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「帰らせてください」

場面:白い部屋

神「ようこそ、勇者よ」
勇者「は、勇者? ここどこだよ」
神「あなたは、生まれ変わるのです。前の名は捨て、英雄をもとめている世界の救世主となるのです」
勇者「ああ、異世界転生ってやつね。いや、死んだ記憶ないんだけど。昨日もゆきちゃんと、お金貯めたら海外どこに行く? って話あってたのに!! 帰えらなきゃ」
神「そういうわけにはいきません。ここ最近の転生者は、誰も彼もスローライフにあこがれて、世界の危機に立ち向かってくれないのです。勇者を必要としているのに……」
勇者「そりゃあ命張るより、のんびりしたいよな。ヒーローになるより、癒しをもとめるのが現代人なんだ」
神「燃えるような熱い闘いをしたいとは、思わないのですか。世界中の人があなたを崇め、尽くすようになるのですよ」
勇者「そんなんどうでもいいからさぁ、ゆきちゃんのとこ帰してよ」
神「なんて無慈悲な人でしょう。睡眠中の人間からランダムに抽選するシステム、やはり無理があったのでしょうか」
勇者「え、俺死んでない!? ゆきちゃん~俺を夢から覚まさしてくれ!!」
神「無理ですよ。人間が神であるわたくしに逆らうことはできません」
勇者「あんた神なの。やってること、悪魔みたいだ。神名乗るのやめたら」
神「まぁ、悪魔ですって。そんなものぎゅっと握れば塵になりますわ」
勇者「そんなに握力あるんなら、神が魔王倒せばいいじゃん」
神「握力で潰しているわけじゃないです。失礼ですね、あなたは」
勇者「同意もなしに勇者になれって言う方が失礼だろ」
神(咳払い)「人々は人間である勇者が凶悪な魔王を討つ、それを望んでいるんです」
勇者「他人任せじゃん」
神「人々は弱いのです。だから、希望をたくすしかない。あなたは、可能性を秘めているんです」
勇者「適当に選ばれた人間に、世界救出を望むのはひかえめに言ってバカでは」
神「むう。頑固な人ですね」
勇者「そうか? はやく帰してよ」
神「その、ゆきちゃんという方……ほんとうにあなたのことを愛しているのですか。画面のなかにいたり、一方通行だったりするのではありませんか」
勇者「ゆきちゃんをバカにするなっ。ゴリゴリの元ヤンキーで、今は大天使の先月入籍したばかりの奥さんだぞ! ちょっと情けない顔をしている俺を漢にしてくれた恩人だあぁ。俺のこと、かわいい声で『まーくん』って呼んでくれるんだぞ。うらやましかろう。得意料理は、いろいろ煮込んだビーフシチュー。なにが入っているかわからんが、うまい。ばあちゃんにも好評だ。俺はまだ、あの味を超えた料理に出会ったことない。俺の給料が心もとないため、ゆきちゃんも働いてくれている。自営業のお義父さんの会社で、事務をしているんだ。ふたりで海外旅行したいね♪ という目標のため、明日も出勤するんだ。ああ、ありがとうゆきちゃん! 疑うんなら、戸籍謄本見るか?」
神「あ、大丈夫です」
まーくん「というわけなんで、かえりたい」
神「ここに来た者は、新たな世界に行く決まりになっています。お気持ちはわかりますが、すぐに帰れるわけではないんです」
まーくん「ルール変えてよ」
神「これまで、これから、の転生者のために無理なんです」
まーくん「万能じゃないね、神って」
神「で、では。報酬についてはなしましょう。あなたが世界でがんばる理由になるかもしれません」
まーくん「へぇ、報酬あるんだ。そういうのって国王とかがするような気がするけど」
神「食いつきましたね」
まーくん「うれしそうにしないで。あんたの気のせいだから」
神「意外と恥ずかしがり屋さんなんですね。そういうことにしておきましょう」
まーくん「ちがうけど」
神「報酬は、5兆ペイ」
まーくん「おお」
神「日本円にすると、15万円ほどです」
まーくん「え。0.000……いくらだ!?」
神「あと、ポイントですので。加盟店以外では使えません」
まーくん「現金で考えると多くはないし、ポイントは不便! 言いたかないけど、命の金額15万かよ」
神「週間少年ジャンプが500冊買えます」
まーくん「ほーん。命が500冊と同じって言われる人間の気持ちわかるか」
神「いいえ」
まーくん「いいえ?」
神「勇者は300年出てきていません。ですから、今ならなんと!」
まーくん「いいえで終わるな」
神「今ならですねぇ」
まーくん「つづけるな」
神「絶対に生きものが復活しない土地・ボールペン7京平方メートル分もおつけします」
まーくん「いらねぇ」
神「ええ? 広さ、奮発したんですよ」
まーくん「どれくらいかわからないし、不毛の土地もらってもどうしようもできないわ」
神「気になってきたでしょう。人間を救いたくなってきたでしょう」
まーくん「どこに説得力あると思ったんだよ」
神「では、世界に飛び降りますよ」
まーくん「ずっと人のはなし聞かないなあああああぁ」
 床が開いて、青空を突っ切って地面へ

