十二人のイケメンたち:パロディから見るMirror現象 【未定義的衝撃:Mirror現象と国安法時代の香港カントポップ(2)】
ある芸能人がどれだけ売れたかを判定する方法はさまざまあるだろうが、「パロディのネタにされるかどうか」はなかなか有効な指標なんじゃなかろうかと思う。
パロディというものは、元ネタをみんなが知っていないと成立しない。だから必然的にその対象になるのは、好き嫌いは別として、誰もが存在は知っている有名な人物やら作品やらということになる。
要するにパロディは誰もが知っている「あるあるネタ」の宝庫なのだ。
ということは、Mirrorを題材にしたパロディで何がネタにされているかを見れば、Mirrorに対して多くの香港人が共通して持っている知識や認識を取り出すことができるのではなかろうか。少なくともそこでネタにされている事柄は、多くの香港人が知っている「Mirrorあるある」であるはずだ。
この記事では、今年11月にリリースされた『Black Mirror』というパロディ曲を題材に、そんなMirror現象の「リバースエンジニアリング」を試みたい。
この曲をリリースしたのは、MC $oho & KidNeyを名乗る二人組である。
このインタビュー動画によれば、彼ら二人はニューヨークで音楽活動をしていたが、Mirrorブームで香港の音楽業界が大変なことになっているとの連絡を受け、急いで帰国を決めたのだという。
彼らは香港に重要なメッセージを伝えにやってきたのだ。
「香港の音楽業界が”12人のイケメンたち”だけになってはいけない」
……「少なくとも14人だろ(俺たち2人を入れて)」と。
まあこんな具合で終始ふざけた調子の二人である。ちなみにニューヨークのミュージシャンうんぬんも真っ赤な嘘(というか設定)で、その正体は香港の屯門在住のYoutuberである。
本名を蘇致豪と許賢といい、Youtubeに動画投稿を行うクリエイター集団「試當真」(Trial and Error)の一員として活動していたが、今年から「MC $oho & KidNey」というユニットとしてコミカルなラップを発表するようになった。
『Black Mirror』は彼らが今年11月23日にYoutubeで公開した歌で、歌詞は全面的にMirrorブームに対する風刺になっている。
以下、歌詞の細かいネタをみながら、Mirror現象の特徴として認識されているものを掘り起こしてみたい。
(1)Mirrorは誰もが名前を聞いたことがあるほど話題になった
歌詞の冒頭部分では「咩話」(メワー)という広東語が繰り返されている。
「なんて?」「今なんて言った?」と相手の言ったことを聞き返す表現で、英語でいうと「Pardon」「Excuse me」のような言葉である。
この「メワー」は、広東語っぽく発音した「Mirror」と音が似ている(香港人の発音するMirrorは私の耳には「ミラー」と「ミワー」の中間くらいにきこえる)。要するにダジャレである。「そのミラーってのは誰なんだ、聞いたことがないね」というようなシャレ、掛け言葉になっている(たぶん)。
(チョイ・フォンワー以下4名は、全員1960年代初頭生まれで80年代に活躍した歌手や俳優である。漢字の名前が全員「華」(ワー)で終わっているので「メワー」と韻を踏んでいる(からあえて訳では名前の広東語読みを示した)。なぜこの4人なのかは私の知識ではよくわからないが、Mirrorファンに80年代からタレントを追いかけている年齢層のマダムも含まれているという風刺なのかもしれない。)
こういうシャレは、もし「Mirror」という名前を本当にみんな聞いたことがなければ、全く成立しないはずだ。「え、Mirror?メワー?」と聞き返すだけでおもしろくなってしまうほどに、「Mirror」という名前が香港人なら誰でも知る当たり前の名前になったということなんだろうと思う。
また歌詞にはMirrorに関連する固有名詞をもじった表現もたくさん含まれている。
たとえば上に引用した中で言うと、Mirrorの結成のきっかけとなった番組『全民造星』、Mirrorのメンバーが活動を行ったショッピングモールである「ハーバーシティ」(9月にここで行われた活動中にメンバーの1人の姜濤が疲労で倒れたことが大きな話題を呼んだ)、Mirrorをフィーチャーしたリアリティショー『調教你Mirror』(あなたのMirror、鍛えます)、Mirrorのメンバーが出演したドラマ『大叔的愛』(おっさんずラブ)などである。
