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自動ドアが開くと同時に、焼きたてのパンの香りに包まれる。 甘さと香ばしさが混じった香り、ここに来て初めて、自分が空腹であることに気付かされる。 ここのパンはどれも美味しい。毎朝通っているから、ここのパンは全種類一通り食べた。ここまで外れのないパンを売ってるパン屋は他にあるのか? と声を大にして言いたいくらい全部美味しい。 中でも、メロンパンが一番好きで、最近はほぼ毎日買っている。 この店は親子三代でやっているようだが、店主の孫に当たる、文字通りの看板娘のみなみちゃ
立って寝る能力を身に着けた。 コンビニの夜勤を初めて早1年。幹線道路沿いでもないし、近くに24時間のスーパーがあるから、ここのコンビニに深夜に来る客は知れている。 主な業務は掃除や品出しの作業だが、その合間合間に寝ることができるようになった。店長も事務室で爆睡しているから、別に問題ない。 それに、微かな音ですぐに目が覚めることができる。入店の音楽がなった瞬間や、事務室から店長が出てきた瞬間に、寝てた様子を残すことなく起きれる。 ピンポーンと入店の音と同時に起きた。
自由行動。 みんなその時間を一番楽しみにしていた。 友達と遠出の旅行に行ったことのない高校生にとっては、好きな友達とワイワイ騒ぎながら、好きなところへ行ける自由行動は最高なのだろう。 俺にとっては、全部ツアーみたいに、ガイド付きで案内してくれたほうが気楽だった。自分でわざわざ観光スポットを調べる必要もないし、効率がいい。なにより、自分に友達のいないことが露呈しない。 でも、自由行動反対派なんて俺くらいだから、そんなマイノリティな希望は多数派にかき消される。
「あ、樋口さん?」 バスに乗ってきた樋口さんを見つけて、俺は呟いた。 「あ!」 樋口さんも俺を見つけては、飼い主と久しぶりの再会した犬のように、笑顔をはじけさせた。 街外れの海岸線を通る路線バス。 俺はいつもこのバスに乗って、高校に行く。田舎というほど田舎ではないが、この辺りでバスに乗る学生は数人。あとは病院に行くおじいちゃんおばあちゃんくらいしか乗っていない。だから、乗客とは自然と顔見知りくらいの仲になる。 ある日、絶対に落とせない再試のために、俺はいつもより
「卒業おめでとうー」 「おめでとうー」 高校最後の学び舎の教室で、みなみとお互いの卒業を祝いあった。 さっきまで校内を練り歩いて、ひたすら写真を撮りまくっていたが、教室に財布を忘れたことに気づき、1人さびしく教室に取りに来た。 3階の校舎の端の教室。 階段を上がるのが面倒で仕方なかったが、もうそのしんどい思いをしなくなると考えると、寂しい気もする。 窓から校庭を眺めて、もうこの景色を見るのも最後かと思ったら、いつもと変わらない景色でもセンチメンタルになった。 教
ピンポーン 今となっては珍しい、音だけが鳴るインターフォンで慎吾は目を覚ました。 熱のせいで全身に汗をかいていた。昼からずっと寝ていたから、今が何時かもすぐには把握できていない。窓の外はすでに真っ暗。夜であることは間違いなかった。 慎吾は起き上がると、ゴホ、ゴホッと咳もこみ上げてきた。寝ている間は忘れることができた喉の痛みも、思い出したように喉を手で擦る。 「はい」 慎吾がしゃがれた声でドアを開けると、大学で同じゼミのまあやが、心配そうにドアの隙間から顔を覗かせ
「桜キレイだねー」 隣で女友達の蘭世が目を潤々とさせながら言った。 桜並木の想像以上の美しさに、感極まって、涙を浮かべているわけじゃないと、僕には分かった。 蘭世は、今日会ったときから、目を赤くしながらマスクをつけていた。 僕も、おそろコーデと言わんばかりに、マスクをつけて、目は赤くなっていたと思う。 この時期の風物詩。 花粉症。 そう、2人とも花粉症を患っている。 目も鼻も、取り外して家に置いたまま外出したいくらいだ。花粉の時期は、目と鼻を外に連れていきた