『お遍路小娘』福州
飛行機の上で小さな女の子がよく笑ってくれる。息子よりちょっと小さいかもしれないが、笑顔が可愛らしくて癒される。向こうも僕を見てて、何だか面白いって感じ取ってて、頻々と振り返り、目や眉を動かしたり無心に笑った。若しかしたら、僕が遍路旅に出るのを喜んでいらっしゃるのではないかと思ってしまう瞬間もある。
フライトが少々遅延になったが、1時間半くらい無事に着陸できた。片方で海の上で霧が籠り、片方で町が遠く見えたとき、同乗の人たちが「虹だ」と興奮して写真を撮った。非常口の管理も任された僕は通路席だったので、何も見ることができなかった。無事に着陸できたことだけで感謝している。
多分ドライアイにかかり、整髪の時に思わず涙が出てしまったが、空を飛んでいたら、退屈しのぎに『お遍路小娘』という電子ブックを読み始めた。なるほど、女性のお遍路さんって一人で歩くと身の安全を念じて他人の「お接待」を安易に受けてはいけないこともあるよね。あゆみさんの健脚が羨ましい。僕は今までの1年間ほとんど家を出ていなく、ろくな運動もしていないが、歩き遍路に自信が出ない。
空港に着いたら、宿の方に電話した。3km先の農家ホテルだが、送迎してくれるから評価が一応高いらしい。出発フロアの七号門の前に 30分位待たされた。やっと灰色のバンがやってきて、僕と女性一人を入れた。ホテルに近いから、僕みたいな乗り継ぎのある客がよく利用するらしい。第一、料金が安い。アプリ割引を利用すれば、2000円位で泊まることが出来る。
しかし、最終的に着いたのは店の名前も違う怪しいホテルだった。バカものなので、何の文句も言えなかった。9階のフロントでID情報や電話番号の登録(筆記!)が済んだら、カード一枚が渡されて、4階の何号室ですと言われた。また、明日6時に空港まで送ってもらうよう約束があった。女性とエレベーターに乗ったら、僕は「まったく片田舎だなぁ」と小さな声で本音を漏らした。ほら、エレベーターのなかの埃を見てもいかに環境が悪いかがわかるだろう。
荷物を部屋に置いておいて、ちょっとぶらぶらしたいと思って、夜の徘徊を始めた。ニセホテルの町になっている元漁村は街頭も付いていて、そんなに怖くなかった。食店がないじゃないかと心配しながら、歩き出したら、CA姿の二人の女性に出会った。ラッキーというか。やはり空港に近いから、スタッフが部屋を借りて住むケースも多いらしい。
街の角でようやく「特色小炒」という店を発見。海鮮がいいかもという思いで、普通選べないこんな地元のお店で龍頭魚の醤油水掛けを頼んだ。結果から言うと、結構平凡な味だった。お腹を壊していない分、ありがたいかもしれない。
決済を済まして、おかみさんに「海はどこ」と尋ねたら、隣のテーブルを囲んで食べていた上半身裸な男達が驚いて、ヤツが海に行くと?みたいな歓声を上げた。道はまっすぐで、信号を過ぎてもずっと前に行けばそこにあるのだと教えてもらった。
流石に僕もウェイストバッグを付けたまま海へ赴く。信号までの道は街灯が付いていて、まだマシだが、信号を過ぎてから真っ暗で、僕はライトもないまま歩んで行くしかない。(宋の時代の地下宮殿顯聖宮が近くある。)橋のあるところに悪魔の落書きもあって、その辺からちょっとぞっとして、歩みも少し早くなった。人影が全くなかったし、通うクルマも少なかった。もしこんなところで強盗にでも遭われたら、本当に厄介なもんだと思い、夜の海を観たいと申し込んだ最初、みんなに笑われた理由もこれで分かった。ちょっとわがままに出すぎて、偶々自身を危ない境地に落としてしまう自分の考えの甘さを少し後悔した。
ようやく光も見えて、何かの道具を持っていて道を横切る男が前に現れた。地図を確認したら、男に付いていけば海になることが分かり、僕も道の向こうに行って、奥行き100メートル以上のビーチが闇のなかに現れた。白い波が押し寄せる様子を見て、思わずワクワクした。潮が引いたらしく、数人が浜辺で遊んでいた。海が見えてもう大満足だった。遍路にとって、海は大事な要素になっている。やはり、大師の導きがあってこそここに辿り着くことが可能になったかな。
恐る恐る闇の道を辿って帰ったら、一つの街道樹が光を受けて、若い坊主に見えてしまった。また、田んぼのなかに設置された訳の分からないライトアップされた桟道があったが、鳥居に似たようなものが2箇所もあって、それをくぐるとき、感謝の念が湧いてきた。