「これが私のパラダイス」:2022年1月〜3月の香港カントポップ(2)【注目の新人編】
今年の1月から3月までの香港音楽業界の動向を見ていくこのnote。前回の記事では香港のSpotifyのウィークリーチャートの結果を見ながら、チャートの最上位で存在感を放ったMC、イアン、姜濤の3人を中心に取り上げた。
この後編では、チャートの順位はまだ芳しくない人も含めて、これからが楽しみなアーティストたちに焦点を当てたい。
(1)注目度No.1、MIRRORの女性版「COLLAR」
2022年に入ってからデビューした新人の中で、最も関心を集めているのが、8人組女性グループのCOLLARだ。
2021年の6月から12月にかけて、ViuTVで放送された公開オーディション番組『全民造星IV』をきっかけに結成された。このオーディションは、MIRRORブームの最中に開催され、かつ当初からMIRRORの妹分に当たる女性グループを選出するためのものであると明言されていたため関心も高く、4000名を超える応募があったという。最終的に96名がオーディション参加者として選出され、最終決戦に勝ち残った20名のうち、8名がCOLLARとしてデビューした。
デビューシングルの『Call My Name!』は1月12日にリリースされると、急上昇してSpotifyでもMC3作の牙城を崩してトップ3入りを果たしている。
しかしその後の再生数の推移を見ると、第3週(1月14日〜20日)に3位入りして以降は落ち込み、第7週(2月11日〜17日)以降は10万回を割り、ランキングも20位以下に後退している。グループへの関心は高かったため、当初は再生数が伸びたが、長く定着して聴かれる楽曲としては評価されなかったということだろう。
3月18日には2枚目のシングル『Never-never Land』をリリースした。こちらも直後に再生数トップ3入りをしており、相変わらず関心の高さが窺える。
K-Pop風のダンスチューンだった『Call My Name!』とはうってかわって、スローテンポでリラックスした雰囲気のR&Bとなっている。歌詞も、困難な状況の中で夢想することの大切さを説く内容で、動画のコメント欄を見ても「リラックスできる」「Chillな感じがとてもいい」などの感想が多く寄せられているから、オミクロン株の爆発的な流行による生活の制限など、ストレスフルな状況が続く昨今の香港社会にもよく合っていたのではないかと思う。リリースされたばかりなので、今後の推移はまだ不明だけど、デビュー曲よりも息の長い楽曲になるかもしれない。
MVもダンスを前面にフィーチャーし、クールなイメージを強調した前作とは打って変わって、さまざまな奇行を繰り広げるメンバーたちを写したTikTok風の短い動画の組み合わせで構成されており、各々の個性や素の表情がより想像できる内容になっている。
女性アイドル業界は、男性アイドル以上に、日本や韓国のアイドルグループの国際的な影響力が強い。香港からも00年代にはモーニング娘。を模して作られたCookies、デビュー前に日本でトレーニングを積んだHotcha、10年代にはK-PopスタイルのSuper Girls、As Oneなどがデビューしてきたが、いずれも本家本元のアイドルに匹敵するほどの成功を収めることはできなかった。
COLLARの成功は、日韓のアイドルグループにはない新しい価値観を提示できるか否かにかかっているだろう。
香港の新聞明報系列の週刊誌『明報周刊』に掲載された記事によれば、オーディション番組の放送中には、やはり韓国や日本のアイドルのイメージから、ネット上では可愛らしさ青春感などを求め、参加者をあれこれと批判するような声も目立った。しかし結成後のCOLLARのファンたちに話を聞いてみると、多くは外見や歌唱力、ダンス能力など以上に個々のメンバーの性格に惹かれていると語ったという。
この記事では、デビュー曲の『Call My Name!』の歌詞は、「You’re falling, falling in love with me」など、聴衆に関心や愛を呼びかけるものであり、アイドルの王道である「欲望の対象」(object of desire)としてのイメージから逃れられていない、とも指摘していた。