 

場面:荒地にある村 

まーくん「ぁぁぁぁああああああああ」
神「大気圏の上からでしたが、無事でしたね。あなたには勇者の素質があるようです」
まーくん「俺、人間やめたのか?」
神「いいえ、人間なんですよ」
まーくん「いいえ?」
村人1「ああ、神さまが目の前にいらっしゃる」
村人2「なんて光栄なことなんだ」
村人3「この世界はきっと救われる」
 ひれ伏す村人たち
まーくん「神って身バレしてんの」
神「人が想う姿で表に出ているだけです」
まーくん「はぁあ。だから、布で体包んだだけの職質されそうな恰好してるんだ」
神「着るのが楽です」
村人1「神さまに向かって変な口の利き方。もしかして、あなた様は!」
 村人たち顔を上げる
村長「勇者さまだ」
村人2「おお」
村人1「ついにこの世界に、勇者さまが現れた!」
村人3「やったぞ。我々は勇者のファン1号だ」
村人1「1号はワシだろう」
村人2「じゃあボクは2号だな」
村人3「勇者さま、我が1号ですよね」
まーくん「そんなちいさなことで喧嘩しないで」
村人3「勇者さまはお優しい」
村人1「ワシたちのことを思ってくれている」
まーくん「ポジティブすぎんか。あと、俺勇者じゃなくて町田って苗字なんだけど」
神「え。町田だからまーくんという呼び名とは言いませんよね」
まーくん「そうだけど? 文句あんの」
神「あ、ないです」
村長「神すらも、押し通せる力。やはり、町田殿は勇者であろう」
まーくん「ゆきちゃんを想う力の勝利ではあると思うけど」
村長「なんと、愛する力も持っているというのか!」
村人1「すばらしい」
村人3「バカ息子にも、教えてやりたい」
村人2「勇者が現れた日には、うちの5歳の娘を嫁がせようと考えていたのに」
まーくん「ロリコンじゃないので、幼女は大丈夫です」
村人1「断り方も紳士だ!」
村人2「ううぅ」
村人3「涙拭けよ」
まーくん「勇者太鼓持ちスキルが発動しとるんか」
神「それだけ。あなたを待ち望んでいた、ということですよ」
村長「旅立ちの宴を」
村人1「女房たちも呼ばなければ」
村人3「勇者さま、神さま。お手数ですが、墓地の中心にある広場でお待ちください」
村人2「ううぅ」
村人3「ほら、行くぞ」
 村人2の背を押して、住居に戻って行く
 まーくんと神は、墓地を通り広場へ
まーくん「いつになったら、俺はゆきちゃんのところへ戻れるの」
神「あなたはそればかりですね」
まーくん「勇者になるなんて一言も言ってないからさ」
神「はい、今言いましたー」
まーくん「小学二年生かよ」
神「わたくしは小学校に通ったことございませんので。よくわかりません」
まーくん「あっそ。知らん世界の墓地なんて、気味が悪いな」
神「そうですか? わたくしは見慣れた光景ですよ」
まーくん「やっぱ神って人間の心を理解しないんだ」
神「ほう。わたくしが、人間の痛みや哀しみに寄り添えない、と」
まーくん「あ、地雷なんだ」
神「人間の幸福をもっとも願うもの、それすなわち、わたくしでなくてはならないのです」
まーくん「ほう」
神「あなたはわたくしの想いに納得されていない」
まーくん「まったくもって、そうね」
神「……わかりました。あなたをゆきちゃんさんの元へお送りしましょう」
まーくん「マジで! やった!!」
 光に包まれる
神「わたくしの印象が悪いままだと、旅はできそうにありませんからね」