Mirror現象がメディアやSNS上で盛んに報道されたこの1年、こうした固有名詞は、実際にそういった番組やらをみたことがあるかどうかは別にして、誰もが耳にしていた、ということだろう。
(2)Mirrorは12人組の大所帯のグループである
この『Black Mirror』のMVは全体にカンフー映画のパロディになっており、ベテランカンフー俳優の羅莽もゲスト出演している。
冒頭は、伝説の武術家・葉問(イップ・マン)の生涯を描いた2013年の映画『グランドマスター』(一代宗師)のパロディである。「カンフーには、二文字しかない。縦か、横か。間違えた者は、横になるだろ。立っていられた者こそが正しい。違うか?」(=カンフーに正しいスタイルはなく、勝ったものこそが正しい)という同作の有名なセリフが引用されている。
中盤の乱闘シーンは同じ葉問を題材にした映画『イップ・マン 序章』で、葉問が空手道場で10人を相手にした組手を行うシーンのパロディだ。よく見ると白服の男たちは12人いて、Mirrorのメンバーの数と同じになっている。大所帯のMirrorを2人組の俺たちが倒す、という意味だろうか。
Mirrorが12人組であることに対する風刺は、歌詞の中にも出てくる。
こうして「12人」という人数がとりわけ話題になる理由は、香港においてグループでヒットするアイドルというのはほぼ前例がなかったからだろう。
大所帯のアイドルグループというのは、日本では男女を問わず珍しくもないけど、香港ではたとえば80年代に活躍した張國榮(レスリー・チャン)や譚詠麟(アラン・タム)から90年代の「四大天王」まで、スター歌手たちはソロ活動を基本としていた。
もちろん人気を博したバンドはいるにはいたが、アイドルグループはというと近年ではせいぜいTwins(とその亜種)のような二人組までだし、12人組もの大所帯というのはたぶん香港では前代未聞だ。
ただMirrorも、12人のメンバーのうち6名がソロ曲を発表し、グループでの活動と並行してソロ歌手としての活動も行っている(Mirrorにはラップやダンスをメインに担当しているメンバーもいるので、歌メインのメンバーはほぼソロ売りされているとも言える)。
2021年1月にリリースされたグループのファーストアルバム『One and All』も、前21曲中、グループ曲はCD1に収録された6曲のみで、CD2の15曲は姜濤(キョン・トウ)、陳卓賢(イアン・チャン)、江𤒹生(アンソン・コン)、盧瀚霆(アンソン・ロー)、柳應廷(ジェール・ラウ)の5人のメンバーのソロ曲である。
そして、前回の記事でみた年間ランキングでも、グループ曲よりもソロ曲の方が再生回数が多かったりもする。2021年の年間再生数トップも、Mirrorのメンバー呂爵安(イーダン・ルイ)のソロデビュー曲『E先生連環不幸事件』(Eさんの連続不幸事件)だった。
(*余談:この部分、意味の通らない変な歌詞になっている。作詞家本人いわく、本来「功半但事倍」(半分の成果に労力は倍)とでもすべきところ、間違えて逆にしてしまったらしい。そして歌う本人も周りも誰もこのミスに気づかずに、リリースまでいってしまったという。この歌は元々テレビ番組でゲームに挑戦したイーダンが連続して不運に見舞われ連敗したことから着想を得た歌だったが、ファンからはこの作詞ミスもイーダンの不幸伝説の一部とみなされているとかいないとか)
その意味ではMirrorは、新しい大所帯のアイドルグループとしての路線と、従来型のカントポップスターの王道であるソロ歌手としての路線という二刀流の戦略で売り出されているとも言えるかもしれない。
(3)MirrorはK-Pop風のポップな楽曲がウリである
大所帯なグループとしてのMirrorの構成は、アジアを中心に国際的に流行するK-Pop流のダンス&ボーカルグループをモデルとしたものだろう。
サウンド面でも、ダンスありラップありのMirrorの楽曲は、しばしばK-Pop風だと評されている。New York Timesも、Mirrorを紹介した記事の中で「広東語で歌うBTSを思い浮かべてほしい」(Think BTS singing in Cantonese)と書いているほどである。