記事は『Never-never Land』のリリース以前に書かれたものらしく、この新曲には言及していないが、メンバーのリラックスした雰囲気を強調した第2作は、まさにファンたちが求めるような方向への軌道修正の作品とも言えるかもしれない。
COLLARはMIRROR同様に、メンバーは年齢、経歴とともに多様であり、個性に富んでいる。最年少のCandy(王家晴)、Marf(邱彥筒)、Day(許軼)の3名は19歳だが、最年長のSumling(李芯駖)はなんと35歳である。30代半ばの女性が、新人としてデビューするというのは、日韓のアイドルグループでもなかなか類を見ないことだろう。そんな点からしても、このグループは新しい女性アイドル像を見せてくれるのではないかと期待している。
(メンバーの経歴やプロフィールはC-POP研究所さんのこちらの記事に詳しい)
今後はメンバーのソロ曲発表も控えているようだ。MIRRORのような大人気グループですら、再生数やチャートの成績は圧倒的にソロ曲>グループ曲なので、香港では圧倒的にソロ活動への支持が強い。本格的なCOLLAR旋風が起こるとすれば、それはメンバーの個性豊かなソロ曲がリリースされてからのことだろう。
(2)TVB肝入りの王道女性アイドルグループAfter Class
ViuTVのライバルであり、最大手のテレビ局として長年香港の芸能業界を牛耳ってきたTVBもMIRROR旋風やCOLLARの結成を手をこまねいて傍観してわけではない。2021年の4月〜7月にかけて放送された自局のタレントショー『聲夢傳奇』の参加者から4人組女性アイドルグループAfter Classを結成し、COLLARより早く、2021年の年末にデビューさせている。
こちらはCOLLARとは打って変わって、メンバー全員が2005年〜2006年生まれの15歳、16歳で、ある意味で王道の女性アイドルグループである。
メンバーの炎明熹(Gigi)、姚焯菲(Chantel)は前年中にソロデビューもしており、今年元日の放送の音楽賞「叱咤樂壇流行榜頒獎典禮」でも、それぞれ新人女性歌手部門の銀賞と銅賞を受賞した。
(特に炎明熹は高い歌唱力から、同じく10代でデビューしたG.E.M.と比較する声もあるらしい。諸事情によりTVB系の情報を全く追いかけていないので、あまり活動をフォローできていないが、一人の歌手としては今後がなかなか楽しみである)
2022年に入ってからは、鍾柔美(Yumi)が王道のK-Pop風アイドルポップ『Breakin' My Heart』でソロデビューしている。今のところ再生回数は振るわず、SpotifyのWeekly Chartでも一度もトップ200圏内に入っていないものの、TVBの猛プッシュもあるため、今年度の新人賞争いには食い込んでくるだろう。
SpotifyではChantelの『原來談戀愛是這麼一回事』以外の楽曲はTop 200入りしていなかったので、香港の5大ラジオ・テレビ局が発表する週刊チャートの最高成績を貼っておく(Wikipediaから引っ張ってきたデータで元のチャートは未確認)。
各局のチャートはオンエア数などに基づいて独自に集計されるので、特にメディアのプッシュを受けているアーティストの場合は、配信での再生数と成績が大きく異なる傾向にある。各局の音楽賞も、投票部門を除きこちらのチャート成績に基づいて授与されるため、賞レースの予測をするならそちらを見た方がいい。
なおAfter ClassはTVBの直接の傘下のレーベル所属のため、他局であるViuTVには出演せず、チャートも対象外となる。反対にViuTV傘下のレーベル所属のCOLLARやMIRRORはTVBのチャートには登場しない。
TVBと公共放送のRTHKは、それぞれの局がこれまで別々に開催してきた歴史ある音楽賞、勁歌金曲頒獎典禮と十大中文金曲頒獎音樂會を、今年度は合同で「香港金曲頒獎典禮」として開催すると発表した(4月3日に式典を予定していたが、オミクロン株の流行を受けて延期が発表されている)。大人気のMIRRORらを排除した形で行われるであろうこの音楽賞は、良くも悪くも注目を集めそうである。
