インクルージブ・スイミング、千葉・馬橋から!
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
新年3日目に、千葉県の馬橋で開催された、仁スポーツネットワーク代表の榎本仁さん主催の水泳練習会「泳ごう会」の練習の最終日に取材に行ってきました。
昨年、引退宣言をしたパラリンピアンの森下友紀さんがコーチ役を初経験するということで、友紀さんが、どんなことを感じながら何をして過ごしているのか刻んでおきたいと思って。
詳しくは後ほどパラフォトの記事にしますが・・ちょっとだけ、この練習会のことをメモしておきたいと思います。
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練習会は年末年始にかけて4日間行われ、最終日のこの日は11時半から13時半まで、20人くらいが4000〜5000メートル泳ぎました。ほとんどノンストップの長距離泳ぎ込み・・・メンバーは、ロンドンパラリンピック金メダリストの田中康大やアジアパラ日本代表のメダリストたち、水上真衣、荻原虎太郎、長尾智之もいてなるほど錚々たるトップパラスイマーたちが参加していた。
トップレベルの選手にとってはめずらしくないレベルの練習なのかもしれない。しかし、そこについてくる大勢のスイマーが、こんなハードスイミングについてくるのか、やる気満々すぎないか??
ーーー聞いてみると、障害者・健常者の比率は半々ぐらい。そう、ここは、まさに、インクルージブ・スイミングの現場だった。
練習会を企画運営する榎本さんは、日本水泳連盟の評議員、競技力向上コーチ委員会メンバーでもあり、20年ほど前に年末年始の練習会の活動を始めた。毎年40人ぐらいが参加している。8年ほど前から、障害者の参加が増えたという。(パラリンピックでいうと、8年前はロンドンの後ぐらいではないだろうか)
今年は新型コロナウイルス感染症対策で特に障害者が使えるプールが少なくなっていて、全体の参加者も半数になっているが、知的障害の選手が多く参加しているという事情があるという。
「もともと、障害者の練習できる場所がなかった。東京オリパラに向けて大きく変わったもののまだまだ十分な理解がすすんだとは言えない」榎本さんは練習会を続ける意義を口にしていました。
友紀さんをスカウトしたのは、もともと千葉の仲間で「ちょうど引退したっていうことで連絡があり、障害のあるトップスイマーのキャリアとして、いい経験になるんじゃないかな」と、思いついたそうだ。
ーー「森下さんにきてもらって、すごく励みになります。心強い!」と、話してくれたのは、あるダウン症スイマーのお母さん。お子さんは背泳ぎの名手でパリを目指しているという。・・ちょっと未確認だけど、パリからダウン症がパラリンピックのクラス分けに入ってくるとか?(あとで調べますが、情報わかる人いたら教えてください!)
とにかく、そんなわけで、2021年始初の取材は千葉、馬橋で始まりました。
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昨年は、自国開催を迎えるはずだったパラリンピックの延期が決まり、自分にとってはこの20年繰り返した現地取材が難しくなりました。
思うに、
2020東京によるパラリンピック・ムーブメント(パラリンピックによる障害者の社会変革)は、自国開催にむけてやっとバリアフリーや多様性への理解が進もうとしているところだと思います。東京2020はその旗印で、オマケと考えるべきであり、、大きすぎる追い風だったに過ぎない。
もともと、バリアフリーに向けて開港が必要だった日本社会だから、過去パラリンピックが東京に近づく機会に少しずつ、きっかけを与えてきた現実の取り組みがあったことを自覚することが大切だと思う。
それらは各地域で、テーマで、バラバラだけど、榎本さんこの練習会のように積み重ねられてきた努力の成果であって、確かな文化だと思う。
経済か文化か、どちらかが優先ではなく、それぞれの必要性を、さまざまな立場から考え、守り、ニューノーマルの社会を構築していけたらと願います。オリパラとして行われてきたことは、経済に求めた部分への対応が重要に思います。
何か理想的な形で行うことができなくても、積み重ねてきたものを見渡せば、ここにも、あそこにも、大切なものは多く余りあると思いました。
写真中央は「泳ごう会」年末年始の練習会で初コーチを務めた森下友紀さん。右は、日本代表へと取り組む荻原虎太郎選手と水上真衣選手(左)。練習会を終えて。
ちなみに、代表候補選考へ向かう二人、つぎは3月の富士記録会に向けて、絶好調な感じでした。
・・ということで、今日も検温、手洗い! で、取材。貴重な機会に見聞きしたことを大切にしていきたいと思います!
今年もよろしくお願いいたします!
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