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第五章 夏の始まり #03彼の家へ

高田さんの家に行く日、何を持って行ったらいいか分からなくて、とりあえず参考書だけ持っていくことにした。待ち合わせは駅の近くの本屋の裏。時間より少し早く着いたので、本屋で立ち読みしつつ五分前に本屋の裏へ向かった。四分前、三分前、、時間が近づくにつれて心臓の音が大きくなっていく。すると、高田さんからメールが届いた。「ごめん、ちょっと遅れる!ほんとごめん!」緊張して損したわ、でも少し気持ちがほぐれた。「全然大丈夫ですよ〜ゆっくり来てください。本屋の中にいるので着いたら教えてください。」と送って、また本屋の中へ戻った。

結局30分遅れて彼はやってきた。「ごめん、兄貴から連絡が来てバタバタして遅れちゃって」と申し訳なさそうに言った。正直30分はありえないでしょ、と思いながらも「大丈夫ですよ。」と返した。でも、心の声が顔に出ていたのかもしれない。「怒ってる?」と彼が言う。その顔が何とも言えない良い顔をしていたので思わず笑ってしまった。そして、今度は心から「怒ってないですよ、全然。」と言葉が出た。駅からはバスに乗って行くらしい。男の人と街を歩くなんてなかなかないから、誰かに会わないかなとかソワソワしながら歩いた。誰にも会わなかったけど、彼の隣で歩いてるだけで何だか嬉しかった。

知らない場所に初めて行く時って、ドキドキとワクワクの中間の不思議な気持ちになる。同じ街に住んでいるのに一度も聞いたことがないバス停で降りた。川沿いを歩くと左側にボロボロの小さいアパートがあった。「ボロボロでしょ?ひいた?」私の心の声が聞こえていたんだろうか。「いや、全然。」心の内がバレないように秒で答えた。玄関の外に洗濯機が置いてある、よくある一人暮らしのアパートという感じだ。ドアを開けると「ちょっと待ってね。」と言ってペットボトルや缶の入ったゴミ袋を端に寄せた。片付けたのか、間に合わなかったのか分からない何とも絶妙な部屋の感じ。今思えば、敢えて片付けすぎずちょうどよい感じを狙ってたのかもしれないけど、当時の私は、何かちょうどいいなぁと思った記憶がある。「まぁ、適当に座って。」と言われたので、とりあえず部屋の端っこに座った。部屋を見回すと、壁に自分を鼓舞する言葉を貼っていたり、小さな机に万年筆やインクが雑多に並んでいた。本当に漫画家を目指してるんだなぁと実感した。「あんまりじっくり見ないでよ、恥ずかしいから。」と言われて、自分がキョロキョロしていることに気付いた。あぁ、本当に来てしまったんだなぁ、彼の家に。


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