 

場面:寝室 

ゆきちゃん「まーくん、おはよう」
まーくん「ゆきちゃん! おはよう!! すごくいい朝だね」
ゆきちゃん「ふふふ。どうしたの。今日、電車止まりそうなくらい雪降ってるよ」
まーくん「そんなこと気にならないくらい、変な夢見てたからさ」
ゆきちゃん「そうなんだ。まーくんがすっごい元気だから、私もがんばれそう」
まーくん「ゆきちゃん……」
 うっとりするまーくん
ゆきちゃん「まーくん。うれしいけど、行く準備しなきゃ」
まーくん「そうだね。ごめん。悪夢のあとのゆきちゃんはオアシスだよ」
ゆきちゃん「ありがとう。まーくんがいてくれる空間が、私の癒しになってるんだよ」
まーくん「ゆきちゃん……」
ゆきちゃん「あ、ほんとうにやべぇからっ。まーくん、今日うちら総会なんよ」
まーくん「そうなんだ。遅れるわけにはいかないね、ごめん」
ゆきちゃん「メシ抜きでいいから」
まーくん「わかった、気をつけてね」
ゆきちゃん「誰ももの言っとるん? 大丈夫じゃけぇ。まーくんも会社、遅れたらおえんで」
 慌ただしく部屋を出るゆきちゃん
まーくん「総会か。今日は帰り遅いかもな」
 起き上がり、朝ごはんを食べ、会社に向かう
 1日をいつも通りに過ごす
まーくん「ああ、今日はいい1日だった」
ゆきちゃん「よかった。おやすみ、まーくん」
まーくん「おやすみなさい~」
 ねむりにつく

 

 

場面:墓地のなかの広場

神「お帰りなさい、勇者よ」
まーくん「ゆきちゃんっ!?」
神「あなたにとっての現実世界にいますよ」
まーくん「ゆきちゃんを返せっ」
神「あなたが起きたら、また会えます。けれども、熟睡中の今は冒険をしてもらいますよ」
まーくん「俺以外を勇者にしろよ!! この世の不幸そうな奴に!」
神「決定してしまったことを覆すことはできません」
まーくん「神、無能」
神「あなたの行きすぎた妄想じゃないかと思っていましたが。ほんとうにいらっしゃるんですね、ゆきちゃんさん」
まーくん「ああん?」
神「ヤンキー通り越してますよね?」
まーくん「ゆきちゃんは、大天使だが」
神「なんで奥さんのことになると、常識を忘れるのでしょう」
村人3「勇者さま、神さま。宴の準備が完了いたしました」
村人1「宴会場は、村長の家でございます。お手数ですが、移動を」
まーくん「なんでここに呼んだ? 来る意味あったか」
神「村人たちよ、勇者は気合いに満ちあふれていますよ」
村人1「おお。記者に新聞を書かせなくては」
村人3「魔王が破れる日は近い、とな」
神「わたくしも描いてくれるでしょうか」
村人3「当然ですよ!」
村人1「勇者さまを誕生させたのは、神さま。あなたさまですから!」
 神と村人たちが墓地の広場を出ていく

 

まーくん

「帰らせてください」