(3)双子のシンガーソングライター、張蔓姿&張蔓莎
Yumiや、あるいはこれからソロデビューするCOLLARのメンバーのライバルになりそうな女性歌手のひとりとして、張蔓莎(Sabrina Cheung)の名前を挙げておきたい。双子の姉の張蔓姿(Gigi Cheung)とともにモデル活動をしていたが、今年に入り、ベテラン俳優古天樂の経営するプロダクション天下一グループから歌手デビューした。
2月リリースのデビュー曲『剎那的』は、Lo-fi感のあるレトロな雰囲気のラブソングで、MVにも90年代を思わせるアイテムがいくつか用いられている。本人曰く「レトロ+ファンタジー」がテーマの楽曲らしく、その言葉通り、歌詞もMVも恋に堕ちる「刹那」の虚実混ざった高揚感をよく描いていると思う。
Spotifyの再生数チャートでは、リリース直後の第7週(2月11日〜17日)以降の3週間トップ200圏内入りしているが、順位は100位代後半であり、目立つものではない。ただSNS上の再生数などをもとにSpotifyが算出するバイラルチャートにはしばしば登場しており、一定の注目を集めていることはうかがえる。
姉のGigiは、前年にメジャーレーベルのワーナーからデビューしており、元日の「叱咤」では、女性新人歌手部門の金賞を受賞し、新人王となった。
デビュー曲の『深夜浪漫』は、気になる相手との深夜のメッセージのやり取りを歌う歌詞と囁くような歌い方、そしてローファイでノイジーなサウンドがぴったりハマった良曲だった。
決していわゆる「歌唱力」が高いタイプではないけど、香港では珍しいハスキーボイスが魅力の個性ある歌手だと思う。
(バンドZpecialとの「深夜」つながりで共演したこの『深夜告別練習』でも、Gigiはハスキーで魅力的な低音を披露している)
双子とはいえ、声質や歌い方には違いもある。どちらかというとSabrinaの方がハスキー度合いは控えめで、ソフトな印象だろうか。『剎那的』のような「あざとさ」を前面に出したラブバラードはこちらの方が似合うだろう。
(ドリームポップ・ミュージシャンのCHORとの共演で、姉の『深夜浪漫』を歌うSabrina。アレンジの違いもあるが、原曲とはなかなか印象が違う)
(林家謙のヒット曲『一人之境』をカバーするSabrina)
Gigiの方も2022年に入ってから新曲をいくつか発表している。
中でも1月にリリースした『一樣』は、90年代イギリスのインディーポップを思わせる曲調で、個人的にはものすごく好みだった。歌詞はCOLLARの『Never-never Land』と同様に、うまくいかない世界の中で妄想の「楽園」を持つことの重要性を説いている。彼女の声には、こういう力の抜けた雰囲気の曲がよく似合う。
GigiとSabrinaは、自身で作詞作曲まで行うシンガーソングライターでもあり、Gigiはこれまでの楽曲は歌詞も全て自分で手がけている。専業作詞家に歌詞を任せるミュージシャンが多い香港ではなかなか珍しい。
個人的にはいま圧倒的にイチオシのふたりだ。今後もそれぞれの個性を活かしたマイペースな活躍を期待したい。
(4)MIRRORから7人目のソロデビュー、李駿傑
男性ソロ歌手の新人としては、MIRRORのメンバーである李駿傑(ジェレミー)が2月にソロデビューしている。MIRRORからは7人目のソロデビューとなる。
デビュー曲の『半』は『狂人日記』をはじめJerのソロ曲を多く手がけている吳林峰、王雙駿のタッグが作曲とアレンジを手がけ、Jerのソロ曲と同様にドラマチックな楽曲になっている。作詞は達明一派などとの仕事で知られる周耀輝が手掛けた。Jerと違い、そこまで歌に自信のあるタイプではないのかと思っていたけど、デビュー曲からいきなりなかなか歌いづらそうな曲調だったので驚いた。けど、MIRRORで誰よりも美意識の高いメンバーのようなので、こういう耽美的な雰囲気は似合っている気がする(MVがなんか怖くて3回くらいしか見てない)。