(たとえば『Warrior』の作曲家にはTwiceなどの楽曲を手がけるVal Del Preteが参加していたり、人材面でもK-Popの影響は顕著である)
歌詞の面でも、グループ曲を中心に、詩としての美しさ以上にリズム感や語感を重視したノリのいいものが多くみられる。
こうした表現は、香港の人にとってはそれなりに耳に付くようで『Black Mirror』でもしっかりパロディのネタにされている。例えば『Megahit』のオノマトペは、曲の冒頭から繰り返されるフレーズなどに引用されている。
後半「らっらららっらっ」と音飛びのように繰り返されている箇所は『IGNITED』の「焫焫焫焫焫焫著」(らららららっじょっ)のパロディである。
カントポップは文語調の歌詞を持つラブバラードが主体であったため、こうしたリズミカルなオノマトペの多用はやはり特別に目につくのだろう。
一方で、メンバーのソロ曲には、先述のイーダンの『E先生』をはじめ、カントポップの王道的なバラードも多い。楽曲の面でも新鮮なK-Pop風のグループのイメージと、カントポップ的なソロ歌手のイメージが使い分けられているのだろう。
(4)Mirrorは広告にも多数出演し、経済効果も大きい
『Black Mirror』の中では、香港が「どこもかしこも」Mirrorだらけになったことが繰り返し歌われている。
それはただ彼らの話題であちこち持ちきりになったというだけではなく、物理的にもそうだった。大ブレイクしたMirrorは盛んに広告起用がされ、今年は香港中の駅や屋外看板の広告がMirrorのメンバーになった。
こうして香港の街中にMirrorのメンバーの顔写真が広がったことも、今年のMirrorが広い知名度を獲得したきっかけだろう。テレビを見たり、音楽を聴いたり、アイドルに興味を持ったりしない人でも、街を歩けば「またこいつらか」と存在を認知する。この『Black Mirror』の歌詞からは、今年のMirrorがそんなどこに行っても半ば強制的に目につく存在でもあったことがうかがえる。
香港の広告調査会社admanGoの計算によれば、2021年の上半期、広告投資額が多かった上位50企業のうち半数以上の27社がMirror(と兄弟グループError)のメンバーを起用していたという。またMirrorの広告起用熱に後押しされてか、香港全体の広告投資額も前年同時期比で35%増加するなど、Mirror現象は香港経済にも大きな影響を与えている。
Mirrorを広告起用する企業には、バーバリーやグッチなど高級ファッションブランドも含まれていて、2021年5月のワンマンライブのメンバーの衣装も「ファッションショー」さながらだったと香港の英字新聞『South China Morning Post』は伝えている。
香港のラッパー、Novel Fridayが2021年10月に発表した『Mirror Freestyle』というラップには、そんなMirrorの商業主義をディスるラインが複数含まれている。
(『Black Mirror』がややコミカルなパロディであるのに対して、こちらのラップはよりラッパーらしいストレートな悪口で、たぶん人によっては不快だろうし、詳細にはとりあげないことにする。私もここまで言わんでもと思う。)
こんな批判も呼んでしまうほどに、Mirrorの商業的成功には目覚ましいものがあったということだろうか。
人口750万人の香港では、音楽市場も元々規模がさほど大きくはなく、大きな商業的成功を納めるには、台湾や大陸、東南アジアといった外部の市場への進出が不可欠だとされてきた。90年代半ば以降はCDの売り上げが激減したこともあってさらに市場規模は縮小しており、近年の香港の歌手には人口の桁違いに多い大陸市場に生き残りをかける傾向も見られた(参考:一路逆風:G.E.M.と新北進想像)。
Mirrorは、他業種を巻き込みファンの購買力をフル活用すれば、香港内部の市場規模でも十分に「売れる」ことができる、という新しいモデルを示したと言える。
(5)Mirror経済圏を支える献身的なファンたちがいる
そんな「Mirror経済圏」とも呼ばれるMirrorの商業モデルを支えるのが、「推し」のためならあらゆる支出を惜しまない熱心な追っかけファンの存在である。
