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幼なじみを好きだったこと

ふと幼なじみの定義を知りたくなって調べているうちに、自分の幼なじみと言えそうな友達を何人か思い出した。
残念ながらそのほとんど全員が今何をしているのかわからない状態だけど、ひとりだけ消息を知っている人がいる。

その人は私が好きになった女の子でもあった。





私が6歳の時に彼女、美帆と小1で同じクラスになってから、高校を卒業するまでの12年間同じ学校へ通った。

その間クラスも同じだったのは他に3回、小6と中3と高3でそれぞれ節目の学年だったから、全ての卒業アルバムに私と彼女はクラスメイトとして写っている。

幼なじみとはいっても、小1の頃はお互いにクラス大勢の中の1人に過ぎなかった。
6年の時に席が隣同士で、それから話をし始めたように記憶している。

美帆は私と同じ左利きだった。
それに絵を描いたり本を読んだりするのが好きで、当時ハマっているアニメも一緒だったから私たちはすぐに意気投合した。

小学生のクラスなんて男子と女子が仲良くしてると冷やかされる社会だ。
でも、二人とも同性の友達がいたから、私たちはその友達も巻き込んでグループで活動するようになった。
皆で一緒にアニメ映画を観に行き、本を貸し借りしたり近所の山でキャンプするなど、明るくて子供らしい活動だった。

私はその辺りから美帆に恋していた気がする。
彼女も私を憎からず思っていたようだが、何がどうなるわけでもなかった。



中学校は学区が変わり何人かの友人とは別々になったが、美帆とは同じ中学に進んだ。
部活が必須なので私はテニス部、美帆は体操部へ入部した。
クラスも別で私たちは以前のように話す機会はなくなったけれど、それでも私はときどき部活が終わると昇降口付近をぶらついた。
そして美帆がやって来ると、さも自分もいま部活が終わりましたという顔を作って声をかけ、雑談をしながら一緒に帰ったりした。



美帆の家は裕福ではなかった。
公団のアパートに住み、4人姉弟きょうだいの長女として母親の家事を手伝っていた。
彼女は将来看護師になりたい、と言った。
私の母は看護師なので、たまに母と挨拶する機会があると尊敬の眼差しで見つめていた。
その時だけ私も母をちょっと尊敬した。



中3で私たちはまた同じクラスになった。
受験生ということもあり、2人の関係に変化が起きたりはしなかったけど、志望校の情報交換などはよくしていた。
私は第1志望の国立の他に、公立と私立を滑り止めで受験した。
美帆は中堅の公立高校1本だった。
彼女は頭が良かったからもっと上の公立校でも狙えたはずだが、家計のことを考えて自転車で通える近場の高校を選んだのかもしれない。

そして私は第1志望をあっさりと落ち、公立の美帆と同じ高校へ行くことに決まった。
結果にどこか安心している自分がそこにいた。



高校に入ると私の周りの状況は一変した。
進学校のわりに自由な校風だったから男女交際は当たり前で、入学してから出来た友達は一刻も早く彼女を作らねばと躍起になっていた。

私はといえば、中学までモテた試しが無かったし美帆がまた体操部に入り頑張っていたので、興味がある部活をいくつか掛け持ちすることにした。

ところが、意外にも私は女子の先輩や同級生から良い評価をされているらしかった。
そんな自覚は全く無かったが友人たちの証言と他ならぬ美帆の言葉でそれが事実だと知った。

ある放課後、今度は本当に偶然タイミングが合って美帆と一緒に喋りながら帰っていると、彼女は最近同級生や部活の先輩から私の事をよく聞かれる、と言った。
何で?と聞くと、美帆が私といつも話をしているからだという。
いや、そこではなくて私の何を聞かれたのか、なんだけど。
「ケイ(私)。背、伸びたよね」
「え?ああ、そうかな」
「伸びたよ、前は私と同じくらいだったもの」
実際、中学の頃から半年程で10センチくらい身長は伸びていた。
「私の見る目があったってことかな」
そう呟くと、美帆はじゃあね、と言って自転車に乗り帰って行った。

