#68 花の面積を求められるなんて!〜中学受験の本当のすがた〜
英語の勉強法について聞かれることはよくあるのですが、最近久しぶりに中学受験についての相談を受けました。友人のお子さんが中学受験をするような年齢になったということです〜せっかくなので記事にしようと思い立ちました。
僕は、「自分が中学受験をした」「塾で中学受験の指導をした」「私立中高一貫校の教員をした」の三視点経験者で、かつ今の仕事はそのどれとも利害関係がないという珍しい立場にいます。「受験テクニック、受験ビジネス、教育理想論」のどれにも偏らない中学受験の「本当のすがた」を描いてみようと思います。
僕が中学受験をした経緯
私立中高出身ですというと、「お受験組だったんですね〜」と言われ、複雑な気持ちになります。僕は小学6年生に上がる直前の2月から塾へ通い始めましたが、当初中学受験をする予定はありませんでした。
小6に上がると周囲が「どの中学受ける?」という話を始めたので、塾の帰りに書店で「中学受験情報」なる本を立ち読みしました。当時通っていた小学校の隣の中学校に行くものだとばかり思っていたのが、それ以外の可能性があることを知ったのです。
「中学受験情報」は早々に買い、家でおやつを食べながら眺める本になりました。関西圏の学校を見ていると、一番気に入ったのが甲陽学院中学校。灘中学校の方が有名ですが、僕は甲陽が気に入りました。
「この学校に行きたい」と両親に話し、夏休みの塾のクラス替えテストで上から2番目のクラスに入りました(一番上が灘クラス、二番目が甲陽・神戸女学院クラスでした)。小6の夏休み前から本格的な受験勉強を始め、無事合格しました。
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関西圏の私立中学の男子御三家は灘、甲陽学院(共に兵庫)、東大寺学園(奈良)で(異論あるでしょうが……)、この三者には大きな共通点があります。灘と甲陽学院は酒造メーカー(灘:白鶴・菊正宗、甲陽:白鹿)が経営母体であり、東大寺学園は名前の通り宗教法人としての東大寺が経営母体です。
三校とも経営母体の事業が学校経営だけではないので、経済的な余裕があり、社会貢献的性質を持つのが特徴です。華やかな大学進学実績の陰で、この三校は大学受験以外のことを実に大切にしています。学費も私立の中では抑えられており、僕が中高生だった頃の甲陽学院は、年学費が30万円弱だったのを覚えています。「公立中学に通っても、高校受験の塾の月謝でそのくらいはかかる」ということで、両親も私立中学進学を認めてくれました。
つまり、親は中学受験などあまり考えていなかったところを、自分から「どうしても行きたい」とせがんだわけです。
きっかけは「花の面積」
小学校の算数の授業では、三角形や四角形、台形や円の面積を求める公式を習います。「面積の問題は得意!」と思ってある日塾に行くと、見たこともない問題が現れました。中学受験組ならおなじみの、この図形です。見た瞬間に、固まってしまいました。「公式では解けない……」
先生の説明を聞くと実は何も難しくはなく、「4分の1円の面積から直角二等辺三角形の面積を引いたもの」を8つ集めればこの図形の面積になります。その説明を聞いた時、「こんな面白い世界があるんだ」という気持ちになりました。その日の帰りにとうとう、「中学受験情報」を買って帰った記憶があります。
中学受験は誰が提案する?
