お聖堂の思い出
※366日間チャレンジ、58日目。
昔録画していた、イギリスのカンタベリーあたりを散歩するテレビ番組を、久しぶりに夫と見返した。
夫はカンタベリー大聖堂が大好きで、何度も足を運んでいる。
私は大学の英文学概論で『カンタベリー物語』について学んでから、行ってみたいと思っていたので、結婚してから夫と一緒に2回カンタベリーの地を訪れた。
カンタベリー大聖堂は、大きくて寒い。
石造りの教会はどこもそうだけど、とにかく底冷えする。
でも、お祈りをする聖堂内も素晴らしく居心地が良いし、回廊がとにかく最高に美しくて良いのだ。
ハーブガーデンも、小さくて居心地が良い。
これまで世界のあちこちの教会の聖堂に入らせていただいたが、母校のお聖堂(みどう)が一番思い出深い。
清泉女子大学のお聖堂は、基本的には、訪れた人は誰でも入ることができた(今はどうか知らない)。
いつも百合と蝋燭の良い香りがして、木造建築らしいほんわかした温かみに包まれた、小さくて居心地の良い空間だ。
昼休みや放課後などに、こっそり入って、なにやら祈ることもあれば、ただぼんやり座って頭の中を整理させてもらうこともあった。
人がいる時もあったし、私ひとりの時もあった。
どうにもならない悲しいことがあった時に、お聖堂でこっそり泣いたこともあった。
ある時、他愛もないことなのだけど、友人とうまく付き合えなくて、お聖堂でひとりこっそりメソメソ泣いていたら、どなたかは存じ上げないのだが、女性の先輩?か先生??か分からないが、そっとハグしてくださり、慰めと励ましの言葉をかけてくださったことがある。
私はビックリしたし、そんな深刻なことでもなかったので、なんか心配かけてすみません・・・みたいな気持ちになったのだが、今となっては思い出である。
お聖堂は、いろんな人が、いろんな思いを抱えて来る場所なのだろう。
安心して祈れる場所が身近にあるというのは、本当にありがたいものだ。