ヒトヨシ スリムフィット ドレスシャツ
シンデレラは彼女のためだけに作られたガラスの靴を履くことで、王子に本人だと示した。
既製品などを試着した時に申し分ないサイズ感であることを、彼女からとってシンデレラ・フィットと呼ぶことがある。
しかしながら、多くの既製品は万人に合うよう創意工夫されたカタチをしているから、想定に近い体型である限りは身体に合うのである。
つまり、匠の技を持つ職人やモデリストが、我々を「シンデレラかもしれない」と思わせているのだ。
残念ながら、試着した我々はあくまでもただの中年男性であって、決してシンデレラではないのである。
それは、このシャツと僕の関係も同じだと思う。
学生時代、アルバイトに使うドレスシャツを探していた。
とりあえず手頃な値段できちんとした見た目のシャツが欲しかったので、ファストファッションを色々見比べ、結果的に無印良品のシャツを買った。
偶然にも、ネック、バスト、ウエストは完璧なフィッティングだった。
4千円程度だったと思うがそれにしては良質な生地やパターンで、当時学生の僕には気に入らない理由がなく、アルバイト以外でもよく着ていた。
とはいえ、しばらく着れば不満は当然出てくる。
綿100%とはいえ、パサパサな形態安定加工された生地。
無機質なポリエステルのボタンが付き、カラーとカフはプラスチックが付いているかのような接着芯だった。
何よりまぬけな胸ポケットが縫い付けてあるのが気に食わなかったので、購入してすぐにハサミで取り除いた。
工場で人が熱心に縫い付け、僕が怒り狂って取り除くという、全く無駄な作業である。
ボタンに関しては、ボタンの卸で白蝶貝のボタンを買ってきては付け直して対応した。
とはいえ、当然それだけでは満足できず、これと同じフィッティングのボディでより良質なシャツが欲しくなるのが人間というものだ。
例に漏れず、僕は国内の実力派ファクトリーを調べ、それぞれのネットショップを回った。
無印良品のシャツを採寸し、サイズ表と見比べた。
そしてある時、まるで無印良品が「この商品をコピーしたのではないか」と思えるほど同じサイズ感のシャツを見つけた。
それが、ヒトヨシ。
スリムフィット ドレスシャツ。
…スリムフィット?別に僕はスリムではない。
が、調べていて気が付いた。
どんなシャツを着ても、バストやウエストがダボダボになってしまう理由を。
僕は、人と比べて首が太いのだ。
大抵のシャツはネックサイズと裄丈でサイズが決まるので、首が太くなれば太くなるほど肥満体型を想定して作られる。
スリムフィットは、その肥満体を少し痩せさせてカタチを想定する。
ヒトヨシのスリムフィットは他のブランドと比べてさらに細く、かなり痩せたカタチを想定しているのである。
結果として、首が太く特にスリムでもない僕のサイズに近くなっていた。
これだ、と思った。
すぐに阪急メンズに向かい、試着させて欲しい旨を申し出た。
店員さんには「これはかなり細いですよ…」と疑いの眼を向けられたが、食い下がった。
実際に試着するまでの「合うわけがないだろう」という空気が重かったが、試着すると彼女も途端に目を丸くする。
「ぴったりですね」
…ほらみろ。
買って帰る道中、ヒトヨシとはどんなブランドなのか?とネット検索をした。
どうやら、3万円の品質のシャツを1万円で売っている、という謳い文句があるらしい。
正直、3万円のシャツなんて持っていないが、その辺りになると手縫いも入ってくるので違うのではないかとも思う。
そう思うのだが、持っていないのだから反論しようもない。
しかし、僕でも良質なのは分かる。
まず生地だが、ブランド生地ではないものの、おそらく国産の滑らかな上質なブロード生地だ。
立体感のあるカラー。
そして柔らかな芯が、首を包み込んでくれるようだ。
カフも先がすぼんで立体的に手首を包む。
これは着すぎて擦り切れたのでリペアした。
一番下のボタンホールは横向きに空いている。
ボタンを止める際に、一番下だとすぐ分かるようにする気遣いのディテールだ。
ボタンは白蝶貝。
鳥足付けという、着脱しやすいボタン付けだそうだ。
が、特にその実感はないので飾りに近い。
後付けの袖。
ヒトの腕は前振りなので、袖だけ後で付けて前に振っている。
これのお陰だけではないと思うが、確かに腕が動かしやすい。
補強のためのガゼット。
正直なところ補強する意味がないほどに頑丈だが、こだわっているところを見せたいのだろう。
木を見て森を見ず、とは言うものの、細かいところがよくできている。
そして改めて森を見ても、やはり美しい。
こんな上質なシャツが、シンデレラのようなフィット感。
もしかすると、きっと僕だけは、本当にシンデレラなのだと思う。
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