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ごはんがなければ、ヤキソバを食べればいいじゃない。
曇天。
朝から昼にかけての大雨はすでに上がり、低く垂れ込めた鼠色をした雲の隙間からは、ちらちらと晴れ間が見えていた。時は夕刻。私は家路を急ぐ。
本日の夕飯はご飯と豚肉の細切れの唐揚げ、そして、サラダに味噌汁。
残念なことに米の残量が少なく、私は朝、2.5号の米を炊くことしかできなかった。夫も息子二人もそれぞれおよそ1合程度の米を夕食に食べる。2.5合では到底足りない。
彼らの通常のご飯の量の七割程度にしか満たず、これでは私までご飯が回ってくることはない。
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ぐうぐうと鳴る腹を抱え、公園の電灯を横目に、私はスーパーへと急いだ。
今から米を買い、そして米を研ぎ、さらには米を炊くべきか。否か。
自転車を漕ぎながら、私は考える。
そのようなことをしていては、夕食の時間が1時間程度押すことは間違いない。私は悩んだ。
米は買う。しかし、今日、米を炊くべきだろうか。
いや、炊かない。
「ごはんがなければヤキソバを食べればいいじゃない」
私の中のマリーアントワネットが呟いた。
そんなわけがない。私の中に悲劇の王妃はいない。
そもそも、マリーアントワネットはごはんを食べないし、ヤキソバも食べない。もしかするとジャン=ジャック・ルソーであれば、ビールのつまみに米屋に行くのが恥ずかしく、バソキヤにヤキソバを買いに行く際に「ついにわたしは『百姓どもにはごはんがございません』と言われて、『ではヤキソバを食べるがよい』と答えたという、さるオーギ-レオン夫人の苦し紛れの文句を思い出した」などと、告白するかもしれない。
というわけで、私は焼きそばの麺と粉末ソースがセットになった焼きそばを購入し、家へと帰った。
家に着くなり、私は醤油と酒とガーリックパウダーで下味をつけていた豚こまを、親の仇のように力をこめて小さな団子状にひとまとめに握った。
ぎゅうぎゅうと握られ小さな団子になった豚こまに、これでもかというくらいの片栗粉をふる。
顔を真っ白に塗りたくったバカ殿レベルの白さまで豚こまを白く白く粉まみれにすると、躊躇なく油の中に放り込んだ。豚こまはしゅわしゅわと音を立てては、揚げられていく。
こんがりと焼き目が付いたら、ひっくり返されて、さらにもう片面もカリカリに揚げられる豚こま。まさかこの豚こまたちも、自分が唐揚げにされるとは夢にも思っていなかったことだろう。
カリカリに揚げられた豚こまを皿にあげる。ゆうに二十個ほどの豚こまのかたまりを油であげると、私はフライパンに残った油をキッチンペーパーで拭き取った。
並行して私はもやしとニラを水でじゃぶじゃぶと洗い、ヤキソバの麺をレンジで軽く温める。油が拭き取られたフライパンに、今度はごま油を投入する。
じわじわとごま油が温まったところにもやしとニラをぶち込んで、強火で一気に炒めた。量が減り炒まったところに温めておいたヤキソバの麺をほぐしながら入れる。さらにガーリックパウダーを入れてから、フライパンでじゅうじゅうと焼いた。
ある程度麺がほぐれて、もやしとニラと混ざったところで、しばらく触ることをやめた。フライパンとヤキソバの接地面がばちばちと音を立てて焼かれていく。
私はここで麺を触りたい気持ちをグッと堪える。辛抱である。グググと我慢して、これ以上我慢ならんといったところで麺をひっくり返すと、カリカリの麺が出来上がった。
反対の部分も同様にカリカリにして、最後は全体をほぐしてから、添付の粉末のソースを一気にふりかけて、よく混ぜ合わせながらヤキソバを炒めた。
最後に再びじゅうじゅうと麺を焼いて、ヤキソバの出来上がりである。
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私はヤキソバとサラダ、豚こまの唐揚げを皿に盛る。
箸でヤキソバを摘んで口に運ぶ。ずるずると麺を啜るとところどころカリカリした麺に当たり、歯応えが楽しい。もやしはシャキシャキで、水を足さずに炒めた麺は程よいはごたえを残している。
ソースがふわんと鼻を抜け、食欲が増した。
その勢いで、豚こまの唐揚げを頬張る。
カリッと揚がった衣の中から、ジュワッと豚の油と九州の醤油の甘さが広がった。こちらも私の食への探究心を旺盛にしてくれた。
こともあろうに休肝日であったから、私はやむなくこのビールに合いそうな物たちを前に炭酸水を手にする。乾ききった喉を炭酸水で潤した。
ぐうぐうとおさまらなかった腹の虫も、次第に機嫌を取り戻し、私は皿を空にすると一息ついた。
「おなかいっぱい。満足満足」
そして思う。ヤキソバうめえ、と。
しかし、明日の分のヤキソバはもうない。今日の分の焼きそば麺しか買わなかったのだ。
私の中で私が言う。
「ヤキソバがなければ、ごはんを食べればいいじゃない」
さあ、晩御飯は何にしよう。