確認男 行きつけのカフェ編②
「いらっしゃいませー!」
絶え間なく聞こえてくる入店のベルが聞こえてくると同時に俺は声を飛ばした。客に向かって言ってると言うより、入店のベルに対して、もうこれ以上鳴らないでくれと念を込めて言っていた。
咲に50万を請求され、その時すでにバイトはしていたが、俺は時給がよく長い時間働ける店を探した結果、この居酒屋で働き始めた。
店長も俺の事情を話すと、すぐに時給を上げてくれたり、休憩時間にも給料を出してくれたりしたから、その恩返しのつもりで働いている。
実際に稼げるし、仕事にも慣れて、わざわざ辞めて新しい店を探すのが面倒だったってのもある。
平日は周りが忙しい中、優雅に過ごしている分、金土日の週末はバイトに勤しんでいる。今は、卒業旅行などの来年のイベントに備えて、死ぬほど稼ぐためでもある。
ピンポーンと、俺が鳴るなと念じても鳴り続ける入店のベルに、辟易としながら、入り口へ向かうと、見たことのある風貌のおじさんがいた。
おじさんの顎髭を見た瞬間、俺は目が大きくなった。
その様子に気づいたのか、おじさんも、「あ」と分かりやすくなにかに気づいた様子で、こちらを指さした。
「毎朝、店に来てくれる子だよね?」
「はい、そうです! どうも、いらっしゃいませ」
おじさんは、秋元さんのいるカフェの店長だった。
まさかの来客だった。カフェと居酒屋はそれなりに離れてるし、今まで、この店でカフェの店長は見かけたことはなかったから。
「カウンター1名様でーす」
そう言って、俺はカウンターの端の席の椅子を下げた。
「とりあえず、ビールと枝豆かな」
カウンターに置かれていたお絞りで手を拭きながらカフェの店長は言った。
「あ、あとなんかオススメある? ここ初めてなんだよね」
「ありがとうございます! オススメは鶏刺しの四種盛りと、鶏のタタキですかね」
「じゃあ、その2つで」
「ありがとうございます!」
俺は普段から接客はそれなりに元気よくしているが、今はいつも以上に気合が入っていた。いつか秋元さんに聞こうと思っていた、名前とか大学名とか聞き出そうと思いついたからだ。
とりあえず、カフェの店長の元へは俺が全部配膳し、ジョッキが空になりそうだったら、すかさずおかわりを聞きに行った。
その際に、「これ美味しいね」と言われりゃ、「店長の店の珈琲も美味しいですよー」なんて雑談を交えたりして、ハイボールを頼まれたら、いつもの2倍の濃さにしたりして出した。
カフェの店長は小一時間ほど、飲み食いして、「おあいそで」と手を挙げた。
その瞬間に、同じバイトの田代さんが「はーい」と反応し、伝票を持って、レジに行こうとしたので、俺は田代さんから伝票を強奪し、レジに向かった。
田代さんは、俺の普段しない解せぬ行動に、あっけにとられたようで、何も言ってこなかったのが幸いだった。
「いやー、ごちそうさま」
少し顔を赤くさせたカフェの店長が話しかけてきた。
俺はそのスキを逃さずに聞いた。
「あのカフェのバイトの女の子可愛いですよね?」
「可愛い女の子? あぁ朝いる真夏ちゃん?」
「秋元さん? って人です。ショートカットの」
「あぁ、それ真夏ちゃんだ。あの子いいよねー、仕事できるし明るいし。」
お会計2680円になります、と伝えると、カフェの店長は財布から3千円をだした。
「あの子、大学生なんですか? 結構朝見かけますけど」
「そうだよ、日大とかだったかな。就活終わって暇なんだってさ」
俺からお釣りを受け取ると、カフェの店長は、「あんな可愛いのに彼氏いないから、時間を持て余してるんだってよ」とニヤついた目つきで言った。
カフェで見る時は、顎髭の渋いカフェのマスターって感じなのに、今はただのエロオヤジだ。カフェの雰囲気というのは人の雰囲気まで変えるんだなと実感した。
かく言う俺も、今はほくそ笑んでいるのは間違いない。
思わぬタイミングで、秋元さんの情報を得ることができたから。カフェで話しかけても良かったが、変に警戒心を持たれても困るから、尻込みしていたところにナイスタイミングだった。
それに、フリーであることまで知れたのはでかい。もし秋元さんのSNSを特定できなくとも、フリーであることは既にわかったから。
「ありがとうございました!」
俺はしたこともない、店の外まで出て、カフェの店長を見送った。
見せに来てくれたことのお礼ではなく、秋元さんの情報を教えてくれたことへのお礼であることなのは言うまでもない。
バイトが終わって家についたのは、午前1時だったが、俺はすぐさまノートPCを開いて、「日本大学 秋元真夏」と検索した。
すると、あのカフェの秋元さんの写真がズラズラと出てきた。そして、Twitterのアカウントもいとも簡単に分かった。
載せている写真や、つぶやきの内容を見ても、男の影は見えなかった。
サークルですごい遊んでいる様子もなく、女子とディズニーや、ランチしている様子の写真しかなかった。
真夏のSNSを特定できた安心感からか、睡魔に襲われながら、だらだらと真夏のつぶやきを遡っていると、あるつぶやきに目がいった。
『クリロナの髪型すごい好きー』
クリスティアーノ・ロナウドが、ダイエット用品のプロモーションで来日した時の写真と共につぶやかれていた。
この時も、カフェの店長に「ありがとうございました!」と脳内で叫んだ。
俺の髪型は、就活終わって、特にヘアスタイルを変えることなくマッシュショートヘアのまま、髪が伸びている状態だった。そろそろ髪を切らないとな、なんて思い始めていた時だった。
そうなれば行動は早い。俺は行きつけの美容院を即座に予約し、ツーブロックにすることに決めた。単純な男の感じもしたが、顔には今までの経験上それなりに自信がある。
それに、実際にサッカーをやっていた人間だ。サッカー部の雰囲気は既に持ち合わせている。それにプラスアルファで、真夏好みのクリロナ風のツーブロにしておけば、真夏のガードは確実に下げられると踏んだ。
俺が髪を短くすることに対して、美容師には「最近暑くなってきましたもんねー」と言われて、「行きつけのカフェの可愛い店員のSNSを特定して、そこにクリロナの髪型がいいって投稿を見たんで」なんて言えるはずもなく、「そうですよねー」とだけ返した。
朝一で髪を切って、いつもよりも遅い時間にカフェへ訪れたが、真夏は笑顔で「いらっしゃいませー」とカウンターから声をかけてきた。
真夏好みの髪型になってすぐに、話しかけることはしなかった。ただいつも通り、カフェラテを頼んで、いつもの席に座った。
それから、何回か通い続けた。1回は店長に、「この前はありがとね」と言われながら、会計をしてもらった。
その時に真夏は、なにやらカウンターの奥で一生懸命コーヒーカップを睨みながら、ミルクを慎重にに注いでいた。
他の日も特に話しかけられることもなかった。
けれども、席からカウンターに目をやると、何度か真夏とは目が合ったから、俺はニヤける口元をカフェラテを飲むふりをして隠した。