ある時

 ある時、僕は古い季節を閉じこんだ本を作った。

 赤いビロードの表紙をしていて、金色の字で、君の名前が書いてある。

 僕はこの本を君のために作った。

 ベッドの上から動けない君のために作った。

 インクには初夏の一番香りのいい若草をなぜてきた風を使った。

 本の紙には、コスモスの妖精に、花びらの一等やわらかいところを分けてもらって使った。

 本には春の花々の一番きれいな姿と、雪の精たちの一番美しい結晶の並びを写し取ってきた。

 

 僕はこの本を君に読んでもらうために作った。

 でも君はこの本を見ない。見ることができない。

 君はベッドに臥せっていて、君の美しい、澄んだ目は閉ざされていたから。


 ある時、僕は新しい空を詰め込んだ歌を作った。

 雲雀と小夜鳴鳥が、その音楽を君のために歌ってくれるようにした。

 僕はこの歌を君のために作った。

 ベッドの上で、目を開けることもできない君のために作った。

 ヴァイオリンは狐がつま弾いてくれるから、青空のソナタはとても軽やかだ。

 フルートは兎が奏でてくれるといったから、夕暮れのカノンはとても華やかだ。

 夕暮れから夜に堕ちる空を詰め込んだ協奏曲が、君は好きだろうか。

 朝焼けから鮮やかに輝く青空を詰め込んだ独奏曲が、君は好きだろうか。

 

 僕はこの歌を君に聞いてもらうために作った。

 でも君はこの音楽を聴くことはない。

 君はベッドに臥せっていて、君の形いい耳はこの歌に傾けられない。


 ある時、僕は一等澄んだ花々の香りを選んで香水を作った。

 決して溶けることのない氷を削って作った瓶は、澄んで冷たい。

 僕はこの香水を、君のために作った。

 ベッドに臥せって、本も読まず、歌も聞かず、耳と目をふさぐ君のために。


 春の桜の、落ち着いた優しい香りの香水が、君は好きだろうか。

 夏の海の、凛とした潮と水の香りの香水が、君は好きだろうか。

 冬の雪の一番白いところを織り込んだ、真っ赤な椿の刺繍のハンカチを添えて、僕は君の香水を送った。

 けれど君はベッドに臥せっていて、香水の匂いもかいでくれなければ、ハンカチを受け取ってくれることもなかった。

 君の整った鼻は真っ白で、美しい唇は冷めきった青をしていた。


 ――僕は知っている、君はもう、お話もよまなければ、歌も聞くことはない。香水のにおいをかぐこともないし、小鳥のようにしゃべらない。

 ベッドにふせる君の鼓動は、もう止まっているのだから。

 もう、止まっているのだから。

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