確認男 居残り掃除編
「ちょっとサボってないで、掃除しなさいよ」
閑散とした教室で、恵(めぐ)がほうきを片手に口をとがらせた。
「なんで、お前なんかと2人で、居残り掃除なんかしなきゃいけないんだよ」
居残り掃除とだけで、ただでさえダルいのに、横に模範囚がいると、余計にダルさが増した。
特別汚くないし、先生も別に細かくはチェックしていないから、黒板さえ綺麗にしておきゃなんとかなるのに、恵は生真面目を発揮して、懸命に掃除をしている。
「な、何でって、も、元はと言えばあんたのせいじゃない!」
恵は顔を真赤にしながら、ほうきの柄を剣に見立てて、俺の顔に向けてきた。
恵も、居残り掃除に腹が立っていたところに、油を注いでしまったようだ。
「あんたが授業サボって、屋上に忍びこもうなんて言うから......」
大炎上するかと思いきや、すぐに鎮火し、恵は俺に背を向けて、ほうきを正しく使い始めた。
「お前が浮かない顔してっからさ、嫌だったら断ればよかったのに」
俺は恵が浮かない顔してたかは知らないが、ふいに屋上に忍び込みたくなった時に、近くに恵がいたから、ダメ元で誘ってみただけだ。
そして、意外にも真面目な恵はついてきた。
うちの学校の屋上は立入禁止になっている。
ドラマや映画で、屋上で物思いにふけたり、バカやったりすることに憧れていた俺はショックだった。
理想と現実の違いは、ある程度なら我慢できる。
登校中にぶつかって、少し揉めた可愛い女の子が、今日から同じクラスの転校生だとか。
美人なお姉さんが目の前で、財布を落として、拾ってあげたら、お礼に食事なんかに誘われたりするといった理想は、現実に起きないことは分かっている。
少しは期待したいけど、まぁ起きない。
でも、高校で校舎の屋上に行くことくらい許してくれよ。現実的に可能じゃないか。なんて持論から、屋上に忍び込んでもいいだろうと思ったから、忍び込んだ。
そして、念願の屋上で、フェンス越しに校庭を眺めていたら、校庭にいた体育教師にバレて、2週間の居残り掃除の罰を受けた。
理想を追い求めて、現実で少し無理をしたら、余計に理想と現実のギャップを感じさせられた。まぁ一番の被害者は恵だとは思う。
「別に、嫌だったわけじゃないけど......」
恵は俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。サボるなと言ったくせに、さっきから同じところを何度も掃いていて、まともに掃除していない。
「てか、これ」
そう言って、俺はカバンからCDを取り出すと、恵は肩越しにこちらを見た。
「CDありがとな、ずっと欲しかったんだよ! よく覚えてたね!」
半年ほどにでたRADWIMPSのアルバムだったが、俺が欲しがってて、手に入れられてないことを、何故か恵は知っていたようで、今日俺に渡してくれた。
「好き」
恵は俯きながらそう呟いた。さっきと同じ声量だったから、「好き」とだけしか聞き取れず、主語が分からなかった。
「え?」
「好きなの」
恵はほうきを胸の前で抱えるようにして持って、俺の目を真っ直ぐ見てきた。
まさか、これは告白されているのか? と生唾を飲み込んだ。
でも、俺、他校に彼女いるし、恵のことは全然好きじゃない。
いや、待て。
今、CDの話をしていた。告白なんて俺の早とちりだ。今、恵と俺はCDの話をしている。ゆえに、恵の言う好きの対象は、このCDのアーティスト、RADWIMPSのことに違いない。
「おう、俺も好きだよ! RADWIMPS!」
俺は告白の雰囲気なんて皆無、RADWIMPS愛を全面に出した。
「そうじゃなくて、君のことが!」
恵の顔は真剣そのもの。俺がRADWIMPSのことを好きだと言ったことに対して、否定と嫉妬が混じったような口調だった。
この、2人きりの空間で、”君”のことがなんて言われたら、もう告白じゃねえかよ。
まずいぞ、これは完全に、恵を屋上に誘ったことで勘違いさせてしまったのかも知れない。
前から、恵は俺のことが好きだったとして、そんな俺から屋上に誘われて、これはもう両思い! と恵は俺への想いを加速させてしまったのだろうか。
だから、俺が前から欲しがっていたCDをわざわざくれたりしたのかと思ったら、点と点が繋がって線になったように納得がいってしまう。
やばい、これじゃまるで俺が天然ジゴロじゃねえか。モテることに関しては気分がいいが、この状況が非常にネックだ。今日ここで恵の告白を断ったとしても、恵との居残り掃除はあと2週間残っている。
気まずすぎて、それこそ、屋上に逃げ出したくなる。
「俺が? どゆこと?」
俺は恵の告白に気づかない、鈍感過ぎる男を演じることにした。
「何回言わせるつもり.....」
恵は俺を睨みつけてきた。こんなのもう告白のムードではない。
「俺……RADWIMPSじゃないよ」
しかし、俺もそんな恵には屈しない。俺は何も気づいていない馬鹿な男。そう、何も気づいていない。恵はRADが好きなんだ。
「そうじゃなくて! 君のことが好きなの!」
「君? え? 俺のこと言ってる? 野田洋次郎がってこと?」
恵の必死の告白に動揺して、さすがに俺も無理のある確認をした。
なんでここで急に野田洋次郎が出てくるんだよと、自分自身をツッコみたくなったが、ここは我慢。俺は野田洋次郎ではない。
「違う! そうじゃなくて! 君が好きなの!」
「野田洋次郎じゃなくて、ベースの人がってこと?」
君と呼ばれるような名前の人はRADWIMPSには存在しない。我ながら無理のある勘違いだっと思う。
「……もういいよ」
必死の鈍感男の演技に、辟易として、恵は今にも泣きそうな顔になった。ある意味振られたと解釈してくれたのだろうか。
それならそれで、こちらとしては好都合だが、そんな恵を見て、俺は申し訳なくなった。
やはり、ちゃんと振ってあげたほうが今後の恵のためにもなるんじゃないかと思った。
それに、恵なら振った後でも今まで通り過ごせるんじゃないかとも思い始めた。
なんなら、すでに気まずいし、いっちょここで恵を吹っ切れさせたほうが、今後のお互いのためにもいいと判断した。
「あー、ごめんごめん、ちょっと意地悪しすぎちゃったね。ごめん、もう一度俺の目を見て、ちゃんと言ってほしい」
アドリブの割に、ドラマチックな台詞が口から飛び出したせいか、恵は乞うような目でこちらを見た。
「あなたが好き」
このまま振ったら、死ぬんじゃないかと思うくらい、恵はすがるような目で言った。
多分、この状況は恋愛ドラマとかだと、いじわるするように何度も好きと言わせて、最終的に付き合うパターンなのだろう。
だからといって、ここで、情に流されて、「俺も好き」なんて言ったら、彼女に殺されるし、2番目の女とわかった恵にも殺される。二度死ななきゃ償えきれない罪を背負うことになる。
俺はそこまでひどい男じゃない。ここできっぱり断るんだ。
「ごめんなさい!」
俺は全身全霊、身体を90度に折り曲げて、頭を下げた。