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unkodayo
掌編小説200(お題:屋上からのアピール)
夜って結局でっかい影じゃん、とあいつは言った。
半袖を着ていた気がする。だったら六月か、あるいは七月ぐらいのことだったんだろう。昼休み。あいつはいちご牛乳をストローで啜って、風で膨らむ教室のカーテンをぼんやりながめていた。
「たとえば、昼間の俺たちが隠しているもの、抑えつけているもの……逆さまの自分がじつは同じ身体をシェアしててさ。でもそれが昼間に暴れたら社会的に問題だから、みんな夜こっそり解放してんの。夜って結局でっかい影じゃん。陰になって、誰にも見られないから」
んー、と僕はおざなりな相槌を打ったと思う。
なのにそれからというもの、真夜中僕はときどき、いつのまにかその「逆さま」の世界に迷いこんでしまう。モノクロの学校。昼休み、いちご牛乳を啜りながらまどろんでいたあいつは反転して、柵を越えた屋上のふち、両手を広げて静かにたたずんでいる。
その背中を、右手で小さくトンと押して。
“これ”を殺さないと昼間のあいつが救えないことは、なんでだろう、なんとなく理解している。何度目なのかわからない。けど、きっと数えきれないくらいやってきた。トタンの屋根に漬けもの石が落ちる音。昔この音をそうやって表現したゲームがあったんだって。昼間のあいつには、まだ、その話はできていない。
今日もやっぱり、真夜中の校舎の屋上に逆さまのあいつが立っている。もちろん僕はその背中を押すけれど、本当にあいつを救えているのかわからなくて、なぁ、ときどき無性にこわくなるんだ。
僕は、おまえをちゃんと救えてるんだよな?
返事してくれよ。
こわい。
こわいんだよ。