だーくひーろーのはなし。
むかしむかしあるところに、おとこのこがいました。
たいそうくるしいめにあっている、おとこのこでした。
おとこのこは、いつも、からだじゅういたくないところがありません。
おとこのこは、とてもせまいへやから、でたことがありません。
なぐられることと、ののしられることのほか、なにもしらないような、おとこのこでした。
くるしいことしかしらないおとこのこには、けれどそれでも、いっしょうけんめいいきていました。
いきていけるのは、ひみつがありました。
それは、えほん。
それも、「ひーろー」のえほんだったのです。
「だーくでーもん」という「わるもの」から、くるしいめにあっている「いいこ」をたすけてくれる、「ひーろー」のえほんは、おとこのこのこころにげんきをくれました。
くるしいめにあっていても、いつかかならず「ひーろー」がたすけてくれる。
そのことが、おとこのこをささえてくれて、しにそうないのちを、つなぎとめてくれたのです。
――でも。
なんにちまっても。
なんかげつまっても。
なんねんもなんねんもまっても。
どんなに、どんなに、どんなにまっても。
「ひーろー」は、おとこのこのまえには、きてくれませんでした。
てあしはうんとのびました。
「ないふ」や「じゅう」のつかいかたもおぼえました。
せまいばしょから、ひろいところにだされることもふえました。
あたまも、まえよりかは、よくなって。
「しごと」でいたいこと、くるしいことを、だれかにしなくてはいけないことも、ふえました。
そうして、たくさん、たくさん、たくさん。
いやなことやかなしいことをして。しつづけているうちに。
ふと、おとこのこは、きがつきました。
じぶんは「わるもの」だったのだと、いうことに。
だれかをきずつける、「だーくでーもん」とおんなじ「わるもの」だったということに。
きがついて、しまったのでした。
どうりで、「ひーろー」が、きてくれないわけです。
かれはさいしょから、「いいこ」なんかじゃ、ちっともなかったんですから。
どうしたら、いいのでしょう。
いまから「いいこ」になればいいのでしょうか?
でもどうやって?
おとこのこにできるのは、「ないふ」をふることと、「じゅう」をうつこと、それからひとを、なぐったり、けったりすること、だけです。
――それで、どうやって、「いいこ」になれるっていうんでしょう?
おとこのこは、いっしょうけんめい、いっしょうけんめい、いっしょうけんめいかんがえました。
そうして、きめました。
「いいこじゃないこ」をたすける「ひーろー」になろう、と。
「いいこ」は、「ひーろー」がたすけにきます。
そんなところに「わるもの」がいったって、ほかの「わるもの」といっしょに、やっつけられてしまうに、ちがいありません。
それはいやです。
それはだめです。
おとこのは、ひーろーにたすけてもらえる、「いいこ」になりたいのです。
だから、きめました。
「わるもの」になるまえの、むかしのおとこのこみたいな、「いいこじゃないこ」をたすける、「ひーろー」になるのです。
だれかをたすけるのが、いいことであるのなら。
そうやっていいことをしていけば、きっと「いいこ」になれるはずではありませんか!
そうしておとこのこは、「ひーろー」になりました。
「いいこじゃないこ」をたすける「ひーろー」に。
そう、いわば。
「だーくひーろー」に、なったのでした。
いつか、「ひーろー」にたすけてもらえる、「いいこ」になるために。
いつもいつも、いつまでも。
かれは、だれかをたすけています。
「いいこ」になれると、しんじて。
いまもまだ。
――彼は、誰かを、助けています。