質問の答えになっていなかったが、美帆の言葉はしばらく私の頭から離れなかった。



高2の春に彼女ができた。
1年後輩の子に告白され断る理由もなく付き合い始めたので、その子を特別に好きというわけではなかった。
でも自分を好きだと言ってくれる人がいるのは嬉しかったし、美帆とも最近ほとんど話さなくなったのでうまくいかない気がしていた。
美帆のクラスの前を通り過ぎた時、イケメンの同級生と2人きりで楽しそうに話してるのを見てしまったからかもしれない。

そのあと高3で最後の同じクラスになるまで、美帆とは話した記憶がない。
なんとなくどちらも避けていたのだと思う。



高3になるとクラスは受験一色になる。
私と美帆はクラス委員になったが、それらしい仕事はあまりなかった。
だから業務連絡と世間話以外は会話をすることもなく卒業間近を迎えた。

私達の最後の仕事は卒業式後の謝恩会だった。
クラス全員が担任と副担任へ感謝する会を催す手配をするのだ。
(居酒屋だが生徒は飲まないのが建前)
その打合せで美帆が看護学校に合格したと私に報告してくれた。
中学の頃からの夢へ確実に近づいている彼女が眩しく見えた。

卒業式と謝恩会が無事に終わり、二次会は担任行きつけのスナックが会場になった。
謝恩会で結構飲まされていた私は二次会が終わる頃には足元がかなり怪しくなっていた。
お開きになり、出口への階段をふらつきながら一人で降りていた私に、美帆が後ろから追いかけて来てお疲れさま、と声をかけた。
「ケイに聞きたいんだけど、いい?」
「なに?」
「〇〇ちゃんと付き合ってた?」
「は?付き合ってないよ」
美帆も酔っていたかもしれないが、思いもよらない質問だった。
〇〇ちゃんはその年札幌へ転校していったクラスメイトだ。
後輩彼女と別れたあと、〇〇ちゃんとは音楽の趣味が一致してよく話してはいたけれど、そういう間柄ではなかった。
「本当に?うそ、そんなの変よ」
美帆の目にじわっと涙が浮かんでいた。
彼女が感情的になるのは見た事がなかったし、なぜ勘違いしたのかはわからないがそれをそんなに気にしているのも驚きだった。
「意味がわかんない。美帆、ちょっと聞いて」
「ううん、いい」
美帆は踵を返して階段を駆け降りて行く。
私は彼女を追いかけて出口を飛び出したところで通行人にぶつかった。
運の悪いことに相手はチンピラ風の男2人で、謝る暇もなく怒鳴られて袋叩きにされた。

チンピラが去ったあと、路上に倒れたままの私を級友たちが助け起こしてくれた。
でも、そのなかに美帆の姿は無かった。


私と彼女の高校3年間が終わった。



私が大学に入り美帆が看護学校へ入学すると、もはや会うどころか連絡を取ることさえ無くなった。
これまでの12年とまったく違った生活サイクルの中で、私の美帆に対する想いも次第に薄れていった。

大学を卒業し働き始めて数年が経ったころ、私の携帯に見知らぬ番号からの着信音が鳴った。
通話に出て『ケイ?』と言う声を聴いた瞬間、それが美帆だと判った。
最後に話をしてから5年以上が過ぎていた。

私の母親から番号を教えられたらしい。
母と美帆がまだ繋がっていたのは初耳だった。
簡単に近況報告などをしていると、彼女は私に相談があると言う。
いま交際している彼氏に結婚を申し込まれ、どうするか悩んでいるらしい。

私には答えようがなかった。
本人たちが決める話だし、昔はともかく今は彼氏どころか美帆の事さえよく知らない。
とにかく一度彼に会ってケイの意見を聞かせて欲しい、と頼み込まれた私は断りきることが出来なかった。



初めて訪れる平塚の海は凪いでいた。
美帆は親戚がいるこの街の市立病院で看護師として勤務していた。

海岸に近い場所に彼女のアパートはあり、土で出来た駐車場の脇にバイクを停めるとその音を聞いたのか1階の部屋のドアが開いて美帆が顔を出した。
彼女は少し大人っぽくなった以外は何も変わっていないように見えた。

