音楽による抵抗: MLAと政治 【居心地の悪い本土主義: My Little Airport私論⑥】
My Little Airportの作詞・作曲担当者である阿Pは、かつてあるインタビューで、「僕は音楽を使って、体制に反抗する」と述べたことがある。
事実、MLAを有名にしたのは、何よりも権力への歯に衣着せぬ批判だった。天安門事件の20周年にあたる2009年、MLAは、同事件を避難するよりも中国の今の経済的成功を評価すべきという主旨の発言をして批判を招いていた当時の行政長官ドナルド・ツァン(曾蔭權)を痛烈に罵倒する『ドナルド・ツァン死んでくれ』をリリースした。
Donald Tsang, please die.
(ドナルド・ツァン、死んでくれ)
我哋實上街
(俺らは必ずデモするよ)
Donald Tsang, please die.
(ドナルド・ツァン、死んでくれ)
When will you be fired?
(あんたいつクビになるの?)
假設Donald今日你俾人斬咗只手
(ドナルド、もし今日あんたが誰かに手を切られて)
二十年後果個人發咗達又做埋特首
(20年後そいつが出世して行政長官にまでなったら)
你會否因為佢既成就 然後叫自己不要追究
(成功してるからいいやって 罪を追求しないのか?)
Youtubeにアップロードされたこの曲はネット掲示板などで話題となり、MLAは一気にネットの有名人となった。
なお、ドナルド・ツァン政権で財政長官を務めたジョン・ツァン(曾俊華)が2010年に台湾を訪問し、有名書店チェーンの誠品書店でCDの試聴体験をした際、女性店員が意図的か偶然かこの曲の入ったアルバムを再生してしまい、大変気まずくなったという伝説的エピソードが残されている。とにかく話題にことかかないこの曲により、MLAは反体制派ミュージシャンの急先鋒となる。
彼らの反体制主義は、政治的なイデオロギーというよりは、生活の中のごくごく個人的な生きづらさを題材にしている。『社会主義青年』(2009)という曲は、社会主義者を名乗る青年を主人公にしているが、彼がそのような思想を持つにいたった原因はマルクスではなく自分が失業しっぱなしなことである。
基本上我是一個傾向社會主義的青年
(基本的に 僕は社会主義的傾向の青年だ)
雖然馬克思的共產黨宣言只看過一遍
(マルクスの共産党宣言は一回しか読んでないが)
但世界需要改變
(世界は変えなければならない)
不要讓我失業超過半年
(僕が半年以上失業したままなんておかしい)
雨傘以降の、というかまさに今の香港をみていると信じられないかもしれないが、当時の香港の青年の中にはそんな日常の不満を直接的な抗議行動で表明しようとする者は決して多くはなかったらしい。2012年のアルバム『寂しい金曜日』収録の『牛頭角青年』にはそんな不満が歌われている。
牛頭角都玩厭了
(牛頭角*ももう飽きた)
我們還可以去邊?
(次はどこへ行こう?)
全世界都有暴動的青年
(世界中には暴動の青年たち)
但香港幾時先出現?
(香港にはいつあらわれる?)
再過春天 再過秋天
(また春が過ぎ 秋が過ぎても)
這裡都不會改變
(ここはそれでも変わらない)
或者永遠都不變
(永遠に変わらないかもね)
如果我們都只願做旁觀的青年
(僕らが傍観する青年であり続けたら)
*九龍地区の地名。
2014年の雨傘運動で若者たちは傍観をやめ、ついに「立ち上がった観客たち」*となった。この動画のコメント欄にも、4、5年前に「ついに現れたぞ、”暴動の青年”が!」というようなコメントがいくつもみられる。
雨傘運動には、MLAも積極的に関わった。2014年10月のコンサートでは、行政長官の梁振英に向けて「屌你」(fuck you)と歌った。占拠行動の中心のひとつとなった金鐘のコンノート・ロード・セントラルの様子を実況風に歌う『今夜はコンノート・ロード・セントラルで一緒に眠ろう』(”今夜到干諾道中一起瞓”)という曲も発表している。
對不起這位市民
(そこの市民の方 ごめんなさい)
我知我阻礙你 很不忿
(迷惑かけてますよね 不本意です)
但我也是為這下一代人
(でもこれも次の世代のため)
我也無愧於心
(恥じる気持ちはありません)
明朝要清場我或會走人
(明日の朝に強制排除なら 僕も逃げるかも)
然後 晚上又來瞓
(でも 夜になったらまた来て寝よう)
翌年には、『すばらしい新香港』が最優秀楽曲賞にノミネートされて香港電影金像奨の式典に出演した際に、ニコルによる歌唱終了後に阿Pが不協和音混じりにアレンジした英国国歌をピアノで演奏した。この模様は大陸でも放送されていたため(というかむしろ香港のテレビ局は国歌演奏開始直後にCMに切り替えたので見れなかったようだ)問題になり、中国共産党の機関紙『環球時報』から直々に「英奴」(イギリスの奴隷)と批判されている。
そして、雨傘運動以来、香港が再び催涙ガスに包まれている昨今、MLAもいくつかの楽曲をYoutubeにアップロードして抗議運動を支持するメッセージを発信している。その中の一つ、5言語で「何もいうことはない」と黙秘の宣言を繰り返すセリフから始まる(日本語の”は”の発音がちょっと残念だ)『今夜雪糕』は、いつ逮捕されるかわからないデモ参加者の心理を歌ってる。
今夜我可以吃更多雪糕
(今夜はたくさん アイスを食べよう)
想像明天中午會被捕
(明日の正午 捕まるかもしれない)
還有些心願未做
(まだやりたかったことがある)
還未去埃及 希臘 秘魯
(エジプトにも ギリシャにも ペルーにも行けてない)
「雪糕」(syut3gou1)はアイスクリームを意味する広東語だが、発音は”should go”にも通じる。逮捕は怖いけど、それでもデモに「行こう」という宣言だろうか。
今年11月のライブも発表されたが、そのタイトルは「催涙の味」(催淚的滋味)だ。MLAの「音楽による抵抗」はまだ続いている。
【居心地の悪い本土主義: My Little Airport私論】
前:⑤かれらが旅に出る理由:MLAと旅行
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*倉田徹・張彧暋『香港:中国と向き合う自由都市』岩波新書、2015年。第5章「雨傘運動:立ち上がった観客たち」
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