自分の中学受験時代と中学受験生を指導していた頃の経験、さらに私立中高の教員時代に生徒と話していて気づいたのは、「自分から中学受験を希望した」場合はうまくいく確率が高く、親が受験させた場合はその逆だということです。
志望校についても、本人が「どうしてもこの学校へ行きたい」と言って決めた場合は合格率が高く、親や塾の意向で「実力に合ったところ」を消去法的に志望校とした場合は低かったように思います。なんといっても小学生ですから、本人が気乗りしない場合は中学受験はやめておいた方がいいです。
中学受験を勧めない場合
さらに、受験は「実力があれば必ず合格する」というわけにはいきません。どうしても博打的な要素があり、苦手な問題ばかりが入試本番で出てくることもあり得ます。なので、次の場合は中学受験は勧めません。
これは「?」と思われますね。説明します。中学受験は大学受験と違って一度限りで、必ず不合格者が出ます。ここで、「不合格になったから、中学受験勉強は無駄だった」と思うなら、最初からやめておく方がいいです。このタイプの人が中学受験で失敗して公立中学へ進学すると、受験疲れから新しく習う数学や英語に立ち向かう元気が残っておらず、逆に学力不振で悩むこともあります。なので、上で書いた僕の場合のように、「小学校では習わないことを知るのが楽しい」という「知的好奇心」が中学受験の「絶対必要条件」です。
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さらに、御三家のようなトップ校では、実は学校の授業で「大学受験に関係ないこと」にものすごくエネルギーを使います。先の投稿「#7 甲陽学院の思い出〜水泳、テニス、リコーダー〜」をぜひご覧ください。
生徒も先生も「知的好奇心を満たす」ことを最優先するので、大学受験にはほぼ必要のない事柄(体育や芸術、部活に国際交流など)に多くの時間とエネルギーを費やします。なので、純粋に有名大学に進学するだけならば、高校で公立トップ校へ進む方が効率がいいと思います。
日本でヒップホップのダンスが流行り始めた頃、関西で真っ先に高校生グループを作ったのは灘校(灘中学校・灘高等学校を合わせて「灘校」と書きます)でした。国際数学オリンピックに日本代表として出場した灘校のK先輩が、ふと見るとヒップホップを踊っているのを見て(それも他校の文化祭に乱入!)、「本物のエリートは好奇心の追求度合いが違う!」と納得しました。
大学進学実績ではない価値を
では、なぜ私立中高へ行くのか?それは「楽しい人生」「豊かな人生」を手に入れるために他なりません。学校説明会ではそうは言いませんが、実際のトップ校は、「受験勉強だけに体力・知力を使わず、とにかく興味・関心を追求して、その余力で大学受験勉強をする」ような場所です。
最近は、「大学進学特進コース」なるものを設定して、そこに入学した生徒にはハードな部活をさせず受験勉強に集中させ、その結果大学合格実績を上げているような学校もありますが、どちらの学校でより「幸せ力」がつくのか、考えるまでもありません。
後者の学校には、「生徒は学校の宣伝材料じゃないぞ!売り物にするな!」と言いたいです。その意味で、進学する価値のある私立中高とは、「たとえ大学に行かなくても、素晴らしいものが残る」学校だと思います。
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親が覚悟すべきこと
ここで、話を親御さんに移します。子どもがそういう私立中高へ進学して、「楽しい人生」「豊かな人生」を得るための「知的好奇心」を磨いたとします。そういう学校では、興味関心の対象が勉強できるとなれば、自然と大学進学先の候補は全国になります。
みんなが東京大学や京都大学へ行きたがるわけではなく、獣医学なら北海道大学、海洋学なら琉球大学、と偏差値に縛られずに「やりたいことを一番できる場所」を選ぶ生徒が多いです。甲陽にも、東大・京大にダブル合格して「京大の雰囲気の方が好きだ」と京大に進学した先輩がいました。
最近は、欧米の有力大学やミネルヴァ大学などが、学費・生活費全額支給で世界中から優秀な学生を募っているので、日本の高校卒業後にすぐ海外の大学へ行きたいという生徒も増えてきました。僕が教えていた生徒の中にも、高校卒業後すぐにイギリスの大学へ進学した生徒がいます(推薦書を書きました)。
ここで、中学受験の最後の条件です。親が次の条件にあてはまる場合は、中学受験はやめておいた方がいいです。後に親子トラブルとなり、将来に長く禍根を残すことになります。教師時代に、実際にそんな親子を見てきました。
仲間と切磋琢磨して知的好奇心を磨かせて、「あなたが〇〇中学校に通っていて鼻が高いよ」なんて言っておいて、子どもが将来の夢を語った瞬間に上の三条件を持ち出すのは残酷、というかルール違反です。最終的に上の三条件を持ち出すなら、最初から公立中高に進んで、効率よくエリートコースに乗る方が家族トラブルを起こさずに済みます。
男女とも、御三家のような学校に進学させたら、例えば(極端な例を考えてみる……)お子さんが森や林に興味を持ち、
と言っても応援するくらいの太っ腹さが欲しいですね。子どもの幸せは、親の満足度とは比例しません。さて、お母さんお父さん、どうしますか?
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中学受験に関しては、「お受験」「親の見栄」「母親の狂気」といった言葉があふれていますが、子どもの特性を見極め、親が覚悟を決めれば、中学受験は親から子への最高のプレゼントになります。僕は、両親からもらった命以外の最高のプレゼントは、中学受験だったと思います。
今日もお読みくださって、ありがとうございました🌷
(2023年10月9日)