Spotifyの再生数データの伸びを見ると、他のメンバーのソロ曲ほどは伸びてないようにも見えるけど、そもそもリリース後ずっとTop200に入り続けているだけで新人としてはすごい。そもそも他の新人歌手で、TOP200圏内に1週でも入り込んでいる歌手が滅多にいないので、今回のデータではまともな比較は難しい。
期間中にSpotifyトップ200圏内に1週でも入った香港のアーティストのデビュー年を棒グラフにすると、以下のようになる。
2022年デビューでチャートインしているのは5組で、うち3組は既に言及したCOLLAR、Sabrina、そしてJeremyである。
残りの2組のうち1人は男性ラッパーのTiabで、インディーズとしては以前から楽曲発表をしていたようだけど、主流メディアに音源が送られ、チャートの対象となる楽曲(派台歌)を出すのは今年2月にリリースした『Reserve2.0』が初めてのようなので、たぶん今年デビューの扱いになるのだと思う。
もう1人はmoon tang(鄧凱文)というワーナー所属の女性歌手だが、今のところ英語曲のリリースのみのようなので、広東語/中国語楽曲を扱う主流メディアのチャートの対象にはならず、したがって賞レースも対象外なはず(この辺の細かい扱いはもっとちゃんと調べないといけない)。
他の新人男性歌手としては、After Classの面々と同じTVBの番組『聲夢傳奇』出身の冼靖峰(Archie Sin)、ViuTVの『全民造星III』出場者の顧定軒(Zeno Koo)、地元資本の大手レーベル英皇(EEG)が仕掛けたYoutubeの新人発掘番組『冤枉新秀訓練營』出身の黃明德(Dark Wong)などが3月末までにデビューしている。この辺りがジェレミーの新人王争いのライバルになるだろう。
次回:作詞家からみる香港の音楽シーン
ただ香港のヒットソングの動きは、アーティストだけを追いかけていたのでは予測できない。作詞を手掛けた作詞家のネームバリューで大きく注目を集める楽曲もある。売れっ子の作詞家が歌詞提供をしている歌手はレーベルのイチオシなんだと推測することもできる(かもしれない)。
そこで次回の記事では、特に注目すべき作詞家を何名か紹介しながら、これまでとは少し異なる角度から、2022年の音楽シーンの動向を見ていきたい。
おまけ:チャートにランクインした日本勢の楽曲
この記事で参照したSpotifyのチャートは、香港で再生されたすべての楽曲が含まれている。なので、トップ200曲の中には、香港以外のアーティストが発表した楽曲も含まれている。
ざっと13週分のデータに目を通したところ、日本のアーティストでランクインしたことがあったのは、YOASOBIとAimerだけのようだった。Aimerは『残響散歌』が期間中、毎週トップ200入りしている。YOASOBIは『夜に駆ける』『群青』『怪物』の3曲が毎週ランクインしているほか、『ミスター』『たぶん』も短い期間だがトップ200に入っている。最高位はそれぞれ『残響散歌』の75位(第7週)と『夜に駆ける』の83位(第10週)だ。
私が普段使っているApple Musicの香港のデイリーチャートでも、他の日本のアーティストがランクインしているのを見かけた記憶はない。いま香港でよく聴かれているのはこの2組ということだろう。
対してK-POP勢はというとBTS、ENHYPEN、IVE、BLACKPINK、Red Velvet、Kep1er、NMIXX、Apinkら、多くのアーティストがトップ200入りしている。
最高位を見ても、(G)I-DLEのTOMBOYが14位、テヨンのINVUが19位と上位20曲に入る楽曲もあるので、やはり残念ながら今日の香港における人気はK-POP>J-POPで間違いないようだ。
Apinkの『Dilemma』は、サビの「Dilemma」の発音が広東語の罵倒語である「屌你媽」(diu lei maa)に似ているというしょーもない理由で一瞬話題になっていたので、ランクインしたのはそのためではないかと思う。
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