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掌編小説314 ①(お題:コメント・モリ)

米戸ことは


以下の内容で退会処理を行います。
本当によろしいですか?

本当によろしいですか、だって。どうしてわざわざそんなこと訊くんだろう。まるで責められてるような気分で居心地が悪くて、むくれながら両手で素早くパスワードを打ちこむ。ていうか、最初からこのウィンドウだけ出してくれたらいいのに、退会理由とか書く必要ある? 書いたけど。

必須っていうから、退会理由の欄には「このままじゃいけないと思って」と書いた。

ふざけてるわけじゃない。このままじゃいけないと思って。それは事実だ。だって自分にすら読ませるつもりのない日記を書いていたつもりだった。ことはっていつもぼーっとしてるよねって言われるから。家族にも友達にも。たしかに、人と話していて返事が遅れたり適当になったりすることはよくある。けど、嫌いだから聞いてないわけじゃないし、ただ頭を空っぽにしてぼけーっとしてるわけでもない。あたしは考えごとが好きだ。むしろ真剣に話を聞いてるから、これはあのときのことと関係あるな、とか、あのときはこんなこともあったな、とか、いろんな方向に思考が飛んで考えごとに夢中になっちゃう。頭の中がいつも散らかってた。だから、ときどき整理したいなと思って、ブログというものをはじめた。

SNSじゃなくて、ブログ。絶対バカにされるから誰にも言ってない。けど、はじめてみると案外あたしにはこっちのほうが性に合ってる気がした。決められた文字数じゃ全然足りない。つぶやくより語るほうがあたしは楽。世の中の言葉を全部集めたらあんな分厚い辞書になるのに、どうしてみんな、たったの百文字くらいであれもこれも話せるんだろう。……また頭が散らかってる。そうそう、だからブログ。

日記なんてカッコつけたけど、実際にはそのとき頭の中にあるものをとりあえず全部ばばーっと放出するただの落書きだった。投稿日時は決まってない。投稿したらそれっきり。許可したユーザーしか記事が読めないように設定することもできたけど、そんなことしなくたって誰も読まんだろと思った。あたしだって読まない。冷静に考えてみたらみかんって人に食べてもらうためだけの存在すぎる、とか、そんな、どうでもいい話。

だから、最初「コメントのおしらせ」が来たとき、なんだこれと思った。

迷惑メールだろと思って一週間くらい放置してたけど、また考えごとで頭がぎゅうぎゅうになってきたから掃除するためにブログを開いて、通知アイコンに「1」とバッジがついてるのを見てびっくりした。

『相対性理論さんからコメントが届いています』

すでに一週間放置してたし、今さら相手も返信待ってないだろ、と言い聞かせてみたけど、好奇心には勝てなかった。おそるおそる該当する記事に飛んでコメント欄を確認する。

『みかんの話わかるw』

それが、相対性理論の最初のコメントだった。

ユーザーネームをクリックしてブログへ飛んだら、ブログのタイトルは「PRESS START」。ゲームが好きらしい。最新から順に三つ記事を読んだけど、どこでも延々とゲームの話ばっかりしてる。親指が死ぬかと思うほど長い長いスクロール。相対性理論のことはさっぱりだけど、あたしにわかるのは、とにかく彼がゲームを愛してやまないということだけだった。

記事一覧に飛んで、あたしにもわかるゲームタイトルがあるか探してみる。先々月の記事に一つだけ知っているものがあったので、最初のコメントはそこに残した。「あたしも昔これやってた。最初の町が広すぎて迷子になって一生出れなかったけどおもしろかった」返信はこうだ。「最初から町広すぎだよね、わかるw」なんでもわかる人だなー、と、個人的にはそこが一番おもしろかったっけ。

それが半年前のことで、以来、相対性理論はあたしが記事を投稿するとその都度コメントをくれた。「わかる」と彼はいつも言った。あたしが書き散らかした膨大な独りごとの中でなにがわかるのかも具体的だった。嘘をついてるとは思わなかった。適当なことを言ってるとは思わなかった。バカみたいに皮をむきやすかったり、アホみたいに甘くておいしかったり、みかんがあんなに人類にとって食べやすい理由をあたしは知らない。でも、たぶん相対性理論がわかるような賢いやつには「わかる」んだろう。だからうれしかった。たとえ「わかる」の一言でも。

だけど、それはよくないな、とも思う。

みかんの季節が終わって、そろそろ街には桜が咲きはじめている。今朝、学校へ行く途中、気まぐれに一枚スマホで写真を撮った。それを今夜のブログに載せようと思って……背中がぞくりとする。

頭の中に、ひときわ大きな「相対性理論」という文字があって。

それがなんだかこわくて、嫌だった。

どんな日も、どんな内容にも、相対性理論は必ずコメントをくれる。いつのまにかそれをあたりまえみたいに感じてる。それはきっとよくないことだった。誰かに、自分にすら読ませるつもりのないつまらなくてどうでもいい落書きをあたしは書いてたはずだ。相対性理論みたいに。好きなこと。おもしろいもの。どうでもいいことを、長々と。


退会処理が完了しました。
ご利用ありがとうございました。

どうでもいいことは長いのに。この世界で、大切なことはいつも短い。ああ。だからきっと、言葉を、思考を、削って削って。あっというまのやりとりでみんなは生きているんだろう。退会理由の欄に設けられた文字制限。きっと、あんな小さなスペースに大切なことをすべて書ききれてしまえるように。

あたしは、全部を説明できなかった。

だから、電子の海に流れて死んでいった言葉の中で。

わかる。

その言葉がゆらゆら、ときどき、くらげみたいに。

掌編小説314 ②(お題:コメント・モリ)につづきます。
引きつづき、ぜひ森くんのおはなしも読んであげてください。

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