随手抄5
○滝の糸は 絶えて久しく なりぬれど 名こそながれて なをきこえけれ
滝:大覚寺にあった人工の滝。大覚寺は嵯峨天皇の離宮として造営され、後に真言宗の寺院となった。この歌が読まれたのは、離宮造営から約200年後のことである。現在は名古曽の滝跡として復元されている。
ぬれ:完了の助動詞「ぬ」の已然形。
ど:逆説の確定条件を表す接続助詞。
流れ:滝の縁語。
○あせにける 今だに懸り 滝つせの 早くぞ人は 見るべかりける
(赤染衛門)
あせにける:褪せにける。
かかる:懸かる、斯かるの掛詞。
滝つせ:急流の意味。「はやく」の枕詞。
○あらざらむ 此よの他の 思出に 今ひとたびの あふ事もがな
和泉式部
○やすらはで ねなまし物を さよ更て かたぶくまでの 月を見しかな
赤染衛門
やすらふ:ためらう。ぐずぐず。
ぬ:完了の助動詞。
まし:反実仮想(現実には起こらなかったことを、もし起こればと想像すること)の助動詞。
なまし:〔終助詞「ものを」を伴って〕…してしまえばよかった(のに)。▽実現が不可能なことを希望する意を表す。
ものを:逆接の接続助詞。
ここでは「もしあなたが来ないことが分かっていたら」と反実仮想し、「寝てしまっただろうに」と言っています。
さ:言葉の調子を整えるための接頭語。
かな:詠嘆の終助詞。
○大江山 いくの々道の とをければ まだふみもみず 天のはしだて
(小式部内侍)
大江山:丹和国の入り口也。(おほえ山 こえて生野の 末遠み 道あるよにも あひにけるかな)
いくの:丹波国天田郡(福知山市)生野。行くをかける。
とをけ:とおけ
ふみ:踏みに文をかける。踏みは橋の縁語。
まだふみもみず:(その橋に)行ってもみない。
天のはし立て:丹後国与謝郡(京都府)の名所。日本三景の一つ。
○ふみも見ぬ いく野のよそに 帰る雁 かすむ浪間の まつと答へよ
○八重匂ふ 奈良の都に 年ふりて しらぬ山路の 花もたづねず
○よをこめて 鳥の空音は はかる共 よにあふさかの 関はゆるさじ
(清少納言)
よをこめて:夜の明けないうちに。
鳥の空音:鶏の鳴きまね。孟嘗君故事による。
はかる:だます。
とも:仮定逆説条件を表す接続助詞。
よに:決して…ない。
紫式部の清少納言評:紫式部日記『和泉式部と清少納言』解説・品詞分解(2)https://frkoten.jp/2016/04/17/post-1153/
○逢坂は 人越えやすき 関なれば 鶏鳴かぬにも あけて待つとか
(頭の弁 藤原行成)
○逢ふならぬ 恋なぐさめの あらばこそ つれなしとても 思ひ絶えなめ
(道因)
○今はたゞ おもひ絶なん とばかりを 人づてならで いふよしもがな
(左京大夫道雅)
今はたゞ:今となってはもう。下句の「いふ」にかかる。今は一向。
おもひ絶なん:すっかり思い切ってしまおう。
とばかりを:とだけを。
人づてならで:人を介しての伝言でなく。
いふよしもがな:言う方法があってくれればよいなあ。
○人しれぬ わが通路の 関守は 宵々ごとに うちも寝ななむ
(業平)
(訳文:人に知られることなく私が通う道の番人は、毎晩毎晩眠っていてほしいものです)
○陸奥の をだえの橋や 是ならん ふみみふまずみ 心まどはす
(陸奥国にある「緒絶の橋」というのは、このことを言っているのだな。(恋人との)縁が切れて、橋を踏むことも文を見ることもなくなってしまった。実に心を惑わされるなぁ。)
をだえの橋:緒絶の橋。おは縁のこと。縁切れを意味する。
橋は逢瀬の例え。橋は踏み渡るので文にも通じる、
みちのくの緒絶の橋:宮城県大崎市古川にある。
平安の昔、嵯峨天皇の皇子の恋人白玉姫は、皇子を探し当てられず悲嘆の余り川に身を投げた。玉の緒(生命)が絶えたところから緒絶川、緒絶橋と呼ぶようになった。
嵯峨天皇の御代、おだえ姫が皇后の妬みにあい、陸奥の古川に追いやられた。帝はおだえ姫との別れを惜しみ、勅使を向けることを約すが、その後何年経っても帝の使いはなかった。おだえ姫は固かった契りも今は叶わぬものと想いながらも、毎日緒絶川の畔に出ては、嵯峨天皇の使いを待ち続けながら、この地古川で生涯を終えたという。
玉の緒:たまを貫き通した細ひも。生命、命。