【創作】little world collapse
「なぁ、解散しないか」
ギターもベースもドラムも、すべてがよく響くガレージだが、俺の声は想像していたよりも静かなものだった。トランクの息を飲む音がきこえる。
そして、ライリーは。
「ふざけんなっ!! なんで。お前までそんなこと言うんだよ、ティム」
拳をにぎりしめて白い肌を赤くしている。ブロンドのさらさら髪は、威嚇した猫のように逆立っている。薬物乱用で若くして死んだ俳優似と噂されるライリーはたしかにそっくりだ、と睨みつけられながら思った。小学1年生からの親友であるが、ここ最近の喧嘩はどちらか一方が激しく怒るばかりだ。
「トランクの後任、みつかってないだろ」
「まだ就職まで4ヶ月ある。焦る必要はないって」
俺たちよりも2学年上なのに元気すぎるトランクは、すこし出遅れたけれども、いつものように明るく努める。
「そのうち誰かに決まるさ」
トランクの調子に引っ張られたのか、楽観主義者みたく言う。それでも俺は変わらない。ライリーの兄ウィルが、拾ってプレゼントしてくれた穴空きソファに、どっかり腰につけたまま弟を見上げる。
「誰かって? 年明けから探して、仲間にいろいろきいて会ったけど。結局、どいつもダメだったろ」
「だからって! 解散ってのはないだろ!? 答えを急ぎすぎなんだよ」
「決まらないのは、トランク以外のやつにドラム任せられないからだろ? これじゃあいつまでたっても、ギター・ベース・ボーカルのままだ」
くっと歯を食いしばり、拳をふるわせる。
「やだな~。ふたりとも、オレを買いかぶりすぎだって」
オレ人気者じゃーん、とドラムスローンが定位置となっているトランクは、リスのように目立つ前歯を見せて笑う。率先しておどけて、小動物のような愛嬌もある彼だが、今回ライリーは必要としていなかったようだ。
「トランクはどうなんだよ、解散ってのは」
強い視線に真顔へ戻る。でも、またおだやかに頬をゆるませた。この春成人したからか、俺たちよりも大人みたいな表情をする。
「お前たちが納得するんだったら、オレはいいよ。バンドになる前の形をつくったのは、ライリーとティムだろ」
ライリーは断固反対してほしかったのだろう、不満を表した。眉にしわが刻まれている。
「片親の親父のためにも、オレが就職するのは変わらない。それは時間がかかったけれど、ふたりともわかってくれたろ? だから、解散するかしないかもしっかり考えて、ふたりで決めてくれ」
年長らしい物言いだ。だけど。
「俺は十分考えたから、言ったんだ。解散しないかって」
「おいおい、ティム……」
「おれは解散とか認めないからな!」
理性のない獣が敵と見なしたかのように、ライリーが眼光鋭く俺を射抜いている。俺たちの間、ドラムセットのうしろのトランクは「だ、だよなぁ」と声を漏らす。気配でおろおろしているのがわかるが、ライリーから目を離さなかった。トランクがやめると宣言して約半年、後任探しを始めて4ヶ月。俺はずっと考えてきたんだ。
ライリーの視線がブレた。トランクを一瞥してガレージから出て行った。
約半年前、トランクを殴りつけたライリーだが、幼い頃からの仲の俺には、手を上げられないらしい。なんだよ、それ。痛みつけられるのが趣味ではないが、喧嘩にとくべつはいらなかった。自然とため息が出る。
呆然としていたトランクは復活して、ボロいクリーム色のソファに腰かけた。
「いいのか、ティム」
ひょうきん者特有のよく動く眉が下がりきっている。決していいわけじゃないけれど、どうしようとも思わないから、「いい」とうなずく。
「ねぇ、トランク」
ガレージの第一声より、はるかに明るいものだった。おちつきも持ち合わせているトランクは、やさしく「うん?」とたずねた。
「たまにきくさ、手に入らないなら自分の手で壊しちゃえっていう、殺人犯ってこんな感じかな」
年中気だるげなロックスターのポスターの角がめくれかけているのを見ながら言う。「お前が生まれた年に出た傑作アルバムだ」と、弟ができるライリーに、ウィルが渡したCDは彼らの作品だ。7歳の頃わからないこともあったけれど、15歳になった今も好きで。俺はギターを弾き、ベースとボーカルはライリーだ。ドラムはトランクじゃなきゃダメだ。ドラマであこがれたトランクケースから、ステージネームをつけたこの男じゃないと。
「殺人犯にいちばん遠いよ、お前は」
特徴的な前歯をのぞかせて笑った。その表情は安心するもので。口が勝手に「そっか」と返事する。
角の失われたポスターは、去年9月末ウォール街からの襲撃を少なからず受けているように感じた。トランクが「なぁ、オレに合う職業って何」ときいてくる。じっくり考えるために、グリーンの瞳を閉じた。