「鏡粉」(Mirrorファン)たちは、音楽を聴き、ライブに足を運ぶだけなく、推しを「応援」するために、彼らが広告塔を勤めるブランドのイベントに出席したり、商品を購入したりといった様々な活動を行う。
ある地元紙の報道によれば、鏡粉たちは推しが広告出演するものならイヤホン、スキンケア用品から香水までなんでも購入し、記念品がもらえるとなればファーストフード店に朝早くから並んだり、男性用下着を1000香港ドル(約1万5000円)分購入したりもする。こうしてファンの落とすお金をあてにして、Mirrorの広告起用はどんどん増えていき、さらにファンがお金を落とすという循環が起こる。
また鏡粉たちは、推しが広告起用された商品を購入するだけでなく、推しの誕生日やソロ楽曲のリリース日にはファン同士で寄付金を集めて屋外看板に巨大広告を掲載したりもする。そのため香港はさらに「どこもかしこも」Mirrorのメンバーの大きな顔写真だらけになる。
(盧瀚霆(Anson Lo)の誕生日である2021年7月7日に合わせて、
彼のファンたちが出資して掲載した大型広告@尖沙咀)
こういった「推し活」文化は、日本や韓国のアイドルにはしばしば見られるものだけど、香港の場合は先述の通りそもそも大所帯のアイドルグループ自体前例がなかった。だからアイドル歌手の追っかけファンはいても、同じグループの異なるメンバーを推すファン同士の競争意識が煽られることはなかったろうと思う。
だから鏡粉のこうした献身ぶりは新しい社会現象として注目を集めている。特に2021年7月にFacebook上で「我老婆嫁左比Mirror導致婚姻破裂關注組」(妻がMirrorに嫁いで婚姻関係が破綻する問題を注視するグループ)と題されたプライベートグループが作られたことは大きな話題を呼んだ。
もちろんこのグループ名は冗談で、本当に完全に破綻したわけではないと思うのけれども、配偶者がMirrorの追っかけに精を出していることに困った男性たちが参加し、悩みを共有し合うグループらしい。このグループのメンバーは結成後すぐに30万人に達し、「鏡粉」をパートナーに持つ男性たちを指す用語として「前夫」という言葉が定着した。
香港のネットメディア『100毛』(毛記電視)では2021年7月14日に「前夫」の一人を呼んで聞き取りを行なっている。
この聞き取りによれば、彼の妻(あるいは「前妻」)に大きな変化が生じたのは、やはり2021年の1月に入ってからで、Mirrorは突然「台風」のように強大な力を持ち始め、家中を侵食していったったという。家のあちこちがMirrorの写真で埋め尽くされ、日用品もMirrorが広告塔を務めるブランドのものばかりになり、休日の予定も彼女をMirror関連の聖地巡礼に送迎することで埋まっていった。男性は「僕は仕事以外の時間を全部君に捧げてきたのに、君は12人の男を家に連れ込んで何をしているんだ」と言ってやりたいと思いつつも、もちろん今後の夫婦関係を思えばそんなことは言えず、悶々としながら暮らしていると嘆いている。
こうした「前夫」たちの嘆きもMirrorあるあるの一つであり、『Black Mirror』にもそれをネタにした歌詞が見られる。
* * *
このように社会現象化し、経済を動かすほどの盛り上がりを見せたMirrorブームではあるが、おそらく多くの人が気になるのは、これが世界の注目を集めた2019年のデモ以降の香港の政治状況といかなる関わりがあるかだろうと思う。
Mirror現象は、香港における政治の時代が終焉し、人々がただただ経済活動に勤しむかつての時代に逆戻りしたことを示すものなのだろうか。
あるいは、政治運動と地続きで捉えるべき面もある現象なのだろうか。
次回以降の記事では、政治的文脈からMirror現象を取り上げよう。
* * *
目次「未定義的衝撃:Mirror現象と国安法時代の香港カントポップ」
はじめに:暗い時代に歌う歌
(1)歌だけは残った:統計から見る2021年の香港音楽
(2)十二人のイケメンたち:パロディから見るMirror現象 ←今ココ
(3)青い鏡と黄色い鏡:Mirrorと(脱)政治
(4)香港の歌手は死んだのか:ニュースターたちの誕生
(5)それじゃあ、またな:表現の不自由と社会風刺
おわりに:「鏡」に映るもの
[バナー画像出典:am730(CC BY)に基づき筆者作成]
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