部屋に招き入れられると、彼氏はまだ来ていなかった。
市役所の仕事が終わってからになるという。

美帆が淹れてくれたコーヒーを飲みながらとりとめのない話をした。
私たちの高校までの記憶は共有されている部分が多いから、自然と懐かしい話題が多くなる。
私は高3の謝恩会の時、なぜ美帆があんなことを言ったのか聞こうとした。
でもちょうど鳴り響いた玄関の呼び鈴の音でそれは打ち消されてしまった。

美帆の部屋へやって来た彼氏は私のイメージとは少し違っていた。
その男性は私たちよりいくつか年上で、誠実そうな印象だった。
美帆はこういう男を選んだんだな、と私は不思議な気持で彼を見ていた。

彼氏は私を元カレとでも思っていたのだろう、走って来たのか呼吸が少し乱れていた。
美帆から幼なじみであると紹介され、私と話をしているうちに緊張が解れてきたらしく、やがて夕食を一緒にと誘われた。
しかし、私はバイクで来たからと丁重にお断りし、2人に見送られて美帆の部屋を後にした。

美帆は私に何か言いたげな表情をして、バイクのバックミラーから彼女の姿が消えるまでずっと私を見送っていた。

私はもう2度とここに来ることはないだろうと感じていた。


美帆は私が平塚から自宅に戻ってすぐ電話してきて彼の印象を訊ねた。
たぶん私は、いい人だねとかお幸せに、などと適当に言って電話を切ったと思う。
そして、美帆からの電話を取るのは止めた。

数ヵ月後、美帆が結婚したと母から聞いた。
でも私にはなんの感情も湧いてこなかった。



中3のクラス会の案内葉書が届いたとき、私は少し躊躇した。
およそ20年ぶりの級友たちと再会したい気持はあったが、美帆と会うのは気まずかった。
でもあれから10年も経っているし、そもそも何も気にする必要はない、と思い直して参加に丸印をつけた。


久しぶりの地元で所用に時間がかかり、開始時刻をかなり遅れて会場に入ると皆はきょとんとした顔で私を見た。
名前を言うとなぜか少しざわめいたが、やっと笑顔で席に案内された。
懐かしい旧友たちは年齢を重ねていたが、皆それぞれに面影を残していた。
美帆は席が離れていて話す機会はなかったが、彼女もまた変わっていないように見えた。


クラス会が終わり、私は最終で東京へ帰るため駅へ歩き始める。
すると後ろから美帆が追いかけてきて、駅まで一緒に行こう、と言った。
クラス会の感想などを話しながら近況を確認すると、彼女はもう2人の子供の親となり、幸せに暮らしているようだった。

「今日のクラス会、みんなケイを見て驚いてたでしょう」
「そんなに変わったかな、自分ではわからん」
「みんな中学までのケイしか見てないからね。アヒルの子だった頃の」
「みにくかった、っていう意味ですか」

中学生の頃のように軽口を叩きながら歩く。
2人のこんな時間は十何年ぶりだろうか。

「私の目はやっぱり間違ってなかった」
「昔もそんなこと言ってたよな。何でそう思ったの」
「ケイの御両親は背が高くて素敵だったから」
「ああ、なるほどね。全然似てないけど」

駅はもう目の前まで近づいている。
おそらく今日が最後で、今後2度と会うことはないだろう。
 
私は心を決めた。

「もう時効だから言わせてもらう」
「うん」
「小学生の頃から好きだった」
「私もよ」
「・・・返事はやっ!」

私たちは顔を見合わせて笑った。

20年以上も言えなかった言葉を口に出せて、私はやっと胸のつかえが取れた気がした。



美帆とはそのまま駅で別れ、それきり会っていない。
何度か年賀状のやり取りをしたが最近はそれも途絶えがちだ。

でも、それでいい。

私の大切な幼なじみとの想い出は、お互いの記憶の中で色褪せず残っていくのだから。

この記事noteとともに。




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ささかま
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