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#72 はじまりはいつでも、まわせないダイヤル 〜人間知性は非売品〜

まずは、再生ボタンを押してください🎵

高校生時代からファン歴34年目の、谷村有美さんのデビュー曲『Not For Sale』のピアノ・アレンジ版です。30年前の1993年に発表されました。アップテンポな原曲はデビュー時1987年の発表なので、さらに6年前のことになります。今日は10月17日、彼女のお誕生日です。そこで、デビュー曲 Not For Sale から僕が AI 研究を志した理由を紐解き、そこで得た出会いをご紹介します。



はじまりはいつでも、まわせないダイヤル

この歌詞にピンとこない方がいるかもしれません。これは、「好きな人に電話をかけたいのだけれど、気おくれして、電話のダイヤルがまわせない」の意味です。当時の電話はダイヤル式でした。後にプッシュ式になり、携帯電話が登場し、今は電話よりもメッセージを送るようになりましたね。

Not For Sale?

谷村有美さんのデビュー曲には、変なタイトルがついています。Not For Sale、つまり「非売品」です。たくさん売りたいはずのデビュー曲になぜ「非売品」などというタイトルをつけたのか、谷村有美さん本人は次のように説明しています。

この曲はレコードにして売るけれど、
私の夢や希望はお金と引き換えにはしたくない

デビューにあたっての、谷村有美さんの想い

発表当時彼女は大学生、若者らしい意思表明だったと思います。でもよく考えると、何をお金と引き換えにして売り物にして、何は売り物にしないのか、これは現代社会でとても大切なことです。僕が AI の研究を志したのは、実はこの曲のこの思想が原点にあるのです。


AI の略史とゴッドファーザーズ

話題を AI に移します。2022年の ChatGPT 発表後、これまで「人間に及ぶはずがない」と思われていた AI が、今では分野によっては「人間よりも優れているのではないか」と思われるまでになりました。詳細な説明は省きますが、これは過去の AI が広範囲の知識を貯め込む、いわばデータベース的な発想で作られていたのに対して、現在の AI はそうではなく、人間の脳細胞を数学的に模倣する試みから始まっており、動作機序が人間の脳に(以前と比較すると)似てきたことが理由として考えられます。

ChatGPT がなぜあんなに自然な文章を出力できるのか、こういうとびっくりされるかもしれませんが、実は分かっていません。「たまたまうまくできちゃった」状態なのです。いい加減に聞こえると思いますが、僕も一応専門家(の卵)なので、信じてください。なぜうまく働くかを数学的に探求する研究が後付けで行われているのが現状です。考えてみれば、人間が生まれて数年で、特に習いもせずに母国語を話せるようになる理由も、ほとんど分かっていません。

そんな最先端の AI 技術の根幹となっているのは、ディープ・ニューラル・ネットワーク、いわゆるディープラーニングです。そしてこの技術を成熟させたのが、2018年チューリング賞(コンピュータ・サイエンス界のノーベル賞といわれる)を受賞した、ジェフリー・ヒントン、ヤン・ルカン、ヨシュア・ベンジオの三氏で、「AI 界のゴッド・ファーザーズ」の異名を取ります。この3人がいなければ、現在の我々の世界はかなり違うものになっていました。

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AI と人間知性

「AI は人間を脅かす存在になりうるか」という問題において、実はこの3人の意見は割れています。「なりうる」立場を取り、Google 社を退社したのはヒントン氏、対して「なりえない」の立場を表明したルカン氏。ベンジオ氏は多少立場を保留しています。それぞれの立場に理由はありますが、僕は教師としての観察、また言語学・言語習得論の立場から、ヒントン氏の意見を支持します。

人間知性が、売り物にされる

さて、「人間知性」の頂点に立つ知的活動とは何でしょうか?他の動物種にはなく人間だけが持ち、人間を人間たらしめているもの……先の投稿「#63『賢い人の秘密』」でも述べた通り、それは「論理的思考」であるといえます。自然界に「法則性」を見出して、物質としては存在しない「論理」を構築し、他の対象に応用できるよう汎化する。道具を使ったり簡単な言葉のようなものをやりとりしたりする動物はいますが、論理構築は人間にしかできません。

もう少し進んで、目に見えない「論理構築」を目にみえる形で行うのが、言語発信活動、とりわけ文章を書くことです。文章を書いて書物を残して、それを次の世代が読んで、という活動がなければ、人類の文明は存在しませんでした。そして、これまでに人類が蓄えた膨大な文書(その一部はデジタル化されている)を学習データとして事前学習し、文章を生成出来るようになった AI が、ChatGPT を始めとする「生成系大規模言語モデル」であり、僕の専門分野です。

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現段階ではそのまま業務に利用するにはまだ難がある状態ですが、人間が一語一語を文法と用途に則って紡いでいく作業は少しずつ取って代わられつつあります。ここで、「AI が書いたものを人間がチェックして利用する」やり方では、論理構築を学ぶことはできない、というのが言語教育に携わってきた僕の予測です。
 大人はすでに論理構築の方法を学んでいるから大丈夫ですが、生まれた時から「AI が書いたものを人間がチェックして利用する」方法で人間が成長すると、知性の構造が変わってしまう、と僕は考えます。そして、その時になって「これはまずい」となっても、それではもう遅いのです。

