずNMFの産生過程が文章に示されているので、これを図式化(お絵かき)しておく。そうすると、下図のようになる。
そして、文章からわかることは、「産生されたNMFは角質細胞にある」ということだ。これも図1に書き込んでおくと良いでだろう。また、カルパインⅠやカスパーゼ14はプロフィラグリンやフィラグリンを分解する酵素だと文章からわかるので、酵素はどんなことをするのかは頭の中でイメージできていると良いだろう。さらにNMFはアミノ酸を主要とした成分と書いてあったので、フィラグリンやプロフィラグリンはアミノ酸を繋ぎ合わせたタンパク質だとも推測できる。
最後に実験内容ついて整理しておこう。実験は室温、湿度40~60%(A)と低温、湿度10%(B)の場合の整理をしていく。もちろんPCRがどんなことをする実験なのかは頭の中でイメージできていないといけない。図3のグラフにはA、 Bとしか記載されていないのでわかりやすいように温度や湿度の状態を近くに明記しておくと良い。これらを比較していくと低温、湿度10%の場合の方がフィラグリンとカスパーゼ14の発現が低下していることがわかる。ということは、上のNMF産生の図と照らし合わせるとNMFの産生は低下し角質細胞の潤いはなくなり、皮膚が乾燥状態となる、とまとめられる。
したがって問1は「TEWLの上昇により皮膚の水分量が低下するだけでなく、皮膚が水分量が減少したことによりNMFの産生の抑制が助長されるためと考えられる。」。
また、問2は「カスパーゼ14とカルパインⅠの酵素活性を高める成分を配合することでNMFの産生効率が上がることが考えられるので、そのような効能が期待できる成分を配合するのが良いと考える。」
下に私がこの問題を解くとしたらどのようなメモの仕方をするのかを示しておきたいと思う。(字は汚いので、そこはご了承いただきたい。)
この問題から「何でもかんでも知識を詰め込むことがいいことではない」ということをおわかりいただけただろうか。今回の問題だと、皮膚科学についてある程度学んでいる大学生以上の人たちは「フィラグリン」やら「カスパーゼ14」などといった単語とそれに対する内容を知らないといけない。だが、それを知っていたら、この問題は解けるのだろうか。ここに考察問題の難しさがある。生物の考察問題においては「大学生以上で学ぶ用語の背景知識」がないと解答できないと思い込んでいる受験生や指導者が一定数いる。例えば、タンパク質などを実験系で観察したいとき、考察問題ではGFPが問題文で用いられることがあるが、蛍光強度を確認したい時はGFPだけではなく、他のものを用いることもある。それをいちいち覚えていてはキリがないし、結局出題者が問いたいのはそこではない。知識過多になりすぎると思考を阻害することもある。知っておかないといけない内容は高校生物の教科書や資料集の範囲内で十分なのである。ただ冒頭にも述べたとおり、「暗記の仕方」が大切なのである。ここで「説明→用語」が出てくればよいと勘違いする人が多いが、それだと問題は「なんとなく穴埋めだけ解けて」終わってしまう。そうすると「自分はなぜこんなに知識を蓄えられているのに問題を解くことができないのか。もっと知識を蓄えなければいけない。自分は生物が苦手科目だ。」と錯覚してしまう。大切なことはその用語がどんなものか説明できることである。イメージとしては、「小学生や中学生に説明するならどんなふうに説明するか」を考えながら覚えていくとよい。これで単なる「字面をなぞるだけで覚えたような用語」から「考察問題で使える用語」に変身する。あとはしっかり読解して状況を整理する力が求められる。そのために普段から「お絵かき」をしてほしい。簡単に書くだけでよい。これだけでもだいぶ違うと思う。また、セミナーやリードなどといった学校で配布されるレベルの問題集で良いのでしっかりと取り組んでほしい。これをしておくことで一見初見に見える問題も初見に見えるのは表面的だけで、内容を整理していくと実は「定番のパターン」になっていることはそれなりにあるからだ。あとはしっかりと考察問題の考え方について教えてもらえる指導者につくのが良いかと思う。これを読んで考察問題嫌いの受験生が1人でも少なくなることを切に願っている。