ChatGPT の中核部分は GPT(Generative Pretrained Transformer:生成的事前学習済トランスフォーマー)という技術で、これは GPT-3 までは内部構造が公開されていたのですが、ChatGPT の劇的な成功によって最新バージョンは非公開かつ商業ベースモデル(proprietary model)となり、つまりこの技術は「研究」から「商材」に変わりました。これは、長い目で見れば、「仕事などを効率化したい」という人に、AI システム会社が、「人間の知的活動に類似した動作をするシステム」を「売り物にする = For Sale」ということです。


Not For Sale に戻ります

谷村有美さんのデビュー曲では、「夢や希望はお金とは引き換えにしない」とありました。さて、その「夢や希望」は何で表現されるでしょうか?それは言語です。言語を使わずに身振り手振りや画像で夢や希望を表現するのは、不可能ではありませんが非常に難しいです。
 その言語活動が AI システム企業の商材になろうとしている。これは、人間が人間たる所以の論理的思考を少しずつ手放していくことにつながるのではないでしょうか。僕はそう考えます。

僕がこの曲 Not For Sale をはじめて聴いたのは、発表後2年経った1989年、高校1年生の時です。それから33年後の2022年に ChatGPT が発表となり、「人間と AI が協働する最適解を見つけないと、まずいことになる」との思いでその翌年の今年、ドイツへ AI の研究にやってきました。一人のアーティストのデビュー曲のタイトルが、時を超えて想いをつないでくれたのです。歌詞にある、

Not For Sale 時をかけて

の「かけて」は、

架けて:複数分野の知見を結集する必要がある
駆けて:急がないと間に合わない、おそらくタイムリミットは2030年以前
賭けて:この仕事に失敗すると、人間知性が危機にさらされる可能性がある

の3つの意味を持ちます。


想いを共有できる仲間

人間と AI の関係性に興味を持つはるか以前から、Not For Sale からはじまる谷村有美さんの音楽に深く傾倒していました。彼女が出演したラジオ番組は録音し、何度も聞き返しているうちに口癖までうつってしまいました。
 彼女の高校時代の思い出や、母親、父親との記憶、はじめての一人暮らしの思い出など多くが頭に入っているので、「本人が疲れているなら、僕が代わりに話せますよ」状態です。好きな人に手編みのマフラーを編むために、最初に選んだ毛糸は、なぜかピンクのモヘアだった、とかね🧶

AI の研究を志すことに決めた時、そんな彼女の音楽が運んできてくれた友人が、Kuma Sax ことサックス奏者のクマちゃんです。クマちゃんがネット上で演奏を公開していた谷村有美さんゆかりの曲がきっかけとなって知り合い、話すうちになんと同学年、同じ神戸出身、同時期に谷村有美さんのラジオ番組を聞いていたということがわかり、意気投合してドイツ出発前に神戸でお会いしました。

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その時は note で「#0 自己紹介 〜50歳からの海外博士挑戦〜」だけを公開していた「note 開始前夜」でしたが、居酒屋で想いを語った僕に、「応援しますよ」と言ってくださり、「ちょっと待っててくださいね」とその場で note アカウントを作って僕のフォロワー第1号になってくれました。この note の原点は、クマちゃんとの神戸でのあの夜の時間です。YouTube チャンネルを紹介します。

いつか逢えたら

クマちゃんも僕も、高校生の時の夢が「谷村有美さんのバックでサックスを吹く」だったことが分かりました。その後クマちゃんは音楽大学に進学、谷村有美さんのレコーディングで実際に演奏されたサックス奏者、故土岐英史先生に師事され、現在はサックス奏者として活躍されています。

「もしいつか、谷村有美さんと一緒に演奏する機会があれば」という話を二人でしました。僕は意外なことを思いました。かつて、「宇宙がひっくり返っても叶えたい夢」だった、谷村有美さんとの共演……

それは、クマちゃんにゆずるよ。クマちゃんの方がふさわしいから
僕は、デビュー曲 Not For Sale のバトンを引き継いで、人間と AI の最適解を見つけに行ってくる

そんなクマちゃんは、今年12月29日に神戸、三宮でライブをします。僕ももちろん参加予定です。この投稿を読んで、「人間知性は Not For Sale だ!」の想いに賛同してくださるあなた、ぜひ集まりましょう!コメント欄に書き込んでくださいね。12月に入ったら、号外としてライブ情報を載せたいと思います。

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最後に、1987年のオリジナルプロモーションビデオをご覧ください。この曲のバックで素敵な演奏をしているスタジオミュージシャンの方々も、すでにお二人鬼籍に入られてしまいましたね、時は過ぎていきます。

今日もお読みくださって、ありがとうございました。

今日だけはドイツ時間ではなく、日本時間10月17日ちょうどに投稿します。
谷村有美さん、お誕生日おめでとうございます🥂
Not For Sale のバトンはたしかに引き継ぎました。
(2023年10月17日)


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ささきとおる🇳🇱50歳からの海外博士挑戦
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